第五章 教室(2)

 教室の机にたった二人だけで座る私たちに向かって、マキムラは話を続けた。


「あるとき彼らの内の一人が、その縛めから解放され自由になり、火の光を見るように強制されます。彼は見たこともない輝きに目がくらみ、何がなんだか分からず混乱してしまうでしょう。当然です、以前までは影だけを見ていて、それが世界の全てだと考えていたのだから」


「そのとき、ある人が彼に向って『お前が見ていたものは真実の影でしかなかったのだ。しかし今は、お前は以前よりも実物に近づいて、前よりも正しくものを見ているのだ』と説明したとしたら?彼は一体何を思うでしょう?それでも彼は、以前に見ていた影のほうが、目の前に見える火や人形たちよりも真実性があると、そう考えると思いませんか?」


「真実性?」と私は言った。

「真実であるかどうかの度合い、どっちの方が世界の本当の姿なのかってことです」

「ふーん」と私は自分の影の方へ顔を向けながら答えた。私は自分の影に手を振った。影も同じように手を振っている。世界の本当の姿…ね、少なくとも影じゃあないよな。そんなことを考えながら、ぼおっと眺めていると、私の影は突然姿を消した。え!?と私は驚いて影を探す。さっきまで影があった場所には、さらに大きな影の輪郭が見えた。なるほど、巨大な影が私の影を飲み込んでいたのだ。ガタッと音が聞こえ、顔を上げると目の前にはカイがいた。右手でマキムラの左手をがっしりと掴んでいる。もう片方の手で刀を構えながら。


「なんの真似だ?」とカイは言った。

「いや、実際に体を動かした方が分かりやすいかなと思いまして」

 ジェスチャーですよ、ジェスチャーと言ってマキムラは両手を挙げて手をヒラヒラと振った。

「この後彼は引っ張られていくんですよ。彼に火と人形を見せた、その誰かによってね」

 こんな風にと、私の前で綱引きを行うような動きをした。

「どこに?」と私は聞いた。カイは立ったまま動かない。

「外です。洞窟の外」


 そういうとマキムラは教室の外まで歩いていった。そして、学校の体育館で使われているようなスポットライトを持ってきて教卓の上に置いた。

「よいしょ」

「眩しっ」

 光が視界いっぱいに広がる。

「このように、地上に出たばかりの彼の目は、ぎらぎらとした輝きでいっぱいになって、眼前に広がる真実を、世界の本当の姿を、何一つとして見てとることは出来ないでしょう」

 マキムラの良く通る声だけががらんとした教室に響く。


「だから外の世界の物事を見ようとするならば、自分自身の体をその世界に慣らすことがどうしても必要になります」

「まず最初に影を見れば、いちばん楽に見えますよね?」

「眩しいんだけど?」と私は言った。

「分かりやすいでしょ?」とマキムラはすぐさま答えた。


「初めに影、次に水にうつる人間やその他の事物を見ます。そして後になってから、実物を直接見るようにすればいい」

 少しずつ目が慣れてきた。うっすらとマキムラらしき人影が見える。

「そしてその後で…」

 その人影は右手を挙げ、上を指差した。

「天空のうちにあるものや、天空そのものへと目を移すことになります。そしてこれにはまず、夜に星や月の光を見るほうが、昼に太陽とその光を見るよりも楽でしょう」

「『星や月の光』か…なんかロマンチックじゃん」


 私は星と月が浮かぶ夜の空を空想しながら、ゆっくりと顔を上げていく。すると、何言ってんだこいつと言わんばかりの顔をしたカイと目が合った。私は目を逸らさず、カイの目をじっと見続ける。

「な、なんだよ」とカイは言う。が、私は目を離さない。

 ひとしきり目を合わせ続け、満足した私は、マキムラの方を向いてカイを親指でクイックイッと指差した。マキムラと私は同時に肩を竦めた。


「チッチッチー、チッチッチーだよカイくぅん。」

 私はカイの目の前で、わざとらしく指を揺らし、これまたわざとらしく大きなため息を吐いた。

「はあああっ。カイくんカイくん…君さぁ、物事の風情ってものを、ぜんっっっぜん理解してないようだねえ…ってイテッ」

 はたかれた。


「何すんだ、こんなにも可憐でいたいけな少女にっ」

「そうですよ、こんなにもか弱い乙女にっ」とマキムラも続く。

「お、分かってんじゃんマッキー」

「マッキー?私のことですかー?いいですねー!」

 その通り、私はか弱い乙女なのだ。

 だというのに…カイのやつ全く分かってないな。常識だぞ。

「ん、フ、フフ……」

って、あれ?なんだかカイの様子が…。震えてる?



