第70話 因果は巡る
070 因果は巡る
イスパニア無敵艦隊は、数で勝っていた。
しかし、小回りの利く、風をうまく使うアジアの猿どもは厄介であった。
戦国時代の初期には、すでにジパング(日本)の存在は確認されていた。
この小国を占領するために宣教師が送り込まれていたが、戦国大名の多くはすでに、彼らの武器提供を求めなかった。
すでに、銃砲の数は相当な数に上り、そして兵士の数は異常なほどの多さであった。
その兵士全員が非常に切れ味鋭いカタナを所持していた。
故に、武器提供で有利な条件を勝ち取ろうと考えたのである。
イスパニア(当時はポルトガル)にしてもそのような危険な地方に手を出すリスクを冒すことはできず、今までは放っておいた。(彼らは宣教師から逐一日本の情報を得ていたのである)
しかし、勢力がどんどん南下するに至り、東南アジアでついに利権同士がぶつかることになる。
彼ら(ポルトガル、当時まだスペインに統合されていなかったが勢力の南下してくる頃にリベリア半島はスペインに統合された)の奴隷貿易が日本の武装勢力により不可能になっていた。
こんなことを到底認めるわけにはいかない。
そしてついに、無敵艦隊が太平洋へと派遣されてきたのである。
太陽の沈まぬ帝国を維持するための苦肉の策であった。
本来は、不信神な英国との決戦を行う予定であったのだが、こちらの利権のほうが重要であったため先にやってきたというわけである。因縁なのか、日本の外洋船は英国の設計を取り入れていたのである。
奴隷売買と香辛料は莫大な利益を上げることができるのだ。
現代では日本の美人リポーターがイベリア半島に旅行し美しい街並みを称賛したりしているが、その美しい街並みを作り上げた富は、このような貿易でできたものである。
美しい街並みに罪はないが、もとの資金はほぼ犯罪的なものでなかったと言い切ることはできまい。
◇◇◇
それにしても、ちょこまかと面倒くさい動きをしよる!
サルどもが!
一方、竹中半兵衛は、海戦の趨勢は我が方有利と見て取っていたが、数が圧倒的にすくないので決定的な勝利をつかめないでいた。
鈴木軍の戦艦部隊は、各地に拠点を有していたため、数が散っているのである。
今、この場所に集まりつつあるだろうが、今すぐやってくるというほど帆船は便利ではないのだ。
それでも、優秀な重火器と小回りの利く船で相手を圧倒していた。
しかし敵も徐々にその戦いに慣れ始めて、一隻を複数で追い込んで攻撃するようなってきた。
今日も今日とて、五隻の戦艦対五十隻の戦いが始まった。
機動力で搔きまわし、長距離からの銃撃で相手士官を射殺する戦法は有効だった。
イスパニアの銃は射程も短く大砲も効果を発揮できないでいた。
だが、数の優位で袋叩きを狙う作戦は効果を発揮しつつあった。
イスパニアの士官は、普通の兵士の服を着てごまかしていた。
士官服の人間が次々と死んでいくが、士官は生き残って指揮を執っている。
白兵戦に持ち込めば、有利に持ち込めそうだった。
一隻がついに接舷される。周囲にも味方の船がいる。
今だとばかりに、わらわらとイスパニア兵が船を渡っていく。
「よし、勝った!」イスパニア士官はそう思った。
柄付き手りゅう弾対策に、厚い木の盾を用意している。
数では、こちらの方が圧倒的なはずであった。
この時、彼らは日本刀の恐ろしさを甘く見ていた。
銀光が煌めく。
血しぶきが舞い散り、腕や首が舞う。
鈴木軍では、武士が船に乗っている。
彼らは銃手を守るための補助的人員であった。
これまで出番はなかったのである。(非常に暇だったのでやっと出番が来たと考えていた。艦長に手りゅう弾を投げるなという者までいた、白兵戦こそ艦戦闘の華であるという間違った考え方を持っていた人間がいたのだ)
銃砲だけが強いだけではなかった。
金鵄城(史実の大阪城の代わりに建てられた大阪の城、完全に星形要塞になっており、大阪城とは似ても似つかない姿になっている)には、剣豪たちが数多く集まりその剣技を磨いていた。
