第2話

 放課後、荷物をまとめて帰ろうとすると短く髪を刈り込んだ眼鏡男子のイノが声をかけてきた。


「式村、今日はこの後、予定はあるか?」


「イノ、どうしたの?」


 僕がそう問いかけると、イノがニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。

 おっと、この笑みを浮かべてるってことは要注意だな。


「ちょっと、俺と一緒に行ってほしいとこがあってだな」


「断る!」


「ちょっと判断が早くないか? もうちょい話くらいは聞いてくれてもいいだろ」


「イノがそんな笑い方で僕に近寄って来るときに良い話だったことがないからね」


 そう言って荷物を持って出ようとする僕に背を向けて、イノがわざとらしく残念そうに告げる。


「あーあ、式村に、紹介したかった女子がいたんだがな。残念だ」


「イノ、何してるんだ。僕を待ってくれてる女子がいるんだろう。早く行こうじゃないか」


 僕はダッシュで教室の入り口まで移動する。

 僕の未来の彼女になるかもしれない女子を待たせたりしたら大変だ。


「……やれやれ、変わり身の早い奴は嫌いじゃないぞ。だが、モテない奴は大変だな」


 僕に女子を紹介してくれるという親友が、呆れながら何かを言っているけど、ここは聞こえなかったふりして無視しておくのが正解だろう。

 一応言っとくと、僕はモテないんじゃなくて、出会いがないだけ……のはずだ。

 僕らは部室棟1階にある、ひとつの部屋の前まで来ていた。


「イノ、ここは?」


「うちの高校の魔影退治ビジョンバスター研究会。通称、B研の部屋だ」


「?」


 聞いたことないな。

 それにビジョンを英語にするとvisionでV研っていうのが正しいんじゃないかな? とりあえず、女子が僕を待ってるわけだし入ってみればわかるのかな。

 だけど、B研の扉には『男子死ね!』との張り紙がある。

 うん、男子出禁とか男子禁制ならまだしも、死ねってすごい攻撃性を感じるよね。

 少しだけ躊躇している僕にイノが声をかけてくる。


「式村、行こうぜ」


「そうだね」


 この中に僕の未来の彼女がいるかもしれないって考えたら躊躇している場合じゃない。

 僕はガラッと扉を開ける。


「お邪魔します」


「ん、君は?」


 僕とイノが中に入ると、ハツラツとした表情の前髪パッツン女子が出迎えてくれた。

 見たことないけど、上級生かな。


「おっ、イノッチのオススメの式村君っていうのは君かな? B研へ、ようこそ。私は会長で3年の瀨鳥藍華だ、よろしくね」


 瀨鳥会長は社交的な性格のようで、初対面のはずの僕の手を両手で握ると大袈裟ともいえるぐらいに手を上下させていた。

 少し痛いけど、可愛く明るい先輩に手を握られて、ちょっとドキドキしてしまう。

 イノの紹介したかった女子って、この先輩なのかな? 年上彼女、全然ありです。

 そんなことを思っていると、瀨鳥会長が部屋の方を振り返って奥の方に向かい声をかけた。


「おーい、2人ともこっちに来て。式村君が来たよ」


「ほーい」


「……はい」


 会長の声かけで奥から2人の女子が出てきた。

 1人はショートカットのいかにもスポーツ少女って感じみたいな見た目だけど、ちょっと気だるげにしているのが気になる。

 見たことないけど、なんか年下っぽいな。


「ちーっす、1年の東郷ルリっす。この人が式村さん? うーん、なんかいけてない感じだけど、会長、この人でホントに大丈夫っすか?」


 やっぱり、この気だるげな子は1年みたいだ。

 だけど、初対面なのに僕へのこの辛辣な評価はどうなんだろうと思う。

 自覚はあるとはいえ、真正面からいけていないと言われたら、僕だってだいぶへこむんだぞ。


「式村君、この子は1年のルリルリ。口はちょっと悪いけど、慣れれば大丈夫になるから気にしないでね」


 会長はそんなふうに言っているが、それって慣れることができなければ問題アリってことでいいんだろうか。

 まあ、この1年生の子について考えるのは、ちょっと保留だな。


「それで、こっちの子だけど」


「星嶺あみさっ!……さん」


 おっといけない。

 驚きすぎて、思わず呼び捨てで叫んでしまうとこだった。


「おっ、さすがに式村君も知っていたかい」


「もちろんですよ」


 星嶺あみさ。

 うちの2年生女子にして地域限定アイドル活動もしている女子として、その可愛さは有名だったりする。

 緩く長い髪に、均整の取れたスタイル。

 男子の庇護欲を刺激する儚さもありながら、どんなモブ男子にでも優しいというあり得ない神対応。

 僕としては、その総合力はそこいらの全国区のアイドルにも全然負けていないと思う。

 初めて至近距離で見たけど、彼女いない歴=年齢の僕には眩しすぎて、まともにそのお姿も見れない。

 まさか、こんな形で星嶺さんと対面できる日が来るだなんて。

 イノの奴、僕の中で最高の親友に格上げしてやろうじゃないか。


「うん、式村君もあーさのこと知っててくれた上に、過剰反応しないでくれたようで良かった。さすが、イノッチの人選に間違いはないね」


「そういえば、僕をここに連れてきた理由っていうのは何なんですか?」


「ああ、式村君をここに連れてきた理由? そんなの簡単よ。私たちとパーティーを組んでもらおうと思ってるの」


「パーティー?」


「そうよ」


「えーっと、それってネトゲか何かでってことですか?」


「ねえ、会長、この人察しが悪すぎやしないっすか? 別な人の方がいいんじゃないかと」


「……私は別に式村くんでいいと思います」


 おお、さすが星嶺さん。

 声まで普通の声優を越える可愛さだ。


「私たちと組んでほしいのは、魔影所持者ビジョンホルダーとしてよ。まあ、実際に見てもらうのが早いでしょ。あーさ、ルリルリ、出すわよ」


「……はい」


「いいっすよ」


 星嶺さんと東郷が返事をすると3人の前に人型の魔影が3体出現する。3人と同じ顔をした魔影はそれぞれ手には弓やら杖を持っている……って、まさか。


「えっ、先輩らも魔影所持者ビジョンホルダーだったんですかっ!?」


 僕が驚きの声を上げていると、瀨鳥会長がやれやれという態度をとって宣言する。


「当然でしょ。ここはB研、魔影退治ビジョンバスター研究会なんだから」

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