「プッ、アッハッハッハッハッ、おっ、乙女!?いたいけ?おまえっ?お前が!?乙女!?クッ、アッハッハッハッハッ」

「ムキーーー!なんだとこらー!ゆるさん!」

 私はカイに飛びかかった。

「アッハッハ…ん?どわっ!!」

「やっ、やめろバカっ!うわーー!」とカイが叫ぶ。

 勢い良く飛び込んだ私たちは豪快にこけて、ゴロゴロと転げ回った。

「ふんがーーーーっっ!!」

 そしてこれでもかという程の大回転の末に私が上を取った。

「ヨシ!」と私はガッツポーズしながら言った。

「み、見ろ!これが乙女か!?」とカイが私の荒れ狂う両腕を必死に抑えながら、マキムラに向かって言う。

「はあっ!?三百六十度見渡す限りどっからどう見ても乙女だろうがーー!!」

 私は両手をブンブンと振り回しながら叫んだ。

 それから私たちは何が何だか分からなくなるくらいに暴れまわった。そして、そんな私たちを見ながらマキムラは大声で笑っていた。


「アハハハ、貴方たちは本当に仲良しさんなんですねえ」とマキムラのいかにも愉快そうな声が聞こえてきた。


「「…どこがっ」」

髪はボサボサで服もぐちゃぐちゃになった私たちは、ゼエゼエしながら同時に答えた。

「息もぴったりじゃないですかあ」

 マキムラはしゃがみこんで私たち二人の服の埃を優しく払い、手を取ってゆっくりと立ち上がらせた。




「さて…」

「星や月の光を見た彼が、最後に見るのが…これです」とマキムラはスポットライトに両手を乗せながら言った。

「ライト?」

「太陽だろ」

「ん?……ああ」

 彼が地上に出て一番初めに感じるのは、やはり世界の眩しさなのだろう。その鮮烈な光に目を眩ませた彼が、水面や星空で目を馴らし、ようやく最後に見てとれるようになるのが世界の眩しさのその正体、太陽というわけである。


「その通り。水やそのほかの、本来の居場所ではないところに映ったその映像をでなく、太陽それ自体を、その自身の場所において直接見てとって、それがいかなるものであるかを観察できるようになります」 

 マキムラは教卓の前まで歩いていき、スポットライトと向かい合うように立って、それを指差した。

「そしてそうなると、彼は、『この太陽こそは、四季と年々の移り行きをもたらすもの、目に見える世界における一切を管轄するものであり、また自分たちが地下で見ていた全てのものに対しても、ある仕方でその原因となっているものなのだ』と考えるようになるでしょう」


「つまり?」と私は言った。

「つまり『太陽が世界の全ての原因で、その何もかもを支配している』ってことです」とマキムラは振り向いて言った。

「そうなの?」

「ある意味ね」

 まあ例え話ですからとマキムラは続けた。


「プラトンはそれを『善のイデア』と名付けました」

「世界いっさいの存在の根源、あらゆるものごとはそこから生まれる、といった具合ですね」

「それはすなわち、世界の原因であり、真実であり、世界そのものです」

「私達人類は歴史上、いついかなる地域においても、そのような存在をある一つの言葉で言い表してきました…」

マキムラは私たち二人にしっかりと目を合わせる。


「“神”と」


「神…」世に禍福を降し、人に加護や罰を与える霊威。人智を越えた、世界を支配する絶対的な存在。そして私たちにとっての呪いの元凶…

「外の世界、世界の真実が見えない私達にとって、今のこの世界の状況は、まさに致命的といっていい」

「この世界はもう限界を迎えているんです」

「“神”は我々を排除し始めている」

「そして、世界の誰もその事に気付いていない。何が起こっているのか分からないのに、世界が終ろうとしていることは分かるんです」

「貴方たちだけだ。貴方たちだけがこの世界の真実と向き合うことができる」

 運命に抗うことができる、とマキムラは続けた。そして私達の方へ向かって大きく両手を広げる。

「貴方たちにこの世界を救い出してほしいのです」


「ふーん」生まれてから今日までずっと、飽きるほど言われ続けてきた言葉だ。“世界を救う”



