第2話 出逢い

 思わず、目を奪われてしまう。


 鴉の濡れ羽色をしたミディアムくらいの髪。白磁のような肌。目鼻立ちの整った面差し。水晶のように澄んだ瞳。


 つきなみの言葉になってしまうけれど、その容姿は文字どおりの美しい少女だった。


「……え?」


 僕は、ぽつりと声をもらす。

 まるで魔法にでもかかったみたいに、呆然とその場に立ちつくして。


「うん……?」


 と、少女はベッドから立ち上がろうとしていた動作を止めた。


 中腰の少女と、目があう。

 その瞳には、星が夜をかざるみたいに、きらりと光彩が浮かんでいる。


「どうかした?」

「……あ、いや――」


 と、僕はわれに返ったように、紙飛行機をのせている手のひらを見せた。


「その、これ」

「ごめんね、怪我とかしなかった?」

「えっと、うん」

「ならよかった! すごい飛んじゃったから、さすがの私もあせったよー」


 そう半笑いで言って、少女が立ち上がる。

 一七〇センチの僕が、てへぺろと言わんばかりに後頭部に手をあてている少女を、少し見下ろすかっこうになる。

 背丈は、たぶん一六〇センチくらいだろうか。

 

 そこで、ふと僕の頭上に疑問符が浮かんだ。

 訝しむように少女を見つめて、言う。


「・・・・・・あれ、さっき風に飛ばされたって」

「え? ・・・・・・あ、そ、そうだったね! 飛んじゃったじゃなくて、飛ばされちゃっただよね! 日本語ってむずかしいね!」


 などと、あきらかに動揺しているようすの少女。

 なんだか壊れたロボットみたいに、身ぶり手ぶりをせわしなくしている。


 この子、・・・・・・まさか病院内で紙飛行機とばしてたの……? え、バカなの? それともアホなの?


「・・・・・・」

「い、いいからいいから! はいありがとう!」

「あっ」


 と、少女は足早に目の前まで来て、僕の手のひらから紙飛行機をふんだくった。甘い香りが鼻をかすめる。勢いそのままに、ぽすんと少女は元いたベッドに腰を落ちつかせた。


 まわりじゅうの音がいきなり消失したかのような、静寂。


 ひゅるりと室内を吹きぬけた風に、少女の髪がなびく。

 無造作にベッドの上に置かれている紙飛行機は、まるでその翼をはためかせようとしない。管制塔、離陸許可をお願いします。


「私、西宮明奈にしみやあきな


 そんな静寂をきりさいて、少女が言った。


「え?」


 僕は目をしばたたく。

 一瞬なにを言っているのかわからなくて、自分でも驚くくらい間の抜けた声がこぼれた。

 

「人に名前を聞くときはまず自分からって言うでしょ?」

「は、はあ」

「だからはい、今度はきみの番」


 そう言って、ぴしりと僕を指さす。

 西宮明奈と名乗った少女が、口元に笑みをたたえて。


「か、川村真琴かわむらまこと


 僕は言った。

 自分の名前を名乗るとき、すこしはずかしさを感じるのは僕だけだろうか。


「かわむらまことくん、か。なんか女の子みたいな名前だね」

「そ、そうかなあ・・・・・・」

「うん。真琴ちゃん」

「ま、真琴ちゃん?」


 と、彼女が片手をつきだし、手招きした。

 それからベッドのそばにあったイスを目でしめして、言う。


「とりあえずそこ立ってないで、こっち来てすわりなよ」

「え」

「あ、ドアは閉めてね? 部屋の中まる見えなのなんかいやだから」

「わ、わかった」


 半歩ふみだして、ドアを閉める。

 思えば一〇数分まえの小腹のすきは、すっかりどこかへいってしまっていた。

 イスに腰を下ろすと、ぎーとさびしい音が鳴った。


 少女が、つきだしていた手を下ろす。

 こう息づかいまでも聞こえてきそうな距離で見てみると、ずいぶん細い体をしていることに気づく。そういえば学校の女の子たちも、すらっとしていてぜんぜん太ってないのに、なぜかダイエットにはげんでいたっけ。たしか、華奢な体型を手に入れるためとかなんとか言いながら。


