第7話

 ゴブリン型の魔影退治から数日後、B研の部室に入ると瀬鳥会長がイノと話をしながら珍しく怒っている声が聞こえてきた。


「会長、今日はご機嫌斜めですね」


「それはそうでしょ。組合ギルドの連中は私達が、どれだけ有益な情報を報告したかわかっていないんだから」


「それって、ゴブリン退治の後に式村が見たっていう、骸骨型の魔影のことですか」


 会長とイノが話している内容は僕が見たって骸骨型の魔影についてらしい。

 わりと短い時間だったのはたしかだけど、あれは一回見たら忘れられない不気味さがあった。せっかく、イノを通して組合に報告したのに、結局僕の見間違いってことで処理されたんだよな。

 まあ、会長たち3人の魔影をまとめて一撃で倒したからといっても、組合にはもっと高レベルの魔影保持者たちもいるわけだし、多分高レベルの魔影保持者が誰か骸骨型の魔影ち出会ったら倒してくれるだろう。

 避けるだけで精一杯だった、レベル2の僕の出番はもう来ないはずだ。


「そうだよ。嘘のつけない式村君が見たっていうなら、絶対いたはずなのに、あいつら取り合おうともしなかったんだから」


「俺も少し食い下がってみたんですが、見間違いだろうの一言で終わりましたよ」


「もし見間違いだったとしたら、じゃあ、私達3人は誰にやられたんだって話になるでしょ」


「そうですね」


「今度見つけることがあったら、絶対に証拠写真を撮って、式村君の証言は正しかったって組合に送りつけてやるんだから」


 瀬鳥会長が地団駄を踏むような勢いで、自分のことのように悔しがってくれている。

 僕のためにこんなに怒ってくれる人なんて、ほとんどいなかったから素直に嬉しいな。

 僕もこの人のためなら本気で怒ったり心配したりしてあげたいと思う。


「会長、ありがとうございます」


「あれ、式村君、いたんだ?」


「よっ、気を失った女子を守ったヒーロー、登場が遅かったじゃないか」


「イノ、やめてよね。僕はみんなの仇も討てずに、じっとしてただけなんだから」


「そんなことねえよ。お前のあの時の判断としては懸命だったと思うぞ。レベル2桁の会長らが一撃でやられるんだ。レベル2のお前なんて息に触れただけで死ぬんじゃないか?」


「失礼な、さすがに息くらいには耐えてみせるよ。くしゃみはヤバいかもしれないけど」


「……えーと、魔影って、息やくしゃみをするんでしょうか?」


「星嶺先輩、アホな会話に混ざるとアホが移るかもしれないからやめといた方がいいっす」


 僕たちがアホなやり取りをしていると、アイドルで美少女の星嶺さんと小生意気な後輩の東郷が部室にやってきた。

 うん、星嶺さんの可愛さは今日も健在だね。

 1日の疲れを吹き飛ばすマイナスイオンの暴風雨が吹き荒れているようだよ……って、せっかくのマイナスイオンが暴風雨じゃ癒されないじゃん、とかアホなことを考えているとバレないように、あまり視線を合わせないようにしとこう。

 そんな僕の考えを無視するように星嶺さんがトコトコと僕に近寄ってくる。


「……式村君、この間は本当にありがとうございました」


 ペコッと頭を下げる星嶺さん。

 うわ、綺麗な人って髪の毛のつむじから毛先まで、すごく綺麗なんだなと、今はそんな感想を抱いてる場合じゃなかった。

 星嶺さんに気を使わせない返答をして、僕の評価を爆上げするチャンスじゃないか。

 頑張るんだ、僕!


「いや、僕は前衛として当然のことをしたまでだよ」


 どうだ、この紳士的対応。

 僕は嫌われないためにガツガツしないと決めたのだ。


「じゃあ、瀬鳥会長が約束していた自分らとのデートの約束もなしでいいってことっすか?」


「えっ、東郷や星嶺さんとのデートって、ありだったの! 僕はてっきり乱入があって無効ってことになったのかと思ってたんだけど」


「自分もそれでいいんじゃないかって思ってたんすけど、星嶺先輩が脳パンで気を失っていた自分等の安全を守ってくれていた式村先輩にお礼をしないのは悪いっていうんすよね。まあ、たしかに自分らが意識を取り戻すまで世話になったのも事実だし、自分もいいかと思ってたんすけど、式村先輩が気にするなっていうならーー」


「ぜひ、気にして欲しい! 僕はデートがしたいんだ」


 僕の人生で一番の猛アピールをする。

 あれ、ガツガツしないんじゃなかったのかって?

 それは過去の僕の台詞だったとだけ言わせてもらおう。

 僕の変わり身の早さを見て、会長がお腹を抱えて笑っている。


「あはは、そこまで必死にならなくたって、私たちの式村君への感謝は変わらないよ」


「そうっすね。感謝はしてるっす」


「……デート、楽しみにしてますね」


 あの星嶺さんが僕に笑いかけてくれている。

 まさかこんな夢みたいな日が来るとは思っていなかった。


「僕もう死んでもいい」


「式村、今死んだら東郷や星嶺とデートできなくなるが、それでもいいのか? それでもいいんだったら俺が殺してやるが」


「そんなことをしたら、僕の怨念でイノを呪い殺してやる」


「お前の欲望まみれの怨念は強そうだから嫌かもしれんな」


 イノは肩をすくめながら笑っている。

 僕のこれからの人生で2度とこんなラッキーなことは起きないかもしれないから、このチャンスは存分に活かさせてもらおう。

 将来、彼女が出来たときに過去にデートしたことのある余裕のある態度が出来るかもしれないしね。

 おずおずと星嶺さんが僕に微笑みかける。


「……よろしく、式村君」


「よろしく」


 僕も満面の笑みで答えた。

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