「私達は地下の洞窟で手も足も縛られた囚人です」とマキムラは胸に手をあてて言った。

「洞窟から連れ出されたのが貴方」

 カイを指差す。

「初めから外にあって、真理の中に産まれ、世界の淵源と永遠の実在に生きる、半神半人の巫女、それが…」




「ーーツミキ様」




「眩しっ」

 光が視界一杯に広がる。赤、赤、赤、鮮烈なまでの赤。赫赫たる赤。息を吞むほど美しく、恐ろしい赤。眼の奥に、ギラギラと輝く、幾数万の真っ赤な宝石を押しこまれたような赤。私はこの光を知っていた。


「ツミキ!」

 カイが叫ぶ。

「ああ、分かってる…」

「違う、そうじゃない!お前がっ、お前が無理して背負う必要なんかっ…!」

 私は光に向かって歩きだした。

「くそっ!」とカイが吐き捨てるように言った。


「こ、ここまではっきり、見えるものなんですねっ、ただの人間の私でも。これが生命の神の民の力…。これが人間の…」

 マキムラはぼんやりとしながら、光の方に手を伸ばす。

「だめだ!」とカイが叫ぶと、マキムラはハッとして動きを止めた。この光に触れると人は正常ではいられなくなる。マキムラは明らかに動揺していたが、それでもかろうじて冷静さは見失わなかったようだ。その後、燃え盛るように煌めくその光に、決して近づこうとはしなかった。


 真っ赤な光に包まれ、教室の入り口に立つ。教室全体が光に覆われていた。目を凝らすと、その人の体には至る所に無数のひびが入っていることが分かった。隙間から、燦然と輝く赤い光が滝のように流れ出ている。それは、あまりにも美しく、とてもこの世のものとは思えなかった。何度目にしても、何度繰り返しても、慣れることはない光。それを見続けると人の眼はいずれ潰れてしまうのだという。あれは人の根源、精神のかたち。

 

 人が、魂と呼ぶもの。


 私は光に手を伸ばす。

「くっ、」やっぱりあつ…

「あああああああああああっ!」

「ツミキさん!」

「大丈夫だ」

 マキムラが駆け寄ろうとしたが、カイがそれを制止した。

「とてもそんな風にはっ…!」

「他人の魂に干渉できるのは神とそれに準ずるものだけだ…」

「この人が奴等の一人になるのを、お前たちの言う人類の敵になるのを止められるのは、この世界に神と……ツミキしかいないーーーーーー


 魂とは心と体の有り様。そして人間は他人の魂に触れると消えて無くなる。ただし正確に言うと触れることはない。

 神は自分に似せて人を創り出した。自分に似せた魂を創り、ひとつひとつかたちをととのえ、人に生命を与えた。魂の要素は等しく、ただ“かたち”が異なるだけ。そして元は同一のものだったから「境」がない。だからお互いの魂は触れるのではなく、混ざる。魂は混ざり、一つになって“かたち”は崩れる。心は潰れ、体はバラバラになって、そのうち自分が何であったかさえ分からなくなる。個を保てなくなった彼らは、彼らだったものは、心と体をズタズタに引き裂かれて、最後に、霧散して消える。魂が不滅なのは“神”だけだ。


「さっき言ってたろ、半神半人とか何とか。実際その通りなんだ。あいつの魂は限りなく神に近い。神の魂と人の体を持っている。だからあいつの魂は不滅だ。…だけどツミキは、不滅であっても、無敵じゃない。肉体を持っている分、魂の“かたち”が人間の方に寄っている。切られたら血が出るし、傷もつく。それに感情もある。だから仕組みや構造は人と同じなんだ」


「魂が重なると、心と体は粉々になって、崩れる…」とマキムラは言った。

「耐え難い苦痛のはずだ。だが、それが普通の人間ならツミキよりはるかにマシだ。心も一緒にぐちゃぐちゃになるからな。頭がまともに働かなくなって苦痛も何も、理解できない。ただ…ただツミキは違う…。不滅の魂を持つツミキは、正気のまま、狂えないまま魂の崩壊を経験することになる…!」

「そんな…」


「ぐっ、あああああ!」

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ…!

