ギャシュリークラムのクラス会

霧這

はさみくん

 平成から令和の年に成って一年の十月一日木曜日。いつ使うか定かでは無い、公衆電話のボックスはなかには平成三十年と今年の電話帳が並んでいる。

 電話ボックスの斜め向かいに、褪せた赤錆が絞りを模する天色あまいろのスプートニク型の灯油タンクが見える。その近くに僕の祖父と祖母が暮らして居る。

 「行って来ます。」に「行ってらっしゃい。」と応える二人に会釈をし、たでがピンク色の点々を、秋へ衣替え準備の茶色い茂みに彩る空き地を通ると目的地に着く。

 杉並に囲まれた、ピンポイントに当たってひびの焦げ目が小さな雷を模した鳥居を潜ると、首無しの白狐が左と顔の形が不在の白狐が右に、朱色のスプレーで呪やら死ね、乙などと書かれた台に鎮座してる。

 障可視さわがしい棄てられた空き缶、粗大塵、塵袋やコンドームを払い除ける様に沐猴ひとの成せる下物けものわざに目を背け進むと、苔塗れの割れる様に潰れた腐朽ふきゅうの社が顔を出すと、裏に枯れてしまった池があって、そこへ向かうために架けられた、鳥居とお揃いの色をした橋が見えて、近くの平らな石に腰を下ろした。

 「やあ。」

 ランドセルを背負った顔馴染みだ。

 「変わるもんだなー。お前も。」

 僕の周りを歩き、満足したのか橋に登り座ると足を交互に蹴りながら、こちらを見ている。

 「あんさ、今日って萩の花らしくてね。花言葉って知ってる?。」

 まだ緑の残る田に囲まれた敷地内で、声変わり前の幼さが潰されていないハスキーな声が言葉を耳に残すと、知っているも否かも答えの頭文字を発する間も無く続ける。

 「萩の花言葉。図書室のね、古く色褪せた本で見たんだ。想像通り可憐なものだと思ってだけど詳しく調べたくて……それで…パソコンで調べたら、、、、、って。」

 もう止せ。と声を掛けたかったが、頬を摘葉まえの林檎の様に染めてはにかむ目元を見て、唇まわりを小さく動かし息だけで発する。

  不意に、最近読んだ小説の題名が浮草の様に脳裡を浮遊した。

 ───、、、、

 『はぎごえ』と読ませた語の意味を、本当につい数日前に調べていたばかりであった。

 しゅう君は無言で俯いてから呟く。

 「俺の記事も…少し見た。少しだけ。」

 「ネットの記事も見たのか?。」厳しい口調をしてしまう。

 「……うん。……俺…神隠しなんかじゃ無いよ。まして誘拐でも無いよ。学校の帰りに家の裏にある山を帰路と逆に行った時に洞窟を見つけたんだ。おっかなびっくり入ったんだよね。お前だって一緒に行ったことあるだろう?。」

 「でも、僕はビビって皆んなの足手纏いをした。だから、しゅう君は…ひとりであの内に行ったんだろう。」

 小さく頷いて面映おもはゆさと悔しさで歯を食いしばる。

 思い出した様に、「俺は夢中に成っててさァ。お前らから念の為の鋏を貰ってランドセルに入れて、懐中電灯を片手にそのまま進んだ。」しゅう君は腹を抱えて笑う姿に、安堵しペットボトルの緑茶を飲みながら頷くも、つられて笑ってしまった。

 「やっぱり…俺の死体は見つけて欲しく無い。こんな見た目に成ってしまったのは、……トンネルの奥で埋まっていた小さい爆弾を見つけて、皆んなに自慢してやりたかったからって理由で動かした瞬間に地震が来て、驚いた拍子にで落としちゃったんだよね。」

 祖母の話を思い出す。「あの裏山は昔は栄えてたんだよ。鉱山が近いからね。のぶちゃんが小さい頃は、よくあの温泉行ってたねー。」

 「偽物だと思ってたのに。」

 ははは…と失敗しちゃったの顔で、ぎこちなく微笑むしゅう君のまなこは泣きそうだ。

 神社の鳥居が光をうけて

 にれの葉が小さく揺すれる

 夏の昼の青々した木陰は

 私の後悔をなだめてくれる

              ───中原中也『木陰』より


 「四年前に再会した、地元で有名な“茶色いランドセル一杯に鋏を入れて歩く少年の幽霊”の真相。

 昭和二十八年、三月十三日にダム湖の建設のために合併した村から引き受けられたが、平成元年の十月十三日に町の人口が減少し高齢化が進んだ事に伴い、無人に成った稲荷神社のある町で三十年後、三月十三日生まれの小学生が震度五強の余震後失踪。(某新聞の記事より抜粋)

 匿名掲示板では両親に対して、悲報と揶揄する誹謗が小さな指折りのネットワークで広まる。それでも両親は我が子を探すも時効が過ぎる。

 志望高校に合格したと伝えるため、春休みに久しぶりにこの町へ来た時、しゅう君のお母さんとすれ違った事がある。

 白髪が混じり、虚な眼で僕を睨んだ。ギョッとして、足早で家へ戻り、後から気付いたほど誰か分からなかった。

 霊が出るとか出無いとか、高校入学してからは同年ら辺の間ではSNSを通じて、地元ではすっかり有名だった。

 僕が出身町を言えば、大袈裟に「で?あそこ出るの?幽霊。」と質問攻めを食らった事が度々しばしばあったが、「ただの噂だよ。」と困り気味に苦笑するとガッカリされたが、思いのほか流行り出して、近隣の町の学生の間では肝試しの場所に指定される事が多くなる。

 チャーリーゲームが流行る中、さとるくんと狐狗狸こっくりさんの噂が僕の近所に出来た。

 オカルトマニアな同級生が、掲示板で「自分の地元のさとるさん」と出鱈目を綴り、写真を添えていたのだが明らかくだんの公衆電話ボックスだった。

 彼女は滅多に喋ら無いクラスメイトで、成人式で酔っ払った勢いで多弁化し、「あれは私が広めたの!。掲示板あそこでは有名なんだから!。ふふふふふ、元ネタは近くで起きた失踪事件なの。それでね、オカルト仲間の人と配信凸した事があって…ふふっあの人ったら間違えて“さとるくん”を“まさしくん”って言ってさー。はっはっはっ笑っちゃよねー。……いひひひひひひひひひひ。」

 得意げにヒステリックな笑みを貼り付けたみたいに、一人で盛り上がっては空気が冷たく成り担任が咳払いする異様さを見せたのだった。

 何処いずこから出たか最早もはや知れない噂では、稲荷で仏滅に必ず狐狗狸さんをすると言うものらしく、その時に「はさみくんを絶対に呼んではダメ」と言う謎のルールがある。理由わけは、この場所はもう一つ都市伝説が存ずるからだ。

 『はさみくん』

 ・茶色のランドセルは中に入っている鋏で人や小動物を殺めたからで、真っ赤になったランドセルに背負って、鳥居の外で体育座りして泣いて居たら危険。

 ・十三日の仏滅に産まれたからと揶揄われて虐められ自殺した少年の霊。

 ・必ず仏滅でしか会えない。

 ・顔面は上顎から下が無く異形。

 しゅう君が悪霊と呼ばれて悲しい。

 友達思いで男女問わず好かれていて、教師からも信頼されていた。

 クラスは一つしか無く二十人も居なかったが、誰にでも声を掛けてくれるリーダーであり、一番好奇心が旺盛で叱られる半面を持っている。

 しゅう君が失踪し、所謂いわゆるボッチになると中学に上がっても馴染め無かった。本当に心底、僕にとってしゅう君は太陽の様な人だった。

 なのかかわらず、何故。何故。…何故!。

 根も葉も無い噂で悪人にされ、挙句忘れた様子で口を揃えてフィクションに仕立て上げるのかしら。同級生全員に怒りすらも覚える。

 だからこうして、誰かに知って貰いたくて綴っているのだが……。」


 鉛筆を置き、眉間を摘んで伸びをし、銀虎さばとらの愛猫を腿上ももうえに転がせて、ペンシル色に黒くなった掌で抱き寄せ長毛を撫でながら陋屋ろうおくから窓の外を見る。

 百均で買った原稿の、未だ熟れぬ書き物をつぶてにして塵箱へ投げると、神を失った場所で告げられた四年前の萩の声に悔いばる徹夜明けに、珈琲コーヒーを服する。

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