あの花がくれたもの

三玉亞実

あの花がくれたもの

 ある秋のことでした。

 身寄りのいない独りの少女がボロをまといながら何か食べるものはないかと道を歩いていますと、一輪の花を見つけました。それは不思議な事に葉がなく、まるで何かを求めるかのように両手を広げた花弁が特徴のピンクの花でした。

「食べれないけど可愛い見た目。せっかく会ったのも何かの縁だし、髪飾りにしよう」と、その花だけをちぎって少女の黒髪に付けて歩き出しました。

 すると、木の下でピクニックをしていた三つ編みの女の子に声をかけられました。

「ねえ、頭に大きな花飾りを付けているけど、どこに売っているの?」

 少女は首を振って、「違うよ。これは寂しそうに咲いていた花を私が摘んだの」と答えました。すると、三つ編みの子は「いいなあ!私も欲しい!」と駄々をこね始めます。少女はあげようか迷いましたが、ふと目にしたバケットに入っているサンドウィッチが目に入りました。ここ数日ろくなものしか口にしていない彼女にとってこれをいただけたらどんなに素敵なことかと夢想し、ひらめきました。

「バケットに入っているサンドウィッチと交換してくれたらこの髪飾りをあげる」

 これに三つ編みの子は快諾し少女と交換しました。

 念願のご馳走を手に入れた彼女はさっそく食らいつこうと大口をあけましたが、ふと背後に視線を感じました。振り向きますと、小さな子が指を咥えながら物欲しそうに見ています。

 少女はかまわず食べようとしましたが、空腹の子どもを前にして堂々と食事する勇気もなく、「一口だけよ」と言って差し出しました。子どもは大いに喜び、奪うようにサンドウィッチを取りますと、何と全部食べてしまったのです。

 これに少女は「ちょっと!」と眉間に皺を寄せました。すると、どこからともなく裕福そうな婦人が現れ、「ごめんなさい。目を離した隙にうちの子がご迷惑をおかけしてしまって……これを売って何か食べてください」と、貴婦人が付けていた豪華なネックレスを貰いました。少女は目を見張り、「こんな高そうなもの私みたいな乞食にふさわしくありません!」と突き返しました。

 が、婦人は微笑んで「それと似たようなものが私の屋敷にいくらでもあるの。だから一つくらい無くなっても構わないわ」と少女の胸元に付けてあげました。少女は何度もお礼を言って再び歩き出しました。

 しばらくすると、街につきました。腹ペコの少女はこのネックレスを売ってたらふく食べようと質屋に向かっていますと、その道中で煌びやかなドレスに身を包んだ高級娼婦と燕尾服の男が何やら揉めています。どうやら女性が付けていたネックレスをどこかで落としてしまったようです。

 少女はチラッと付けてある物を見ましたが、「自分には関係ない」と言い聞かせて立ち去ろうとします。が、ちょうどその時に「あれがないと舞踏会に入れないわ!」と泣き崩れる彼女に少女はいたたまれなく思い、付けていたネックレスを外して、「あなたのものの代わりになるかどうかは分かりませんが、どうぞ」と差し上げました。これに女性は喜び、お礼として何か一つ欲しいものを買ってくれることになりました。

 少女の願いはもう決まっていました。「お腹いっぱいご飯が食べたい!」と、二人にお願いをしようとした——その時です。

 男女の背後にあるショーウィンドウに展示されていたドレスが目に入ってきたのです。それは何とも可愛らしいピンク色のドレスでした。

 あまりの可憐さに目を奪われた少女は何故かどうしてもこのドレスが欲しくなり、空腹そっちのけで彼らに新調してもらいました。

 結局何も食べれなかった少女はトボトボと街を後にします。すると、その帰り道に独りの女性が「あれ?……確かここにあったはずなのに」とキョロキョロしながら何かを探していました。

「お姉さん、どうかしたの?」

 少女が尋ねると、彼女は視線を合わせないまま「ここにお花があるんだけど、どこにもないの。ピンクのお花」と返します。

 これに少女の胸中がチクリと痛みました。それもそのはず。彼女が探していた所は摘んで髪飾りにした場所だったからです。

「どうして、そのお花が必要なの?」

 少しだけ声をこもらせながら訳を尋ねます。女性は一瞬だけ少女の姿を見て、相手が女の子だと安心したのでしょうか、あちこちの草を分けながら答えました。

「あの花は亡くなった妹に捧げるためなの。この近くで悪い人に襲われてね……それからなぜか毎年一輪だけ、ここに花が咲くの。だから私はこの時期になったら摘んで妹の墓の前に備えるの。これはバカバカしいかもしれないけど、もしかしたら妹からの贈り物じゃないかなって勝手に思ってる。妹が私は元気だよって伝えるために……」

 この話を聞いて少女の心はますます締め付けられました。あのお花はあの世からの贈り物だったのです。それなのに自分ときたら無神経にそれをもぎ取り、空腹のために食べ物と交換し、挙げ句の果てには高級なドレスを買ってもらいました。自分の一時の欲望のせいで独りの女性の心の支えを奪ってしまった事に少女は肩を震わせ、両眼からツゥと二筋の後悔を流しながら口を開きます。

「ごめんなさい。そのお花……私が盗りました」

 少女の懺悔に女性はエッと顔をあげます。間違いなく怒鳴られる——そう予感した少女は目をつむり、時が過ぎるのを待ちました。

 ですが、いつまで経っても事は訪れません。不審に思い、目を見開くと何故か女性の目が赤くなっていました。

「……ネリーネ?……ネリーネなの?」

 少女は違うよと返そうとしましたが、その前に女性に強く抱きしめられてしまいました。

「ああ、ネリーネ……おかえりなさい」

 抱擁し嗚咽を漏らす女性に一体全体どうなっているのだと少女は困惑していますと、草原の上に——女性のポケットから落ちたのでしょうか——二人の白黒の人物を色で塗った写真を見つけました。そこには何と女性と少女と同じ色のドレスを着た女の子が写っていたのです。ドレスだけではなく、顔も髪もその子と瓜二つでした。

 少女は自分はその子ではない事を伝えようとしましたが、ふとある考えが脳裏を過りました。

 もしかしたらあの花は私を導いていたのではないか——と。

 あの花は待っていたのです。自分の代わりになってくれる少女を。いつまでも亡くなった妹の事を忘れずにいる姉を想って。

「……お姉ちゃん、ただいま」

 少女は生涯彼女の妹の振りをすると誓い、彼女の震える背中を包み込んであげました。

 こうして、少女は一輪の花の巡り合わせで何も飢えることなく、姉と一緒に仲良く暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし。

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あの花がくれたもの 三玉亞実 @mitama_ami

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