件の男は、あまりにも相手を殺す技ばかり使いたがるので、彼らから免許(皆伝)を得ることができなかったが、いわゆる後世に名を遺した剣豪たちが、ここに集約されて居住していた。
当然に、剣を志す者も、この城を目指してやってくることになった。
その剣技を習得した剣士たちが、船に乗船していたのである。
ひたすらに暇だったが、今や時代は、後送式ライフル銃なのである。
ロマンで言えば剣なのだろうが。
勿論、剣士も銃の訓練を受けていたりするのだが。
鎧を着ない状態で刀を持った相手ほど危険な相手はいない。
この船にも剣豪がいた。
異様に長い日本刀をふるう男の剣はあり得ぬ角度で跳ね返ってくるのだ。
長いゆえに、スキがありそうなものであったが、それがない。
それが彼の腕前を示している。
「小次郎さがれ!」声が聞こえその若者は、飛びのいて後ろへとさがる。
次々と、柄付き手りゅう弾が、投じられる。
爆発と閃光がイスパニア船上で炸裂する。
こうして、鈴木軍の戦艦は窮地を脱した。
侍はまたしても暇になり、不満げだ。
危地を脱した竹中半兵衛の顔色は冴えない。
明らかに追い込まれつつあった。
いったんマニラから引くという手もあった。
すでに、味方の艦隊が各基地から集結してきているはず。
数をそろえれば、簡単に撃滅できるであろう。
それにしても、できるだけ粘らねばならない。
気を入れなおして、戦場を見やる。
すでに、数時間も戦い続け、兵たちにも疲れの色が濃い。
夜になれば戦闘は終わりである。
あと2時間といったところであろう。
◇◇◇
「なんということだ、せっかく接舷したのに、あいつらの強さは何だ!」
デレクマンはうめいた。
なんという個の強さ、鬼神の如き働きに肝を冷やす。
白兵戦で勝てねば、大砲で決着をつけなければならない。
敵戦艦は動きが良く、上手く照準に入れることができない。
当然、射線に入らぬよう操舵しているのだ。
船腹に無数の大砲を積んでいるが、真横に来ないとうまく当てることができないのだ。
「とにかく囲んで大砲で撃て!」
彼が命令を発したその時、突然風がやんだのだった。
「風が止んだ!」デレクマンも半兵衛も同様につぶやいた。
このタイミングでかと、デレクマンはうめいた。
半兵衛は助かったとおもった。
被害は圧倒的にスペイン側が受けていたが、一隻を数隻で囲む戦法は洗練されつつあり、危険な水域に近づいていた。それに、疲労もかなり蓄積している。
銃の撃ちあいが始まるが、勝敗は明らかだ。
性能が全く違う。
イスパニア側は、分厚い板を重ねて隠れて耐えるしかない。
海面が鏡のようになっている。
夕焼けがかすかに空を赤くし始める。
その夕焼けを海面が映し出す。
敵船さえなければなんと美しい光景であったろう。
これぞ自然の神秘である。
「うむ、敵さえなくばなんとも美しい光景だがな」
半兵衛も遠く異国の海で戦うなどとまるで夢のような感慨を持ったのだろう。
虚弱なところがあった半兵衛も今や食事改質などで体質が改善され、真っ黒に日焼けした海の男になっていた。
美しい景色のはるか遠くを眺めると何か、黒いものがみえる。
「黒い何かが、美しい光景の邪魔だな」なんとも無粋な黒点である。
「もっともです」息子の重門が答える。
それにしてもあの黒い靄のようなものは何なのだ?
不審である。
敵かもしれぬと気を引き締める。
明らかに北からきているのだが、その方面に敵はいまいが・・・。
◇◇◇
帆柱のマストをたたませる。
バシャバシャと水を掻く車輪が船を動かす動力である。
道雪は、船首に立って仁王立ちしている。
外輪船と殿が名付けたこの船は、半帆船であり、風があるときはマストも上げる。
船首には、旋回式の主砲が据え付けられている。
まるで鉄の化け物である。
そもそも、鉄の塊が海に浮かぶはずがないではないか?
