この物語は、ただの村娘である須原が御上に見初められ、嫁入りするところから始まります。全三話からなる短編連作ですが、一話ごとに月裳、吉良、須原と視点が変わります。
一人称のお話ですが、月裳も須原も自分の思いを明確には語りません。ですが、情景描写や登場人物の行動などから、切なく胸を締め付ける感情がひしひしと伝わってきます。この間接的な感情の表現が、しめやかで美しい和風ファンタジーの世界観を作り出しており、書き手としても感嘆させられます。
また、村娘の嫁入りで悲恋というと、身分の高い方に見初められ無理やり結婚というのを想像しますが、御上はとってもいい人です。知らない場所、知らないしきたり、知らない男(御上)に半ば無理やり嫁がせてしまったので、なるべく須原が心労を感じないようにと気を遣ってくれる優しい人です。夫として、最高の人だと思います。でも御上には御上にしかわからない孤独があって… その孤独を唯一癒せる人が須原なんです。
しかし御上の幸せ=須原の幸せではない。そこがなんとも辛い点ですね。
偶然偉い人に見初められた幼なじみ、その嫁入りを見送ることになった青年の物語。
和風な世界が舞台の、ちょっとせつない恋愛譚です。
いやせつなさ度合いで言ったら「ちょっと」どころではないんですけど……。
あらすじとしてはほぼ上記の通りで、主人公は本当にただ見送るだけの立場です。
したがって、彼自身の起こす色恋的な振る舞いはあまりないのですけれど、しかしそれでも間違いなく、これ以上ないほど恋愛劇してるお話です。
本当に「せつない」という形容以外に何も思いつかない……。
あまり多くは語られないというか、内心を露骨に文字にしてしまわないところが大好き。
嫁いでゆく幼なじみの須原さんの内心は当然として(もとより他者の心の中は見えないので)、視点を担う月裳さんの胸の裡さえも直截には書かれない。
本心というか、実際のところはどうだったの、という部分が、ほぼ読み手の想像に委ねられていることの心地よさ。
あるいは、そもそも言葉にしようのない、この作品本文の他には語りようのない思いだったのだろうと、そう思わせてくれるところが本当に好きです。
言い表す的確な言葉がないというか、仮に近い言葉に置き換えたとしても、でもそれはあくまで「近い」でしかないというか……。
きっと言葉にした時点で削られてしまう、その「何か」こそが何より大事なお話。
どんな思いをそこに想像しても、しかしどうあれ残るどうしようもないせつなさ。
読後の余韻がたまらない作品でした。