13話 一夜の煌めき

 「たかすぎ、さん……」


 知っている人の顔を見て安堵し、抑えていた涙が頬を伝い始める。


 「うぐっ……こ、怖かった……」

 「わかったわかった!驚かせてすまねぇな!」


 困った顔をしながらも、背中を撫でながら優しく宥めてくれる姿に、安心感を抱く。


 しばらくすれば落ち着いてきたのか、大きく息を吸って、吐いてを繰り返して高杉に向き合った。



 「すみません、もう大丈夫です」

 「ったく、こんなとこでうずくまってるからびっくりしたじゃねぇか。他の奴らは?」

 「ふみさんを探しに行っちゃって……痴話喧嘩、みたいな?」

 「何だそりゃ。ま、ちょうどいいや!そろそろ行かねぇと間に合わねぇぞ!」

 

 突然優の手を取り歩き始める高杉。


 「いや、今ここから離れたら皆探しちゃいます!」

 「平気だって!萩にいるんだからいずれ会えるさ」

 


 半ば強引に優をぐいぐいと引っ張っていく。その手を振り解こうと思えばいつでもできた。それなのに、優はなぜだろうか、その手を振り払うことはしなかった。

 前を歩く逞しい背中を見ると、胸がきゅっと締め付けられるように痛い。熱い。呼吸が苦しい……。


 「ハァハァ……本当に、疲れました…」

「ったく情けねぇな、もうすぐだ」



 どれだけ来たのだろうか。山道も登った気がする。時刻はすっかり夜。周囲は雑木林で、気を抜けば何かに躓いてしまいそうになる。危険だから、と手を握ったまま、自然に二人は歩く。木々を掻き分けたその先に見えたのは……



 「っ!何、これ……」

 「どうだ?綺麗だろ?」


 目に飛び込んで来たのは、萩の街が赤橙色に装飾された景色だった。蝋燭の火が揺れ、流れ、動き、まるで光が生きているようだ。


 「近くで見るのもいいが、こうやって上から見下ろすのもいいもんだろ?」

 「はい……とても、綺麗」



 その光を目を細めながらうっとりと見つめる優。電飾ではない、温かい炎の揺めきが、心に染みる。人混みで一人になり不安になったことも、坂を登り疲れた足のことも、もう頭にはなかった。



 しばらく無言で夜の景色を堪能した後、今度は優から話しかける。



 「高杉さん、ありがとうございます」

 「いや」

 「でも、どうして私に?」

 「あー…それは……」



 急に歯切れが悪くなる彼の顔は、暗がりで見ることはできない。まずい事でも聞いたのかと焦ったその時、ガサりと地面を踏み締める音がした。


 「ここに居たのか……晋作」


 髪の長い、綺麗な男の人が立っていた。


 「菊じゃねぇか!なんでお前がここに!?」

 「待たせてるのはお前の方だろ!俺は明日の朝一でここを発たなきゃならんのだ。その前に……ん?」


 菊と呼ばれた背の高い男は、今更ながら優の存在に気づき話を止め、目線がぶつかる。


 「あ、あの……すみません」

 「なぜ謝る?それよりお前……どこかで見た気が……」


 段々と距離が近くなり、顔から全身を舐めるように見られる。菊の中性的な美しい顔が目の前にきたせいで、優は恥ずかしさから顔が紅潮し、体は硬直してしまい一歩も動けずにいた。


 「んー…あ!昼間の踊りの時、見物客の中にいたやつだな?」

 「え?それってあの舞台の?」

 「そうそう!俺美人は忘れないから!」



 そう言って優の手を握りにこにこ笑っている菊に、どういうことなのか分からず困惑していると、横からすっと手が伸びてきた。そして体が後方へ倒れる。高杉が優の体を掴み菊と引き剥がしたのだ。


 「おい、それぐらいにしろ」

 「あらあら、あの高杉君がご執心?」


 まるで女性のように着物の袖を口元に当てて小首を傾げる。細めた目に若干下がった眉尻。首筋にかかる黒く長い髪がさらりと揺れる。その姿を見た瞬間、とある人物と重なった。



 「昼間、見物客、菊……え、え、えーー!?もしかしてあの綺麗な花魁さん!??」

 「お、気付いた?そう、俺が……"菊鈴よ"」


 その場でくるりと回ってみせた菊。しなやかな体の動きに妖艶な笑みを浮かべる姿は、化粧こそしていないが壇上で華麗に舞っていた菊鈴そのものである。



 「えー!!菊さんは菊鈴さんってことですか!?菊さんは女?男?え?!でも久坂さん達は女の人だって……」

 「俺を男だと知っているのは、自分の店の子たちと晋作と、あと数名……一握りの奴らだけだ。だから内緒にしてね?」


 こんな美人に口元に人差し指を当てながらお願いされれば、誰も嫌だとはいえないだろう。


 「も、もちろんです!!」

 「うふふ、素直でよろしい!…で、少し高杉と話をしたいんだが、いいかな?」

 


 そう言って菊は高杉を連れて少し離れた所まで歩いていった。


 その様子が気になった優は、声さえ聞こえないにしろ少し盗み見る。高杉の驚く顔が見え、すぐに難しい表情になった。込み入った話なのだろうと思い、それ以上追う事はせず、もう一度煌めく城下を見渡した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る