殿はそもそもおかしい人間だったが、さすがに気が狂われたに違いない。
この造船計画を聞いた時の道雪の感想である。
まあ、そもそも狂っているので今更どうということもないが・・・。
道雪は自分もいかれていると、周囲の家臣に思われているとは考えていなかったのだ。
他の家臣からは、『猛獣使いの猛獣』とこころの中で呼ばれていた事実。
鉄の板自体は割と簡単にできたが、建造は至難を極めた。
リベット工法が難しかったのである。
そしてさらに難度が何段も上がったのが、蒸気機関である。
理論上は難しいものではないが、蒸気の圧力を上げると爆発する、それに耐えるだけの蒸気窯を作らねばならなかったのだ。
基本理論を伝えて、作るのは丸投げである。その男はいつもそのような態度であった。
望月出雲守の苦労は察して余りあるものだった。
だが、この技術革新は、世界を揺るがすほどのものである。
この船の燃料は、石炭であるが、我らの国、豪州(金鵄島)には石炭も鉄鉱石も大量にあるという。(あの男談)
神州など比べるまでもなく、我が国が技術力で圧倒できるに違いない。
もはや、お上などお飾りであり、この神州の中心は我が国(豪州:金鵄島)となるに違いない。
そもそも、件の男は嘘をつくのが好き。
台湾、ルソン(フィリピン)、バタビア(インドネシア)、豪州(オーストラリア)の縦のラインをこの黒船(鉄船、塗装にアスファルトも使っているので黒い)が支配するのだ。面積で言えば神州の何倍であろうか!
神州(日本)など世界の端になってしまうのだ。
殿は頭がおかしいが戦略眼は優れている。
この技術と資源で、世界に対して覇を唱えることも十分に可能!
道雪の鼻息が荒いのも無理からぬことである。
そして、この巨大な勢力圏を手に入れれば、栄華はほしいままである。
わしも島の一つももらってゆっくりしたいものだ。
島は無数にあるので十分可能だった。(ありすぎることが問題となるぐらいにはあった)
良い島かどうかはわからないが。
そのためにも、今はイスパニアの無敵艦隊を完全に殲滅せねばならない。
我らの国を作るために!
「前方に艦船を発見!」
檣楼の見張り員が艦船を発見したようだ。裸眼良し、そして望遠鏡も装備している。
「攻撃準備!」
「攻撃準備!」大声で復誦される。
もくもくと黒い煙を吐き出しながら、外輪が勢いよく回り始める。
最大船速へと速度を上げる黒船、旋回式の大砲に砲弾が装てんされる。
測距員が、敵艦との距離を計測し、砲塔の角度を整える。
「準備よ~~~し」
「撃て~~~!」
道雪の号令が発せられ、大砲が轟音と火炎を吹く。
台座も鉄、大砲も鉄、閉鎖機も鉄。
方向・角度調整は、ハンドルを回すと歯車がギリギリと回転して動かすような代物であったが。今までのものとは全く発想の次元が違った。
測距手が望遠鏡で、着弾観測を行い、適切に調整を入れていく。
砲手たちは、すぐさま閉鎖弁を開き次の砲弾と装薬を詰め込む。
「撃て~!」旗が振られ、轟音が甲板にとどろく。
ヒュ~~ンと嫌な音が近づいて海面が爆発する。
なんという破壊力。
唖然とするデレクマンだったが、逃げることも反撃することもできなかった。
風がなくては船は進まず、大砲もそのほとんどは船腹にしか存在しない。
的である。
「
「撃ちまくれ!」道雪が絶叫する。
この世界の戦いの法則とは、敵の大将を討ち取ることである。
次席が戦闘を引き継いだりしない。
残念なことに、デレクマンの船には大将旗(とにかく派手)が掲げられており、一番でかいのだ。
そして、標的はその一番目立つ船になることは必定である。
なお鈴木軍では、次席が戦闘を引き継ぐことがしっかり決められている。
爆発が近づいてくることに恐怖を感じたデレクマン。
「撃ち返せ!」甲板上にも小さな大砲はあるが、方向転換から入る必要がある。
鉄の砲丸を装てんしたとき、その大砲に直撃弾が命中した。