 ・・・・・・でも、男の僕にはよくわからないけれど、少女のその体は――華奢とはまた違うような気がした。


「真琴ちゃんはどうしてこの病院に来たの?」


 少女が小首をかしげて、訊いてくる。

 うーん。なんて言ったらいいかなあ。


 僕はおもむろに頬をかいて、


「えっと、・・・・・・僕もよくわからないんだけど、なんか幻覚? 見たらしくて、それで――って、その真琴ちゃんっていうの、どうにかならないかな・・・・・・」

「ええー、かわいいのにー」


 ぶーぶーと頬をふくらませて抗議してくる少女。

 口にどんぐりつめこんだリスみたいな顔してるよ、この子。


「男からすると、かわいいって褒め言葉じゃないからね?」


 僕は言う。

 母さんの友達とかから言われるのと、同い年くらいの女の子から言われるのでは、そのニュアンスもまるで違ってくる。筋骨隆々な日本男児がそれ言われた日には、たぶん家でおいおい泣いちゃうよ。


 すると少女は頬をしぼませて、


「じゃあつまんないけど、真琴くんでいいや。つまんないけど」

「うん。そうしてもらえるとありがたいかな」


 つまんないってわざわざ二回も言わなくていいのに。

 でもかわいいって言われるの、男からしたらほんとにうれしくないんだからしょうがないじゃん。


 と、少女が思いだしたように言った。


「あ、そういえば真琴くんって高校生だよね?」

「え、まあそうだけど・・・・・・」


 僕の見た目から高校生と断定したのだろう。

 もしこれで中学生とでも勘違いされていたら、ちょっと怒ってたかもしれない。

 

「何年生?」


 じゃっかん前のめりで訊いてくる少女。

 また甘い香りが鼻をかすめる。たとえるなら、・・・・・・花の香りのような、果物の香りのような・・・・・・。

 ほんと、女の子ってなんでこうみんないい匂いがするんだろう。


 僕は内心どぎまぎしながら、


「こ、今年から二年生だけど」

「じゃあ先輩だね、私。今年から三年生だから」

「・・・・・・え?」


 僕は驚く。

 その大人っぽさとは無縁の容姿からして、この少女のことを、少なくとも年上ではないと思っていたからだ。


「ちなみに誕生日は?」


 さらに前のめりになって少女が訊いてくる。

 その目に、にょじつに好奇心の色をうかべて。

 たいして僕はこんな顔(゚A゚)で、呼吸すら忘れて、唖然としながら言う。


「四月一日、だけど・・・・・・」

「え、四月二日なんだけど、私」


 そして、室内に静寂をともなう奇妙な時間がおとずれる。

 あわせ鏡のように、おたがい目をしばたたきあうという、奇妙な時間が――。


 今度そんな静寂をきりさいたのは、僕のほうだった。


「って、それ同い年とまったく変わんないじゃん!」

「で、でもでも先輩は先輩だし!? 年上は年上だし!?」


 なんて少女が表情と、それから声音に羞恥しゅうちをにじませながら言う。

 そのままつづけて、


「とくべつに真琴くんには、・・・・・・わ、私のことを西宮先輩か明奈さんと呼んでもいい権利をあげるよっ!」

「いやいらないよ。ふつうに西宮か明奈って呼ぶから」



 いつしか僕たちは、初対面でありながら時間を忘れるくらい話に花を咲かせていった。

 身体診察で少女あらため明奈の病室に医師がおとずれる、そのときまで――。

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病室に住まう美少女が、誕生日がたったの1日違うだけですごい年上づらしてくる件について @Ono_Nanaka

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