ミチがいない

御角

ミチがいない

 ミチとは物心ついた時からよく一緒に遊んでいた。出かける時は決まってミチが僕の手を引いて、いろんなところを巡り歩いた。

「こっちだよ、こっちこっち」

 元気に案内をしてくれるのはいいんだけど、ミチに見えているはずのものが僕には全然見えなくて、いつも想像で補完しては苦笑いするしかなかった。


 その日も、僕はミチと町をぶらぶらと散歩していた。

「こっち、こっちに道があるよ」

 そうやって手を引くけれど、相変わらず僕には道なんて見えない。そんなことも知らずにミチはとても楽しそうに、興奮したように息巻いて、常に僕の前を行く。でも、僕はちっとも楽しくなんかなかった。

 見えない僕の気持ちなんて考えたこともないくせに。いっしょに楽しめない僕の悔しさなんてわからないくせに。そう思えば思うほど不満はどんどん膨らんで、なんだか急に腹が立って、僕は初めてミチから手を離した。

 ミチがうろたえているのがよくわかる。そりゃそうだ。僕がミチの言うことを聞かなかったことなんて今まで一度もなかったんだから。


 周りがなんだか騒がしい。老若男女の声が入り混じってうっとうしいことこの上ない。なんだよ、これは僕とミチとの問題なんだ。外野は放っておいてくれよ。

「おい、小僧! 危ねぇぞ!」

 どこからか声がして、その瞬間、体にトンと、ミチの触れる感覚がした。倒れる、と思う間も無く、僕の前を一陣の風がよぎる。

 耳をつん裂くほどのブレーキ音、何かがぶつかるような鈍い振動、ふいに頬に飛び散ったぬるいしずく。背中と後頭部に走る衝撃、痛み。


 周囲の喧騒けんそうが一気に僕に迫り来る。それでも僕には何も見えない。手探りで必死にミチを探すけれど、その手は空を切るばかりだ。

 ああ、僕はなんて取り返しのつかないことをしてしまったのだろう。本当は、ミチがいないと生きていけなかったのに。ミチは僕の目だったのに。


 ようやく探り当てたリードを引いてくれるものは、既にここにはいない。あの体温も、フサフサの手触りも、元気な鳴き声もなくなってしまった今、ミチを感じるすべはどこにもない。

 僕はもう二度と、ミチを見ることが出来ない。

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ミチがいない 御角 @3kad0

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