甲板上のすべてが爆発で吹き飛ばされる。
高速で飛翔する鉄片が、デレクマンを引きちぎった。
火災が甲板に発生するが、甲板上の船員たちはなぎ倒されており、大穴が空いており、それは船倉を破壊、船底にも穴をあけていた。
もはやこの船は、息絶えたのだ。
周囲の無敵艦隊の隊員たちは、自分たちが敗北をしたことをしった。
大将の死亡は敗北と同義語である。
黒船が恐るべき砲撃を継続している。
次々と船を破壊している。
一斉に逃げようと腰を浮かしても風がない。
とんでもない悲劇である。
「降伏せよ!」スペイン語とポルトガル語によって大音声で呼ばわれる。
反撃のマスケット銃の銃弾が跳ね返される。
鉄船である。大砲がそちらを向く。
ド~~ン!帆柱が吹き飛ばされる。
もはや形勢は決した。
そこからは早かった。
服従を誓うために、悲惨な儀式が行われる。
兵士による、士官殺しである。
士官を殺した罪があるために本国に帰ることはできないのだ。
無敵艦隊の兵士たちは、黒船に大きく心を乱され、恐怖させられてしまった。
それ故、心を折られた。
そのために、簡単に降伏してしまったといえよう。
黒い煙をモクモクと吐き出し、黒い化け物がバシャバシャと近づいてくる姿が、化け物に見えたのである。
こうして、無敵艦隊の半数が、降伏してしまった。
それ以外は、生贄として撃沈された。
自由に標的を狙える大砲はそれだけで脅威であった。
正に知っていれば当たり前であったのだが、この時代の人間には考えつくことはできなかったのである。
斯くして、太平洋派遣イスパニア無敵艦隊は壊滅した。
その半数は、鹵獲され敵となってしまったが・・・。
こうして金鵄八咫烏王は、太平洋の覇者となった。
日本本国では、いまだ、小さな島の田舎領主と馬鹿にされていたが。
現実は明らかに違っていたが・・・。
そして太平洋の覇者とは、各種の貿易から莫大な利益を得ることが可能であるということであった。
ジャカルタ(インドネシア)、マニラ(フィリピン)、ゴア(インド)などの貿易拠点には、巨大な城塞が建築され、帝国の権威をまざまざと見せつけている。
明(中国)に攻め込んで版図を大きく広げた織田信長は、マカオに至ったとき、太平洋上の巨大帝国の存在を知ることになる。
インド、太平洋諸島、豪州大陸までその版図は巨大である。
世界地図をみた信長はカラカラと笑いだしたという。
「見事にしてやられたわ!」
中国大陸を制覇して見せろとばかりに煽られたが、奴はもっと先をいっていた。
ヌルハチとともに清を打ち建てたが、その先の領土を抑えられてしまってはどうしようもない。
奴の国は海軍に優れているため、海軍育成から始めねばならないではないか。
彼は、中華大陸を攻略してきたため、陸軍ばかりである。
この当時で最強の陸軍国となっていた。
同様に、金鵄国は世界最強の海軍国と名実ともになっていた。
しかもこの海洋帝国は、難攻不落にして貿易の要、排除するためには相当の力が必要であろう。
信長は、大陸を西進し領土を広げていったという。
一方、金鵄国は、豪州において次々と黒船を建造し、ペルシャを脅迫し、アフリカ大陸の南端(現在の南アフリカ共和国の辺り)を占領し、イベリア半島に脅威を与え続けることになる。
太陽の沈まぬ国は今まさに、太陽が消えうせようとするかのごとしであったのだ。
火縄銃伝来から始まったこの物語はこうして終結する。
火縄銃を伝来させた国が火縄銃から発展した国に倒されるという皮肉が今まさに起ころうとしていたのである。
昇った太陽は必ず沈むことは当然のことなのである。
八咫烏血風戦記Ⅱ 続九十九後伝 海洋帝国編 九十九@月光の提督・完結 @tsukumotakano
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