孤独の唄~ラヴクラフト全集を読んで~
海野しぃる
#読書感想文の呪いを解く
大学二年生の夏。私は孤独だった。サークルから追放され、大学の文化祭の為に働いたものの只々俗悪な面倒ばかりに巻き込まれ、心を許せる友人もおらず、そして何より面白い作品など何一つ書けなかった。その頃に出会ったのが、H.P.ラヴクラフトの全集だった。金は無いけど時間があった大学生にとっては、全七巻と上下の別巻は、ギリギリ手が出る金額で、しかも長い時間を過ごすにはぴったりの分厚さに思えた。
ラヴクラフトの作品の中に出てくる人間は孤独だ。他者と共有できない恐怖を味わい、そして誰からも理解されぬまま死んでいく。彼らの物語はいうなれば私にとって孤独の唄だった。同じ唄を抱えたものが、時に世界を守り、時に希望を繋ぎ、必死で生きるラヴクラフトの物語。「クトゥルーの呼び声」で邪神へ決死の突撃を仕掛け世界を救っても報われぬ男が居た。「宇宙からの色」では崩壊した家庭に手を差し伸べた挙げ句狂気に巻き込まれた男が居た。善意は報われなかった。だが彼らはそうすべきだと思って動いた。私のようなアウトサイダーにとって、それは愛と勇気の物語だった。
それから私にとってのクトゥルー神話は変わった。サークルで私を手ひどく振った女子が好きだったTRPGとか、ニコニコ動画で面白い動画が沢山あるという印象以上に、決して恵まれなかった人生を友情と美学で貫いたラヴクラフトという不器用な男の紡いだ愛と勇気の物語になったのだ。
だから私は熱中した。そして今、クトゥルー神話を題材に執筆業まで営むに至っている。もし私の人生に神が居るのならば、それはH.P.ラヴクラフトの物語だと思う。それは、私の未来を開く、可能性という名の大いなる神だったのだ。
私は神に出会った。これからも神話的恐怖を体験した作中人物や、ラヴクラフトのように、孤独の唄を歌い続けるだろう。己は此処だと、爪痕を刻むように。
孤独の唄~ラヴクラフト全集を読んで~ 海野しぃる @hibiki
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