待合室
真花
待合室
ぎっくり腰になって整形外科に来た。
待合室はごった返している。先生が一人ずつマイクで名前を呼ぶ。
『佐藤さん、どうぞ』
呼び出しと同時に五人のおじいさんが立ち上がる。五人は我先に診察室へと入って行く。僕も周りも固唾を飲んで様子を見守っていると、五人が一列になって診察室から出て来た。規律正しく席に戻る。
『佐藤Aさん、どうぞ』
集団で現れたモンスターですか?
おじいさんが一人診察室に消える。しばらくして出て来ると『佐藤Bさん』『佐藤Cさん』『佐藤Dさん』と順番に呼ばれる。Dさんが出て来た。
『鈴木さん、どうぞ』
Eさんは? しかも鈴木さんも五人、塊になるみたいに診察室に入って行く。で、一列になって出る。
『鈴木Aさん、どうぞ』
佐藤Eさんは?
『鈴木Eさん、どうぞ』
そっちのEじゃないよ!? 鈴木内の順番はどうなってるの?
『鈴木BからDさん、どうぞ』
まとめちゃったよ!? だったら最初からみんなまとめてでいいじゃない!
『佐藤Eさんは、ムーンウォークで入室して下さい』
何ですと?
立ち上がったおじいさんがキレのあるムーンウォークで診察室に入ってゆく。
出来るの!? どう見ても現役のプロの動きだったんですけど!
『高橋さんは、ブリッジでどうぞ』
整形外科! そんな動き出来たらここにはいないよ、って、高橋さん、ホラー映画から抜け出して来たまんまの動き! 会場(?)から拍手。
『木村さんは、一曲歌ってからどうぞ』
それで伸びる待ち時間! 木村さん歌い始めちゃうし、みんな指示に従い過ぎ。しかも選曲が「千の風になって」って、老人の多いところで歌うのはどうなの? もうすぐそうなるから共感なの? だって、拍手喝采。スターの応対みたいに手を振りながら木村さんは診察室へ。
『原田さんは、私の声に呼応して下さい。Are you ready? フー!』
「フー!」原田さんから甲高い声。
『オーイェー!』
「オーイェー!」
『ノってるかーい?』
「ノってるぜー!」
『カモン、診察室!』
「いくぜ、診察室!」
早く行け。
『深山さんは、恥ずかしい話を一つ暴露してから入室して下さい』
立ち上がったのはおばあちゃん。
「私は、ここの先生のことが、好き!」
「がんばれー!」「応援してるぞ!」と檄が飛ぶ。おばあちゃんは顔を真っ赤にして診察室へ。どうしてこんなことするの?
『藤井さんは、その場で十回回ってからどうぞ』
ガタイのいいおじいちゃんが「よっしゃ」とくるくる回転する。あまりにおぼつかない足取りになって、くらんくらんしているのが丸分かりで、「がんばれー!」「応援してるぞ!」とまた檄が飛び、何とか診察室に到達した。どうして言うこときくの?
『柳川さんは、元気ですか?』
「元気です!」おじいちゃんが大きな声で応じる。
『ではお帰り下さい』
そりゃそうなる。
「やっぱり元気じゃありません。体の一部が元気じゃないからここにいます!」
『ではどうぞ』
そんな言い方をされると、どこが元気じゃないのか気になってしまう。
『武藤さん』
来た。僕の番だ。
『診察室へどうぞ』
僕はすくりと立ち上がって、診察室のドアを開ける。
「先生、どうして僕には指示をくれないんですか!?」
先生は壮年の男性だった。僕の顔を見るなり、ニヤリと笑う。
「次回からは指示ありにしましょうかね」
「お願いします」
これで僕も指示を貰える。その満足の違和感に気付いたのは、会計のときに後の人が過酷な指示に従ってのたうち回っているのを見たときだ。
整形外科の待合に指示はいらない!
(了)
待合室 真花 @kawapsyc
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