エスカルゴあとち

枕露亜

只今:19歳と電車

 車窓からの景色は遠くに、ゆっくりと流れゆく。

 平地に広がる緑に、少し目線をあげたところには、ぽっかりと空いた青。正しく、今日は日本晴れ。

 僕は車窓側に体を傾け、窓枠のでっぱりに頬杖をついた体勢で、久しく忘れていた容赦ない鈍行列車の揺れに漂う。

 この体感覚はかつての寂しさとかなしさを思い起こさせるけれど、かつてとは違う逆方向に進む電車が、すべてをひとくくりに郷愁として辿っていく。


「ねえ」


 正面に座る、僕と同じく足を組んで頬杖をついた女性――アキが、実に数十分ぶり、ぶっきらぼうに言葉を発した。


「引っ越ししてから、もどるの初めてよね」


 言葉尻だけでは有るのかあやしい疑問符をつけて、ちらと目線だけをよこして問うてくる。


「そうだね」

「ふうん……」


 僕も変わらず、数年ぶりの彼女との距離感をつかみあぐねて、結果、特に話はつながらない。アキは曖昧に相槌をうって、足を組み替えた。

 車窓の向こう、視線の遠く。

 地平線手前の緑覆う地上から、場違いに浮いた高架線上には、流線形の新幹線がすらっと飛んでいく。


 ……単純に考えて、アキと電車内で居合わせるのは、半ば必然だったのかもしれない。

 彼女と僕は、小学校からの報せ――某日の夕方、同窓会にて当時に置いてきたタイムカプセルをついに開ける、と――の通り、かつて育った村に行かなければならず。

 そうした時、辺鄙な村に通じる道中。必須の交通機関は、1時間に一本運行するか、しないかの廃線間近の私鉄で。

 こうした条件ならば、電車でかつての級友と居合わせることなんて、なんら確率的に不思議はない。

 けれど、こんな目的地に早く着きすぎる午前中の電車に乗るのは、僕だけだと思っていた。


 ――いや、嘘だ。もしかしたら、とは、考えていた。

 もしかしたら、アキはやって来るんじゃないか。


「……」


 片耳に有線イヤホンをぶら下げて、ガラスに隔てられた遠くを見つめる彼女。

 その表情の機微を、今ではわかるわけがなかった。

 ふと、僕と彼女の間にある居心地の悪さか、それとも、自分がアキへのずれた像をつかみ直すためか、上滑りした話題が口をついて出た。


「タイムカプセル、何入れたっけな」

「……さあ、カナタの分は知らない」

「それはそうか」


 はは、と渇いた笑いが漏れる。僕の名前、覚えてたんだ。なんだか今更ながら、安堵に似た感覚を覚えた。電車で目が合ったとき、先に座っていた僕の向かいに座ってきたから、僕のことを認識しているとは思っていた。でも、その根拠は雰囲気的なものだったから。


「でも」


 アキがちらと僕に目線を向けて、視線が交わった。


「エスカルゴ……の何か、入れてるんじゃない」


 アキはすぐに目をそらしてから言う。

 だから、今どんな感情で彼女は言ったのか、アキの目の色はわからなかった。




「…………かもね」


 どれだけアキの横顔を見ていたかわからないけれど、僕はまた外の青を眺めて、もう何に対してのものかわからない、浮遊した相槌を打った。

 今日の空は抜けるように、遥か先に続いていた。



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