14話 君の背中
菊さんと別れ、優と高杉は来た道を戻った。夜道は危ないからと再び手を取り合い、ゆっくり歩く。
「待たせて悪かったな」
「ずっと思ってたんですけど……」
「なんだ」
「今日、変ですよ?高杉さんらしくないです」
「はぁ?!」
「だって……そんな風に謝ったり……イメージにないです」
「いめぇじ?どうゆう意味かわかんねぇが、てめぇ、ここに置いてくぞ」
心外だと言わんばかりに不機嫌そうに語尾を強めた。しかし、それでも手を離さないのが彼の優しさなのだと優は感じた。それがとても、くすぐったい。
「痛ッ!」
突然優の歩みが止まる。草履の鼻緒が切れたのだ。山道もほぼ終わり、もうすぐ町だという所でこの有様。切れた鼻緒を眺める。
「切れたか」
「はい。切れた拍子に石を踏んじゃったみたいで」
痛みは一瞬だけで足はなんとも無いが、鼻緒が切れては歩けない。結び方も知らない。ましてや裸足で歩くなんて優には耐えれない。どうすればいいのか途方にくれ、さらにここへきて疲労もどっと襲ってきた。
ふみ達が心配して探しているかもしれないと思うと余計に焦りも出てくる。優はあからさまに肩を落とした。
「しゃーねーな……」
「は?!えー?!」
そんな姿を見かねてか、高杉は優の前で背中を見せて屈んだ。手で"乗れ"と合図をだしている。つまり、背中におぶられろ、ということだ。
「ちょ、無理ですって!私重いし!!そんな事させられません!」
いくらこの時代に疎い優でも、高杉が所謂"いいとこのお坊ちゃん"、である事はわかっていた。周りの人達の接し方や身なり一つにしても、いつも松下村塾で会う人達とは明らかに違った。そんな人に背負われたとなると、後で何言われるかわからない。そう思えるぐらいには、優はこの時代にすでに染まり始めていた。
「町までだから安心しろ。明かりを見つけたら草履を結ぶ」
「直せるんですか?!」
「簡単にだが。だから早く乗れ」
それでも着物姿で背中に乗るのは躊躇したが、背に腹はかえられない。失礼します、と言いながら優はそっと高杉に体重を預けた。
高杉は優の体重を確認してから、ぐわんと勢いよく立ち上がり、両足に手をかけた。
「うわっ!!」
いつもより高い目線に少しびっくりして、咄嗟に首に手を回した。
「落ちんなよ」
彼の声がすぐ近くから聞こえて、一瞬心臓が跳ねた。骨ばった初めての男性の背中に、優はどうも落ち着かない。
「やべぇかもな……」
「ごめんなさい、やっぱり重いですよね」
「いや、そっちは全然問題無い。だが……」
「どうしたんですか?」
「……門限を超えそうだ」
「門限?!門限……くくっ……」
予想外の単語に優は背中の上でクツクツと笑った。あの威勢の良い悪ガキ、の様な風貌のこの人に門限が存在した事がびっくりだった。
「笑うな!婆様がうるせぇんだよ」
「いや、違……ふふ、ふふふふっ」
「おいおい、堪えれなくて震えてんじゃねーか!本当にここに置いてくぞごらッ!」
「ごめんなさいっ!でも……だって!ふふっ」
必死に笑を堪えようとするが一向に止まらない優に、高杉は苦情を言い続ける。
しかしその空気のお陰でか、町に下りた頃にはおぶられていた事なんて気にならなくなった。
「ありがとうございました!」
「これぐらい余裕だ。それより明かりを探そう。あと手拭いがいる。少し通りに出れば誰かいるはずだ」
通りに出ると人は少なく、先ほどまでの賑わいは消えていた。今は後片付けをしている者がパラパラといるぐらいだった。その中のまだあかりを灯し片付けをするおじさんを見つけた高杉は、すぐに戻ると優に言い残しかけだした。
事情を説明してくれていたのだろう。身振り手振りで説明している姿が遠目にもわかる。その様子を眺めていると、しばらくして火を分けてもらい戻ってきた。
「待たせたな」
「いえ」
手に持っていた蝋燭台を傍に置き、手を出してくる。草履を出せ、と言う事だろう。右足の草履を高杉にそっと差し出した。いつの間にか手に持っていた手拭いを口に咥えて勢いよく割いた。そしてその細長くなった手拭いを細く撚りながら手際よく切れた鼻緒に結びつける。
右の爪先が地面の土にあたると冷たく、体温を奪う。
灯を頼りにしゃがみ込む彼の長く一つに纏まった髪を、優は見下ろした。
わざと右足を地面につけてみたりする。
「よし、できたぞ」
そう言って優の前に草履を置く。足を通せば少しぐらつくが歩ける程になった。
「すごい!!本当にありがとうございます!」
「これぐらいなら誰だってできる。旅の途中で切れる事もあるからな」
「なるほど。私も覚えとかないと」
優の言葉に高杉はきょとんとした顔になる。
「何ですか?」
「いや、外に出るつもりなのか?」
「どうでしょう。でも松陰先生の話を聞くと、少し見てみたい気もしますね」
「そうか」
それ以上話は続く事なく、奇妙な間ができた。タイミングがいいのか、パタパタと走る音と共に、揺れる提灯の光が少し先に見えた。次第にそれは近くなり、人影を捉える。
「あーーー!!居た!!!」
それは提灯を担いだ久坂の声だった。四方八方探しまわっていたのだろう、髪も着物も乱れ、息が上がっている。
「はぁーー、探してたんだぞ!ふみさんもみんなも!!」
「ごめんなさい!」
「そう怒るな。俺が連れ回したんだから」
「なっ!!!高杉?!」
「家まで送ろうと思ったが手間が省けた。あとは頼んだぞ、久坂」
そう言い残し、高杉はゆらゆらと歩き出したかと思えば、あっという間に闇夜に消えた。
志よ、蒼穹へ 山本翼 @yooku29
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。志よ、蒼穹への最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます