ゴースト・ライク

人生

 幽霊先輩は更生させたい。




「はぁー、この後輩ちゃんってばもう……環境問題、社会問題の悪いところ詰め合わせパックみたいな生活しおってからに――」


 ……などと、半同居人が何やらまくしたてているが、別に私も、好きで平日の昼間から、冷房のガンガン効いた自室のベッドでごろごろしている訳ではない。


「だって仕方ないじゃん――外いくの、ダルいんだし」




 こうなったきっかけはといえば――


 いつのまにやら私の机に描かれていた、クソみたいな近代アート――それを見咎めた教師から、放課後にでも空き教室にある予備の机と替えてきなさい、というお達しが出たためだった。


 正直、私としてはどうでも良かったのだが――この季節、節電のため申し訳程度に稼働する冷房のせいでじんわりと汗が滲み、まだ描き立ての油性アートが私の腕に染み込むのが多少気になった。制服を汚したくもなかったし、何より、教師直々のご命令である。背く訳にもいかなかった。


 そのため、放課後――私は周囲の好奇の目に晒されながら、自分の机を持って廊下を移動する。中身はロッカーに入れてきたのだが、こうしているあいだにもそっちがお次のキャンパスにされたらどうしようという不安も些か。しかしそれも、重い、腕痛い、歩きにくいという直近の問題にかき消された。


 空き教室にたどり着く。よいしょ、と自分の机を床に置き、目の前に広がる……教室の後ろ半分にところ狭しと並べられた机の群れを眺める。この中から自由に、好きな机を選べる――ポジティブに考えれば、そういうことになる。通常、生徒に自分の机を選ぶ権利はないのだ。あてがわれた机を一年間使い続ける――いや、別にこれもどうでもいいのだが。


「……はあ」


 机に手をつき、ため息。選べ、と言われると少し悩む。いや、言われてないか。まあいいや、奥にあるのは取り出しにくいし、手近なところで――



「もしかして、いじめられてるクチ?」



 あ? ――と、私は声のした方を振り返る。


 いつの間にか、見知らぬ少女がそこにいた。長い黒髪のよく似合う、背の高い少女だ。雰囲気からしてたぶん上級生。性格悪そうなにやけ顔。


「分かるわー、その気持ち。美人で、頭も良くて、お家もきっといいトコロ。うまく立ち回れたら人気者になれそうなポテンシャルはあるんだけど――遊びに誘われてもつれないし、ちょっかいかけたら馬鹿にした目で無反応。実際馬鹿にしてるよねー」


「……なんですか」


 誰だ、あんた。私のストーカーか。


「そのくせ、先生たちからは成績優秀で好感持たれてるもんだから、周りの反感ハンパない。いじめられるのもやむなしかー。てんけー的な孤立パターンのやつ」


「…………」


 無視だ、無視。机を選んで――いいや、もう。


 私は謎の先輩の横を抜けて、空き教室を出る。


「でもどうでもいいのが実際のところって感じ? 面倒くさいなって?」


「ああぁ……」


 変な声が出た。変な人に絡まれてしまった。どうして私ばっかりこんな目に。


 格式高いお嬢様学校――なら、こんなことに煩わされることもないだろうと思っていたのに。まあ、私に構ってるうちに授業ついてけなくなっても知らないよ、と冷ややかな目で対応していたら――この始末。はあ、どうしてこうなった。


「分かるわー、勉強するだけなら別に集団じゃなくてもいいだろってねー。効率化という怠慢だよねー。優秀な人間を平均化するための学校ってかー、みたいなー」


「あの、暇なんですか――」


 とは、言わなかった。私は廊下の角で全力ダッシュ――我ながら、突拍子もないことをしたものである――すれ違った先生に「廊下は走らないで」と注意されたが構わず逃げた。教室にたどり着く。そして愕然。まさか、先回りされているとは思わなかった。


「何なんですか……」


 息も絶え絶え、私はたずねる。


「暇だから」


 謎の先輩は答えた。息も切らしていなかった。


 ……マジか。暇なだけでなんの縁もゆかりもない後輩追い回す人間がこの世にいるのか。


「私、何かしましたか――」


 言いながら、答えは求めていない私だった。ある意味において聖域である教室に逃げ込む。上級生は入りにくいだろうが、生憎と誰もいないので機能しないのであった。ロッカーに置いていた鞄を手に取る。どうやら無事なようだ。私はそのまま、ついてくる先輩を無視して教室を出る――そのあいだもべらべら、べらべら、まるで知ったようなことを口にする先輩を無視して――学校を出て、帰路につく。


 ……いやマジでなんなん、この人。超コワい。背後霊かよ。


 ビビる私に構わず――周囲は和やか。ゆく先々で後ろの先輩は声をかけられていて、それに応えているためか、私にちょっかいをかけてくることはなかったが――


 なんと、そのまま家までついてきた。


 このまま押しかけてくるつもりか、警察呼ぶか――いよいよ私が真剣に現状を危惧し始めたころ、


「じゃ、また明日ね。バイバイ」


「…………」


 いともあっさり、その人は去っていった。


 私は呆然と、その後ろ姿を眺めていた。


 夕日に向かって歩いて行く――その足元の違和感に気付かないほど、呆然と。




 翌日、私は惰性なんとなくで登校する。


 昨日学校サボろうかなと思っていたことなんてすっかり忘れ――適当に学校に電話しておけば、共働きの両親に連絡がいくこともないだろうし、サボるくらい簡単に出来る。でも、一日サボればそれがずるずる続くような気がして――学校なんて、私にとってはその程度のもの。


 教室に着いて、愕然。なんと、机がない。来る途中には気付かなかったが、これはあれか、窓から投げ捨てられたのか――ここお嬢様学校だろ。なんだよ野蛮人いんなよ。


「あ、そっか」


 置いてきたのであった。


 くすくすひそひそ――楽しそうな声を背に、私は教室を後にする。


 例の空き教室にたどり着く。ひと気はまるでなかったが――足を踏み入れた途端、今日はもうサボろうかなと私は真剣に検討し始めた。


 いる――


 たくさんの机を前に、一つだけ置き去りにされた可哀想な机――その上に、スカートのまま膝を抱えて座る、謎の先輩の姿があった。


「おはよう。朝一番に私に会いに来てくれるなんて、超感激」


 とん、とん――と、先輩は椅子代わりにしている私の机の表面を指で叩く。気のせいか、近代アートが消えているように見えた。


「持ってく?」


 そうは言うくせに、まるで降りる気配のない先輩である。


 適当な机を運び出そうか――そのためには彼女に近づく必要があって、そうするくらいならいっそ、と――私は一大決心。今日はサボろう。


「あ、ちょっとー」


 ついてくる気配を感じたが、構わない。さすがに授業までサボったりはしないだろう――まるで昨日の放課後を繰り返しているかのようだった。


 朝は見かけなかった人たちに声をかけられている――まるで私が見えていないかのように、後ろの先輩にばかり。別に、気にはならないのだが――


「忘れものかな?」


「マジやめてください」


 とうとう、家まで戻ってきたついてきた


「警察呼びますよ」


「呼べるものなら」


 マジか。本格的に頭おかしいぞ、この人――私は逃げるように自宅に駆け込もうとした。鍵を取り出しドアを開くまでの過程がまるでホラー映画のそれだった。暑さのせいもあって手は汗まみれ。鍵を取り落としそうになりながら、なんとか――中に入り、勢いよくドアを閉める。


 鍵をかけて、ほっと一息――でもドア一枚挟んだその向こうに、いるのだ。

 最悪、庭に回って窓から入ってくる恐れもある。私はこれまでの人生で一度も経験したことのない悪寒を覚えながら、家の中に駆け込んだ。靴下のせいで廊下を滑りそうになりながら、庭に面する窓を閉め、カーテンを引いて――どきり。


「おじゃましてまーす」


 リビングに、その人はいた。


「ど、どうやって……」


 恐怖。ものが考えられない。そんな私に向けて、にこり――とても猟奇的に見えた――その人は、ソファに座り込もうとして、


 その体が、透過する。


「わたくし、幽霊これなもんで」




 ――そんなこんなで、私はとり憑かれてしまったのである。


 四六時中ついて回る赤の他人相手に無視を決め込む訳にもいかず――そうすれば自然と「誰もいないところに向かって話しかけている」ことになって、周囲の私に対する認識は「イヤなヤツ」から「ヤバいヤツ」へとグレードアップ。ちょっかいをかけてくることがなくなったといえば聞こえはいいが、その実いないもの扱いである。


 というか、それよりも――今にして思えば、登下校の際に、私でなく後ろの人物に声をかけてきた近所の人たち――あんなにも全身に震えが走ったのは、生まれて初めてだった。


 とはいえ、慣れれば意外となんてことはない――まあ、家から出てないから、よけいなものを目にすることもなくなったのだが。


「さすがにトイレまで入ってこないのはいいんですけどね、お風呂くらい一人にさせてもらえませんか」


「いいじゃん、私だって気分だけでも身を清めたい」


「成仏しろ」


 たまに顔を合わせる両親にまで怪訝な目で見られ、私はもう何もかも嫌になってしまって――そうして、自室に引きこもるようになったのであった。


 教室と違って冷房の効いた部屋のなか――スマホ片手にベッドでごろり。


 いやあ、気楽でいいものである。


「せんぱーい、コーラとってきてー」


「出来るか!」


「クーラーの中でも脱水症になるんですって。このままだと私、死んじゃうなー。ノド渇いたなー」


「いや私のことなんだと思ってるの? 幽霊ですよ?」


「使えねー。幽霊って何が出来るんですか? 生きてる意味ある?」


「死んでますー。でも何が出来るかといえば、たとえば――テストの時、完全犯罪カンニングが出来る。なんなら職員室から答案を覗くことも可」


「あー、私そういうことしなくても天才だからなー」


「出たよ、スペック自慢。あーあ、こういう考えが態度に出まくりだからいじめられるんだわなー」


「そっかー、いじめっていうのは周りが低能だから起こるんだなー、かわいそ」


 などと話していたら、室内がにわかに騒がしくなる――私の勉強机の上、ノートPCの画面に、教室の光景が映し出されているのだ。引きこもりの生徒のためのリモート授業。今ごろ、学校の私の机の上には花瓶代わりにカメラなりPCなりが置かれているのだろう。


 どうやら授業が終わったらしく、教室からノイズが入ってくる。こちらの音声は届かず、向こうからこちらの姿は見えないからか――好き勝手に、


『いいなー、今頃クーラーの効いた部屋にいるんだろうなぁ』


『いいご身分だよね、引きこもり、不登校のクセにさ。何様? っていう』


『真面目に登校してるあたしらが馬鹿みたいじゃん』


 ……むかつくわぁ……。知ってる? 君たちがそうやって苦労してるのは、君たちが馬鹿だからなんだよ? わたくし、特権階級ですの。おほほ。……はあ。


「先輩さー、こいつら黙らせてくれる? なんかこう、ポルターガイスト的なやつで」


「ようし、任せろ」


「え?」


 思わずベッドから身を起こす。机の上のPC、その画面内に映るクラスメイト達――人生に無駄しかないのか、ひとに向かってぐちぐち言っていた連中が、不意に、


『きゃっ、』


『何!? 地震!?』


 画面の向こうが大きく揺れた。


「……何したん?」


「ポルターガイスト」


「マジかー。すげえ、先輩見直した」


 えっへん、と胸を張る先輩の身体の向こうで――


『何、今の? ポルターガイスト的な?』


 おお、察しがいい。


『もしかしてあいつ、首とか吊ってたりして?』


『ウケる。……その辺にいるかも。おお怖っ』


 …………。


 きしょ、キモ――その後も続く豚の鳴き声が、不意に途切れた。ポルターガイストである。


「……私が本気で自殺してたら、どうすんだよ――責任とれんのか――」


 一泡吹かせた気がしたのに――ムカつくムカつくムカつく……!


 ばたばた、ばたばた。ベッドの上でバタ足するようにひとしきり運動してから、


「……だる……」


 私は死んだ魚になった。虚ろな目で天井を見上げている。


「……いっそ、本気でやったろうか」


「どーせ無駄だって」


 と、先輩。


「きっとあの子たち、自分たちも被害者みたいな面してさ、数年後には後輩ちゃんのことなんてきれいさっぱり忘れてるよ。自分たちは関係ないって、ご都合主義な記憶を抱えて卒業すんの。マジで、加害者意識とか皆無だから、ああいう連中」


「……世知辛い」


 まあ、あんな連中のために死ぬとか――アホらしいにもほどがある、か。


「どうせやるなら、証拠遺さなきゃ。こいつらのせいで自殺しました、っていう」


「あ、今の先輩、怨霊ぽかった」


「そう? いやん、恥ずかし」


「じゃあ……今みたいな映像とか録画しといて、職員室に提出――いやぁ、ネットに晒すか! 学校名とあいつらの名前乗っけてさ。名前知らんけど。とにかく徹底的に人生破壊しよう――」


 などと言ってみたものの――ネットに晒すって具体的にはどうすんの? SNSのアカウントからつくらないといけない感じ?


「……メンドくさ……」


 それに、自殺するって――考えるだけでも、結構な労力を使う。


「ネットに晒してもなぁ――なんか、私だけ怒られそうな感じするし」


 学校名とか晒すと、特に。


「まあ、そうやってやり返しても、結局連中は『なんで私が~』みたいな被害者面するだろうしねぇ」


「世知辛いわぁ……」


「馬鹿につける薬はないのよ」


「馬鹿は死んでも治らないらしいし」


「はい? 今何か言いました?」


「あーあ、みんな死ねばいいのになぁ――」


 ぼた、とベッドに倒れ込む。


 今すぐにでもこの世界、滅亡しないかなぁ――まあそんな宝くじ当たるみたいな妄想するより、自殺する方が効率的かぁ。……どうかなぁ。何度でも言うけど、すっごいハイカロリーな作業だよなぁ。


「こんなクソみたいな世界のために、なんでこの私が死ななくてはいけないのか」


「その鋼のメンタルがあれば世渡り楽勝そうだけど。心臓毛むくじゃらでしょ。しかも剛毛」


「JKに向かって何言ってんだこの悪霊め……。はあ――私以外のJKみんな死なないかなぁ」


「さっきからずっと同じことばかり言ってるけど――部屋の中にいるからじゃない? 外に出れば気分変わるかもよ?」


「異世界いきたい」


「非日常ならあるよ」


「どこに?」


「ここに」


「もう慣れたわ」


「じゃあ新しい刺激を求めて外に出てみるのはどう?」


「先輩また同じこと言ってるー。もしかしてボケた?」


「同じ部屋の中にずっといるから、そりゃ思考もぐるぐるするよね」


「回るのは経済だけでいいっての。あーあ、私の手の中で地球回らんかなぁ。ドリブルしてやんのに」


「じゃあ、こういうのはどう? さっきの連中の後をつけ回すの。こっそり写真撮って、いつも見てるぞって書き置きと一緒に、自宅の郵便受けにぶち込む。顔だけ黒く塗り潰したり、ハサミで切り裂いたり」


「言ってること、ヤバ……」


「裏の顔とか撮れたらラッキーで、家族とかにもそれがバレる訳よ。彼氏とかいたら儲けもの。こいつ学校ではいじめやってます、って送り付けようぜ」


「先輩ってストーカー気質あるよね。というか今、外クソ暑いじゃん。却下」


「じゃあ、夜! 家に行って、部屋の窓とかに石ぶつけんの」


「警察沙汰になるじゃん……」


「学校忍び込んでー」」


「だから、警察沙汰なるやつじゃん」


「上履きに画鋲マシマシ。彫刻刀で机ザクザク」


「古典かよ。ていうか、彫刻刀とかいつの時代? 私たぶん持ってないわ」


「じゃ、カッターで教科書の三枚おろし、落書きを添えて」


「というかさぁ、先輩のパターン、リアルすぎない? もっとないの、なんかヤバげな呪い。精神壊す系。せっかく幽霊なんだから」


「精神壊すのは過剰防衛じゃない? そんな過激思想だっけ」


「幽霊にとり憑かれて人格変わっちゃったんですー。責任とってくださーい」


「夜に一人でトイレ行けなくなる系でどう?」


「人前で失禁させたい。公衆の面前でおもらししてるところを写真に撮られてモザイクつきでネットに晒されるところまでストレートで。かおだけじゃなく全身被害者にしてやろうぜ」


