第8話 エピローグ

それから1ヶ月後に私たちは結婚した。

 親族と親しい友人だけのこじんまりとした結婚式は穏やかで優しい祝福を受けた。

 結婚してからも私は仕事を続けた。

 夫は、結婚のタイミングで転勤になったけど市内の異動なので特に引っ越しとかをする必要もなく穏やかに過ごすことが出来た。

 人生で一番穏やかな日々かもしれない。

 1年後に私は、妊娠し、女の子を授かった。

 夫に似たおっとりした優しい顔立ちの女の子だ。

 夫は、もうメロメロで残業しなきゃいけない時期でも定時に上がってきた。

 これは出世は期待出来ないな、と心の中で笑った。

 幸せな日々を送る中で私たちには1つだけ心配なことがあった。

 私は、みそ汁と一生涯縁がない。

 夫は、コーンスープと一生涯縁がない。

 では、この子は一体何と生涯縁がないのだろう?

 離乳食時期の時、夫が作ったみそ汁をこの子は食べることが出来た。

 私が作ったコーンスープもこの子は食べることが出来た。

 今では大好物だ。

 それは、非常に嬉しいことだが、この子の縁がないものが非常に気になる。

 健康な身体と縁がなかったら?

 幸せと縁がなかったら?

 命と縁がなかったら?

 気にしたところでどうしようもない不安が常に過っていた。

 占い師に聞きに行こうと中華街に行ったが店はもう無くなっていて、どこにいるかももう分からなかった。

 そんな日々を送りながらこの子が5歳を迎えたある日、この子の縁のないものが遂に分かった。


 赤い液体が宙を舞う。

 5歳の娘は、びっくりしたように浮き上がったそれを見た。

 液体と一緒に海老が踊るように回転する。

 私も夫も呆然とそれを見た。

 

 今日は、家族で近所に出来たタイ料理の店に来ていた。

 私や娘は辛いものがそんなに得意ではないのが夫がどうしても食べたいと言うから夕食を食べに来たのだ。

 幸い日本人向けに辛さは抑えられ、子供向けのハンバーグなどもあった。

 雰囲気もとても良い。

 夫は、友人と一緒に旅行に行って大好物になったというトムヤムクンを食べていた。

 それを娘が興味深げに見ていた。

 どうせ辛いから食べれないのは分かりきってあるが、娘は可愛さに「食べてみるか?」小皿に少しだけ移して、娘の前に置いた瞬間、ぽおんっと飛び跳ねて宙を待った。

 トムヤムクンは、床にぽちゃりと落ちて赤く汚す。

 娘は、目を輝かせて「海老が飛んだ!」と喜ぶ。

 私と夫は、顔を見合わせて・・・笑う。

 娘が一生涯縁がないもの。

 それは・・・。

「まっこれならいいか」

 私たちは苦笑いしながら店に謝った。


                  了

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結尾美織はみそ汁が飲めない! 織部 @oribe33

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