その後③

 陽子は自分の部屋の玄関の鍵が開いている事に、背中から冷水を浴びるほどの恐怖を感じた。

 同窓会からここに帰ってくるまで、樹の部屋で年を越した。

 その間に入ったのか。

 大方、犯人の予想は付く。

 西山だ。

 部屋の中にいるのか?

 陽子はゆっくりと玄関を開け、中に入る。夕方だったから、多少辺りが見にくい。人がいる気配はない。ワンルームのリビングに入った直後、背後から何者かに抱き付かれた。

「遅かったじゃないかぁ。帰ってくるのが。俺のこれが欲しくて堪らなかったんじゃないか?」

 西山が暗がりで待ち伏せて、陽子の背後から抱き付いたのだ。陽子の臀部に股間を摺り寄せてくる。

そのまま西山がベッドに押し倒し、レディースパンツに手を掛けたその時だった。

 カメラの連射音が部屋中に響き渡る。フラッシュも連発して、暗がりの部屋を何度も照らし続けた。

「な、何だぁ?」

 するといつの間にか、蛍光灯のスイッチが入り、辺りを照らし始めた。

 西山の目の前に、黒ずくめのカメラを持った男が立っていた。

「いやー、お楽しみ中、申し訳ございませんねぇ。私、こういう者です」

 男は名刺を西山に渡した。


『フリーライター 木下翔吾きのしたしょうご


「フリー…ライター……」

 西山は何が何だか、さっぱり分からなかった。

 まるでキツネにつままれた様な気分だった。

「一介のフリーライターが何の用だ!」

 西山は天野陽子を弄ぼうと部屋に侵入し、待ち伏せしていたというのに、襲いかかったその場面をカメラに撮られてしまった。

 何が何だか分からなく、焦って逆ギレしていた。

「何者なんだ、貴様は! ここは俺の土地であってこの建屋も俺のものだ! 不法侵入だぞ? 分かっているのか」

「だったら、女を手籠めにするのも自由ってか?」

 木下の目付きが変わる。

「アンタの事、調べさせてもらったよ。相当自由気ままな事に欲を満たしているねぇ。この建屋の一階に、人が居つかない理由も何でも知ってるよ? この部屋、アンタが設計してるよな? おかげでこの部屋だけ、防音ときたものだ。図星だろ?」

 西山はギクリと動揺した。何故、その事をこの男は知っている?

「んで、殆ど手軽な家賃で、しかも独身女性が気軽に店が開ける様に、不動産屋に何割かの賄賂を渡してるよな。言わば口封じだ。いやぁ、徹底し過ぎてて脱帽だよ。アンタ、この部屋で何人の女を手籠めにした? オレが調べた限りかなりの人数だよな?」

 西山は狼狽する。

 何故知っている? 誰かが吐いたのか、この男に? 

「それから、これ。何だか分かるよな?」

 木下がトートバッグから、大量のDVDを取り出した。

「そ、それは!」

「西山さん、だっけ? アンタ、ここにずっと待ち伏せしてたんだよねぇ。バカだねぇ、自分の家は鍵開けっ放しでさ、入って調べてみたらこんなのが出てきた。中身の内容、今ここで言ってやろうか?」

「や、やめてくれぇ!」

 西山は、さっきまでの傲慢な態度から豹変し、急に大人しく弱者へと変貌した。

「ところがねぇ、西山さん。ホントに脱帽だわ。ここまでくるともう、文句つけようがない。流石! と言っていいぐらいだ。アンタさぁ、ここの警察の署長と、幼馴染なんだって?」

 西山の顔が見る見ると青ざめていく。

「そっちにも賄賂、渡してるだろ? もしアンタが捕まっても、署長の力で捻じ伏せようって魂胆だろ? さぁて、どうする? このDVDは渡す訳にはいかない。どうしたらいいのかなぁ?」

 そう言う木下は目配せして、陽子は慌てて玄関に向かった。

 扉が閉まる音。

 と、同時に西山に掴みかかる木下。

「散々女を弄んだ報いだなぁ。どうしたらいいか考えろよ。とにかくあの女は、もうここから出ていく。その後のここの処理は業者に頼んである」

「そんな…」

「アンタなぁ、自分が今までしてきた事を考えてもみろよ? 当然の報いだろ? 業者の資金はアンタ持ちだ。それぐらいは守銭奴のアンタなら分かってるよな? よろしくね、このケダモノが!」

 そのまま木下は手を放し、西山は崩れ落ちる。呆然としていた。

「それじゃあ、あとはよろしく」

 木下という男はそのまま出ていった。

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