第7話 1番欲しい縁

その後、私たちは直ぐに婚約を交わした。

 小亮さんには私が、私には小亮さんが必要だった。と、言うよりもそれ以外の人なんて有り得なかった。

 私たちは自分達の今までの人生について話した。

 決して他の誰とも分かり合うことの出来ない話しを。

 勿論、それ以外の事も話した。

 こんなにも話していて楽しい人、一緒にいて安らげる人は初めてだった。

 小亮さんに言うと小亮さんも同じことを思ってくれていた。

 叔母にも感謝した。

 叔母がお見合いを組んでくれなかったら、気を使い過ぎてコーンスープを用意してくれなかったら、こんなことにはきっとならなかった。

 叔母は、泣いて喜んだ。

 コーンスープが私にかかった時、もう破談してしまうと思ったらしい。 

 私は、可笑しくて笑ってしまった。

 私たちは結婚式の準備を始めた。

 式場選びや形式、親戚、出席者への挨拶、流れ、料理に関しては慎重に、みそ汁とコーンスープは出さないように念を押した。

 そして結婚式まで後1ヶ月を切る時に小亮さんが私に言った。

「美織、今度占いにいかないか?」

 小亮さんは、婚約してから私のことを美織と呼ぶようになった。

 それが堪らなく心地良い。

「占い?」

「そう。横浜の中華街に良く当たる占い師がいるらしいからさ。その・・・今後のために」

 私は、眉根を寄せる。

「何か不安なの?」

「いや、美織との生活に不満と不安もない!むしろ希望に満ち溢れている」

「じゃあなんで?」

 そう聞くと小亮さんは、少し言いづらそうにしながらも口を小さく開く。

「体質のことが何か分かるかなって・・・」

 その言葉を聞いて私は「ああっ」と言って小さく笑った。

「そんなに評判の占い師なら何か分かるかも知れないだろう?俺たちの幸せの為にもやっぱり知っておきたい」

 小亮さんは、恥ずかしそうに頬を赤くしながらも訴える。

 正直、私は、小亮さんと出会ってからそんなこと気にもしていなかったのだけど彼の必死な顔を見て「いいよ」と言って笑った。


 中華街の占い師と言うから道教の僧服を着た髭の長いお爺ちゃんを想像していたが、目の前の人はまるで違った。

 まずお爺ちゃんではなく若い女性だった。

 私と年が変わらないくらいの、腰まであるストレートの長い黒髪にモデルさんなのではないかというくらいにスタイルの良い、昔風に言うとボンッキュッボンだ。

 顔立ちも美しい。和的にも見えるし、洋的にも見える。様々な美しい要素がそこに凝縮しているかのようだ。

 身体の線の浮き立つ黒いドレスを身につけ、肘まである手袋も、肩に掛けた透明感のあるショールも全て黒い。

 妖艶な悪魔。

 それが彼女に持った私の印象だ。

「あら、随分面白いお二人ね」

 私たちを見るや彼女はそう言った。

「面白い?」

 私は、怪訝な表情を浮かべる。

 彼女は、にっこりと微笑むと私たちに席に座るよう促す。

 黒塗りの椅子に黒い小さな円卓。

 しかし、円卓の上には良くテレビで見るような占いの道具、水晶玉もタロットカードもない。

「私は、道具なんて使わないわよ」

 私の気持ちを読んだように彼女は言う。

 私は、思わず「えっ」と呟く。

 彼女は、私をじっと見る。

 肉厚な唇が開く。

「みそ汁」

 私の背筋が凍った。

 なんで?何で分かったの?

 次に彼女は、小亮さんを見る。

「コーンスープ」

 小亮さんの表情も凍った。

「貴方達、この2つとは一生縁がないわよ」

 これを衝撃と言うべきなのだろうか?

 彼女が告げたことは正直言って分かっていたことだった。

 私は、一生みそ汁を飲むことは出来ない。

 触ることが出来ない。

 近寄る事も、あちらから寄ってくる事もない。

 分かりきったこと。

 分かりきったことのはずなのに・・・。

 言葉にされるとなぜこうも衝撃を受けるのだろう?

 まるで死刑執行を告げられた気分だ。

 隣を見ると小亮さんの表情も凍りついていた。

「そ・・・」

 小亮さんが声を絞り出す。

「それはどう言う意味ですか?」

 占い師は、ショールを弄る。

 私でもやるような仕草なのに何故か色っぽい。

「この世にはね。どんなに恋焦がれても手に入らないものが必ず一つあるの。それは物であったり、人であったり・・・」

 彼女は、私を見る。

「貴方の場合はみそ汁」

 彼女は、小亮さんを見る。

「貴方の場合はコーンスープ・・・それだけの事よ」

 つまり彼女が言いたいのは私はみそ汁と、小亮さんはコーンスープとの一生涯縁がないと言うことだ。

 何があっても出会うことがない。

 人類の大半が火星に行くことがないように、みそ汁にもコーンスープにも触れることがない、そう言う事なのだ。

 彼女は、にっこりと微笑む。

「良かったわね」

 その言葉に小亮さんの顔に怒りが走る。

「それはどう言う意味ですか?」

 小亮さんの声には珍しく怒気が含まれている。

 我々が感じている辛さや苦しみが貴方に分かるのか⁉︎と感情で訴える。

 しかし、彼女はそんな訴えを笑顔で流す。

「さっきも言ったけど、世の中にはどんなに望んでも得られないものがあるの。それは子どもであったり、健康な身体であったり、幸せな暮らしであったり、命であったり、どんなに望んでも手に入らないものがあるの。

 貴方たち、みそ汁が飲めなくて、コーンスープが飲めなくて困ったことがどれだけあったのかしら?」

 困ったこと?

 困っことなんて幾らでも・・・。

 離乳食の時・・・。

 小学1年生の時・・・。

 大学の時の初めての彼氏の時・・・。

 あれ?

 これだけ?

 隣を見ると小亮さんも思い返しているようだ。

「確かに・・トラブルって大学の時だけだ」

 あまりのエピソードの少なさに驚く。

「そうでしょ」

 占い師は、言う。

「貴方たちはトラブルの回避方法をちゃんと知っている。これからだって対処していける。それに・・・」

 占い師は、にっこり笑う。

「1番欲しい縁はもう手に入っているでしょ?」

 私は、自分の頬が熱くなっているのを感じた。

 小亮さんも頬をこれでもかと赤く染めていた。

 私たちは、占い師にお金を払い、そしてお互いの手を握って帰路に着いた。

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