 真っ赤な光の中で見えない何かに何度も何度も体を切り裂かれる。体全部が焼けるように痛い。全身が炎に包まれてるみたいだ。私の魂ははじけ、ぶつかり、やぶれ、とびちり、ぐちゃぐちゃになる。サキはもう…家に帰っているだろうか?、わた、わたしは、あの子ももう中学生になる。わたしにはもったいない。ロープを用意しないといけないな。頑丈なロープを。あの子が待ってる。鮮烈で豊かな空白の残ったスープ。ふざけるな。君が弁償するべきだ。そんな眼で君が向こう側をみようとするからじゃないか。ちがう、世界はもっと緩やかで緩慢な光の森。そのずっとずっと奥。そうそう樹に結んで、しっかりとね。あの子、あの子はさみしくないんだろうか。わた、おれはこれから、わたしのこころは、やつらにとっこうを…何もかも奪われた。妻も両親も、幸せ、しあわせな、しあわせなせかい。サキだけだ。おれにのこされたのはサキだけ。サキを守って、守って守って守ってまもってまもってまもってまもって……一緒に死のう。世界が、世界が終わってしまう前にーーーーー



「ちがう!!」

「わたしはツミキだ!」

「つまんねーもん見せてんじゃねえっ!」

 私は泣きながら叫んだ。このクソみたいな世界に叫んだ。どれだけ叫んでも涙が止まらないから、私は叫び続けた。




 ひたすらにまっすぐ、夜の中を歩く。崩れかけた体で、足を引きずりながら歩く。道の先には黒く禍々しい丘が見える。丘の上には、半分に欠けた月が色もなく輝いていた。周りには無数の赤い花が咲き誇っていて、私は光に包まれていた。真っ白な光が私の周りを漂っている。これは何の光だろう…私は手を伸ばすが、触れることはできなかった。

 ああ…そうだ、これは私だ。壊れた私の一部……


 そんな光を遮るように、時々、黒い影が、人のようなかたちをした黒い影が、私の前を横切った。彼らはみな、一様に俯き、ふらふらと歩きながら、私とは違う方向に進んでいた。みんな決まって同じ方向に…。


 そしてごく稀に、彼らは何か言葉のようなものを発した。言葉とは自分の中の思いを誰かに伝えるためのものだ。その誰かは自分じゃない他の誰かかもしれないし、自分自身に対してなのかもしれない。だけど私には、彼らの訴えを、その思いを、何一つ理解することはできなかった。それはでたらめな言葉の羅列で、おおよそ意味というものを持ち合わせていなかったからだ。


 彼らは欠落していた。人として最も重要な部分が抜け落ちていた。だから彼らは、どこかに落として失くしてしまったその大切な何かを、さがし、歩き続けているーーーーーー

 

 彼らの向かう先には森があった。深い深い森が。

「そっちにはなにがあるの?」と私は聞いた。彼はこちらを振り向いて、少し経ってから、また前を向いて歩き始めた。

「またね…」と私は言った。彼がこちらを振り返ることは、もうなかった。


 私は、彼らを見ていると、ひどく悲しい気持ちになった。

 大切なものは見つからないと私は知っていた。 






 どれくらいの時間がたったのだろう。一か月ぐらいだったような気もするし、何十年の年月を歩き続けてきたようにも思える…。私は黒い丘の上にいた。

 



 そこには鮮烈な赤い光があった。それは初めて見た時よりもずっと激しく光り、大きくなって、この世界の何もかもを飲み込まんばかりの勢いに変わっていた。時々、黒くきらきらとした小さな光があらわれたが、すぐに消えた。なぜだか分からなかったけれど、それはとても不吉なもののように思えた。私は光を目指して歩き続けた。彼のいる、光の中心へ…。