「ヤバい趣味してるね、後輩ちゃん……」


「それくらい大恥かかせなきゃ、すっきりしない」


 まあ、別に……どうでもいいのだが。言ってるだけだ。気にしないで。


「でもさぁ? 幽霊が何かして怖がらせても、向こうは後輩ちゃんをいじめたことが原因だって気付かなくない? 反省もしないし、むしろどうして自分がこんな目にーって、より激しく誰かいじめそう」


「だから、そういう気が起きないくらいに、ぶちのめすんじゃん――いいよ、私は連中がビビってるとこ見れたら、それで。反省されて急に手のひら返されても、気持ち悪いし。この世から悪が一つ消える、それがもう公共の利益。……そういう意味では連中も頭いいよね。自分が死ぬだけでみんなから感謝されるんだもん」


「……殺したいの?」


「それくらい追いつめたいってことですー」


 死んでほしいとは思わない――もし、死んでしまって、私の前に化けて出てこられでもしたら――


「ねえ、先輩。なんか面白い呪いとかないん? 殺さない、自殺させない程度にビビらせられるやつ」


「そう言われましてもねぇ――ホラー映画でも見て、新しい着想を得るのはどうでしょう?」


 にやり、と。いいこと思いついたといった顔。


「という訳で、ビデオ屋さんに行こうぜ!」


「……びでおやさん?」


「わっ、ジェネレーションにギャップを感じた!」


「今どき、映画ならパソコンで見られますが? なんならネットの方がマイナーなやつ観れたりするし。……何かレンタルする?」


 机からPCを持ってきて、床のテーブルに置く。先輩が横から覗き込んでくる。


「学校の怪談系ホラー観たい」


「学校の怪談の化身みたいなキャラしてるくせに……。海外のグロいやつありますよ」


「グロはちょっと……。真似するこっちのことも考えて?」


 良い子は真似しないでください、とかホラー映画にも注釈つけるべき時代がついに来たようだ。


 ともあれ、そんなこんなでその日、私と先輩は映画を観て時間を潰した。


 幽霊ほんもののくせに、幽霊つくりものにビビる先輩は爆笑ものだった。




 ――翌日もまた、私と先輩は映画を観ていた。


 面白いけど、面白すぎてトイレいけなくなりそう。


「おー、怖っ。こりゃ学校行けないわー」


「学校で起きる怪談の謎を解決する活動、とかどう? ゴーストバスターズ的な」


「じゃあまずは先輩が成仏してもろて」


「世の中には成仏できずに困ってる幽霊がたくさんいるかも……という訳で、外に出て成仏行脚と行こうぜ後輩ちゃん!」


「うっざ……。――なんでそこまでさ、外に出させようとすんの?」


 ――自分も、いじめられて死んだクチしてさ。


 ……知らんけど。


 思いはしても、さすがに口にはしなかった。


「聞いておくれよ後輩ちゃん――私はねぇ――」


 自分語りだ。よくあるやつ。まあどうせやることもないし、聞いてやってもいい。


「後輩ちゃんに会うまで、学校と自宅の行ったり来たり――活動範囲が狭かったんだよねぇ。でも後輩ちゃんに憑いてからというもの、こうして自宅にまで入れちゃった訳よ。だからせっかくだし、もっと他にも行きたいなぁ……と思うわけ」


