その後④
それから数日後。
陽子はテーブルに置かれている新聞、週刊誌を全て広げた。
『暴行魔逮捕! 卑劣な手口!』
『市の警察も賄賂を受け取って、罪を揉み消し?』
『XX不動産、会見を開く! 暴行魔との賄賂のやり取りは事実なのか?』
終わった。やっと終わった。
陽子はそれを見て心の底からホッとした。
『木下翔吾』という人物はいない。
あれは川瀬樹が偽名を使ったのだ。
樹自身が証拠を残さない為に作った偽名。もちろん名刺も現場には残さなかった。
そしてどういう訳か、事件が露わになった時に天野陽子のもとに警察がやって来なかった。
現在、樹と一緒に暮らしているがあの場所から引っ越したというのに、一切警察がやって来ない。役所に記録が残るはずだ。
陽子は一番それが引っかかっていた。
被害者である陽子に事情聴取が来てもおかしくないはずだ。
「ただいまー」
コンビニへ昼食を買いに行っていた樹が帰ってきた。
「おかえりなさい」
陽子が出迎える。
樹はビニール袋をテーブルに置くと、新聞や週刊誌が目に入る。
樹は溜息をつく。
「もう終わった事だ。忘れる事は出来ないかもしれないが、気にしてたら心身ともにも良くないぜ?」
新聞、週刊誌をテーブルからどける樹。
「ねぇ、何で私の所に警察が来ないの? ここまで大きな記事になっているのに。どうして?」
陽子の疑問は晴れない。釈然としない。
「そこもこだわるか? 確かにそうだよな、ここに住所を変えたっていうのに、警察が来ないって不思議に思うよな」
樹は仏頂面でソファに座る。隣に陽子も座った。
「ねぇ、どういう事になってるの? 教えてよ。何で私の所に警察が来ないの?」
すると樹は陽子の瞳を見つめて、
「聞きたいのか?」
と返した。
陽子は頷く。
樹はまた溜息を吐いた。
「しょうがない、誰にも言うなよ。言ったら幾ら天野でもタダじゃおかないからな」
陽子は再び頷く。
「警視庁の御偉いさんに知り合いがいるんだよ。オレがフリーになりたての頃に知り合ったんだ。その人はちょっと変わった人でな、オレ達が行きそうな小汚い居酒屋で飲んでたんだよ。たまたまそこで話かけられて意気投合してね。その付き合いが、今でも続いている」
驚きを隠せない陽子。というより逆に樹の人脈はどうなっているんだろうとも思った。
「その人に、『天野陽子という女性だけ、この事件から何とか事情徴収を取らせない様に出来ませんか?』って頼み込んだ。そしたら『また面白い話を聞かせてくれるなら』っていう条件付きで、今こういう状況になっている。それに警察の不祥事も重なったりしているから、揉み消すのなんて簡単だ、って言ってたしな」
「えっ? でも引っ越し業者の人とか言っちゃうんじゃない?」
「それは心配無用。警察が引っ越し業者から聞いたところで『天野陽子』っていう名前が見つからない様になっているから」
陽子の疑問が膨らむ。膨らんで弾けそうなぐらいだ。
でも。
多分、目の前にいる男、『川瀬樹』が何かをしたに違いない。
別に知らなくてもいい事だってある。
その証拠に樹は陽子を守ってくれた。
本当の意味で。
どんな手段も
陽子は思った。
多分、平野幸雄と川瀬樹はきっと同じ思考を持った人間なんだろうと。
やられたらやり返す。
よく二人は中学時代にそう言っていた。
二人だったら何も怖くなかったのだろう。
教頭に何がきっかけで叱られたのか分からないが、その腹いせに幸雄と樹は教頭の車のタイヤをわざと外し、車の前にタイヤをまるで、だるま落としの様に四つ重ねて塔にして立てた悪戯を思い出す。
倍返しとはよく言うが、その次元を超えた倍返しだ。
それを何の躊躇いもなく、証拠も残さずにやってのけてしまう。
自分の『正義』というものを貫き通している。
その証拠が二十四年前の、幸雄を助けた事に繋がっている。幸雄も樹に感化されて、同窓会で余計なお世話を計画したとなれば、合点がいく。
二人揃って頭の回転が早い。
そんな二人の関係性がやっぱり羨ましく思う陽子。
でもそれより、樹は陽子を守ってくれた。
彼が正しい行いをしたかといえば、それは分からないけれど、彼の中の『正義』が行動を起こさせたのだろう、と陽子は納得する事にした。
「あのさ」
陽子が聞く。
「何?」
樹はコンビニのおにぎりを頬張る。
「全然アンタ、私に手を出してこないけど、これでもう綺麗さっぱりと事件について聞かないからさ、正式に樹と私は付き合うって事でいいんだよね?」
しかし樹が返した答えは意外だった。
「まぁ、そうなるんだろうけど…悪い、まだひとつ大きな仕事があるんだ。それが一段落してからだな、自由に動けそうなのは」
「えっ? 何で? どうして?」
「もうひとつやらなくちゃいけない仕事があるんだよ」
樹の脳裏を
前原健太郎。
社畜に堕とされ、自殺に追い込まれた元クラスメイト。
彼が働いていた会社の全貌を、明らかにしなければいけないと。
樹は透から聞かされて常に思っていた。でなければ健太郎の魂が浮かばれない。
陽子が隣で樹に対して何か言っているが、全く耳に入ってこなかった。
ただこれだけは決めている。
この健太郎の件が済んだら、正式に陽子にプロポーズをすると。
二十四年ぶりに出会い、同窓会で始まる恋愛もありなのではないかと。
陽子は全てを受け入れてくれる。一緒にいて心地が良い。
色々と言われても、そんなのは構わなかった。
陽子は決して裏切る様な女性じゃない。
それは昔から知っている。
だからこそ大切にしたいし、健太郎の事も違う形で世間に公表したい。もちろん、健太郎の名は伏せる事になるが。
とにかく今はそのブラック企業を暴くことが先決だった。
今後の陽子との二人の生活の為にも。
再び、コンビニのおにぎりを頬張る樹であった。
リユニオンで始まり 葛原詩賦 @Shihikuzuhara
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