 突然、彼の体からどす黒いなにかが、上昇する龍のように天へと這い上がっていった。それが全て抜け出ると、彼の体はガタガタと震えだし、彼は咆哮のような声をあげた。まるで彼の奥底、深淵に潜む闇が体を突き破って外に出ようとしてるみたいだった。それからもどす黒い闇は、際限無く彼の中から飛び出ていき、その度に彼は苦痛に歪んだ声で叫び続けた。



「大丈夫?」


 私がそう言うと、彼は驚き一瞬体をこわばらせ、恐る恐るこちらを振り向いた。

「ツっ、ツミキ……ツミキ様…」

 私を見つけた彼の顔は苦悶の表情から安堵の表情へと変わった。

「お願いします。どうか…どうか……」と彼はすがるように言った。

「うん」


 私は彼の胸に手をあてて眼を閉じた。




 ーーーーここは魂の底。生命の核があるところ。彼の生も、彼の死も、ここにあった。

 はじめは純白で、存在というものが何一つとして在り得なかったこの丘に、ある時、生命が注がれた。それは光だった。赤い光。生命そのもので、丘の何もかもが光輝いていた。だが光あるところには必ず闇が生まれる。眩しいほどの暗闇が、暗闇という名の死が、何もかも満ち足りた世界の裏側で、虚空の隙間から世界を覗き、生に取って変わるその瞬間を今か今かと待ちわびていたーーー



『魂は彼らのもとに、心はわたしのものに』



 それは小さな白い点だった。点は世界に突如として現れた。私と彼の中心に。点はそこにあるのがごくあたりまえであるように、そこにあった。私は眼を開き、白銀に変色したふたつの瞳で、それをのぞきこむ。点は空間を引き裂くように一気に広がって、私と彼、そして流れ出る魂の欠片全てを、一瞬で覆い尽した。私たちは真っ白な光の中にいて、私は光の筋を辿った。彼の放つ光の筋を。その先に核がある。迷宮のように入り組む光を進み、根源を目指した。彼を彼たらしめる魂の根源。そこはちょうど生と死の境界。私は進み続ける。あと少し、あと少しだ。闇が、眩しい…



「っがああああああああああっ!!」

 断末魔のような叫びが聞こえた…


ーーー捉えた


『光ノ筋ヲ辿リ核ヲ潰ス』

『光ノ筋ヲ辿リ核ヲ潰ス』

『光ノ筋ヲ辿リ核ヲ潰ス』

『光ノ筋ヲ辿リ核ヲ潰ス』

『光ノーーーーー

 頭の中で、壊れたスピーカーのように同じ文章が何度も繰り返し鳴り響く。私はありったけの力を込めてそれを握りつぶす。


「ーーーっっっあああーーーーーーーーーーーーーっ!」

 彼の悲鳴ともとれるような、悲痛で惨たらしい声が響き渡り、私は眼をとじた。





 右腕が彼の胸を貫いていた。彼の体はぼろぼろと崩れかけていて、崩れた先から白い光へと変わっていく。彼の表情は怒りに満ちていた。

「お前さえ…、お前さえ生まれなければ…っ!!」

 彼は最後の力を振り絞り、私の首元に向かって手を伸ばす。私はただじっと、それを眺めていた。彼の両手は私の首元をすり抜ける。

「ーーー滅びろ」

 そう言い残し、光になって、消えた。


 私は膝から崩れ落ちるようにして倒れる。

「ツミキ!」

 カイが抱きかかえるように私を受け止めた。

「あはは…滅びろだって…」と私は言った。カイは何も答えず、悲しんでいるような、怒っているような、ほっとしているような、そんな表情で私を見つめていた。意識が朦朧として、目が霞む…。視線の先には背の高い男が胸に手を当て、深く、とても深く頭を下げている。


 

「“生命の神の巫女”よ

   どうか我々哀れな人類を次の千年へと導いてくださいーーーー


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エソラリンネ イナノヒリョウ @inanohiryo

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