「ふうん……」


 まあ、そういうことなら――


「後生だから……! ……幽霊だけに」


「いや、意味わからん」


「それにさぁ、学校に行かないと――なんていうか、学生幽霊としての沽券に関わるっていうか? 定期的に学校でガソリン入れなきゃ消えちゃいそう、ていうか?」


「アバウトだなぁ――」


 結局そうやって、私を登校させようとするんだから……。


「というかさ、先輩――その理屈だと、私がこのまま引きこもり続けてたら、おのずと先輩も成仏するってこと? 持久戦?」


「そういうことに……なるかもしれないし、ならないかもしれない――」


「よし、そうと決まれば籠城だ!」


「悪霊に成っちゃうかもよ私! 理性なくしてさぁ!」


「試してみなきゃ分からないでしょ? 実験だよ、実験。幽霊研究の第一人者になれるよ私。将来も安定だね」


「強情だなぁ――いいの? このまま部屋で腐ってたら、私みたいになるよ?」


「いいですよー? 別に。幽霊とかお気楽そうだし」


「言ったなこの野郎」


「――先輩とずっと一緒にいられるし」


「あうっ」


「え? 何? 照れた? ウケる」


「この野郎――乙女の純情を弄びやがって――とり憑くぞ!」


「もうとり憑いてんじゃん――お?」


 そうだ、イイコト考えた。


「先輩が私にとり憑けばいいんじゃない? あったじゃん、ほら、映画にも」


「えー? めちゃくちゃしちゃうけど、いいのー?」


「何するつもり」


「男つくってえっちなことする。もうヤりまくり」


「うわ、欲望丸出し。先輩やらしー」


「コスプレして自撮りする」


「それは嫌だ……」


「なぜそこだけ反応する。似合うと思うよー? 露出度高めなやつ」


「嫌だわ。ただえさえ最近運動してなくてあれなのに……――じゃあ外に出て運動しようぜ、的なやつナシだから。運動するだけなら室内でも出来る時代です。やらんけど。するなら先輩が私にとり憑いてから勝手にどうぞ」


「気が付いた時には全身筋肉痛でも?」


「うわあ……それも嫌だ……」


「もう、我がままー。じゃあ何ならオーケーなの」


「普通のことならなんでもいいですが?」


 ちょっと迷ってから、


「……先輩がそんなに学校行きたいなら、そうすればいいし。私より上手くやれるんじゃない? ほら、他人の身体つかってるんだからさ、匿名アカウントみたいなノリで」


「匿名でも、攻撃されたらされたでやっぱりダメージあると思うんだけどなぁ」


「やられる前に、やる」


「やり逃げかぁ」


「語弊がありそう」


 つぶやいて、笑って――私はベッドの上に仰向けに、ごろんと寝転がる。まな板の上の鯉になった気分。


「実際さ、先輩が外に出たいなら、ほんとに……別に私の身体つかっても、全然いいけど。とり憑かれるってどういう気分なのか知らんけど――何も考えなくていいなら、それはそれで」


 死ぬよりはきっと、労力も少なくて済む。


 ……人生を後悔して、未練を抱いて、それで成仏できずにこの世に留まっているというのなら――私の身体を使えばいい。他人さまの役に立つなら、自殺するよりよっぽど有意義だ。私のこの天才的な頭だって、私以外に使われた方がよっぽど世のため人のためになる。


「マジで言ってる?」


「うん、大マジ。……先輩になら、何されてもいい」


「ふうん、私のこと大好きじゃん」


「意外とそうかも」


「マジなリアクションしないでよ、もう」


「なに照れてんの。……それより、とり憑くってどうすんの? 目でもつぶってればいい?」


「そーだねー、あなたはだんだん眠くなーる、的な?」


「何それ、催眠術じゃん」


 ともあれ、私は目を閉じることにした。


 ……思えば、先輩の死因とかそういうの、ちゃんと聞いてないな。


「ではー……私の霊気を感じてくださーい」


「クーラーの冷気は感じてる」


 まぶた越しに部屋の明かりが入り込む――そんな薄闇のなか、私はなぜか目の前に先輩の気配を感じている――


「想像して――今、後輩ちゃんのお腹に手を当てています……」


「いや、何してんねん」


 しかし、言われてみると――なんとなく、そんな感じもしてくる。お腹の上が温かいというか、冷たいというか――重い、というか。


「私の指が、だんだんと上へ、上へ……胸のあいだを通って……ちょっと寄り道して……」


「やっぱ先輩、いやらしいわ……」


「びくびくしちゃって、どうしたの? もしかして……私の存在、感じてる?」


「うるさいな――はよ、とり憑けよもう……」


「過程が大事なんだよ、たぶん」


「今たぶんって言った」


「私との感覚をチューニングしてるんですー。後輩ちゃんが気持ちよーくなって、リラーックスしたところで、すぅー……っと、中に入っていく――そんなイメージ」


「先輩……もしかして、手慣れてる? 前にも誰かにとり憑いたことある、とか?」


「何ー? どうしたのー? やきもちのオーラを感じまーす」


「うっさいわ……」


「まあ、伊達に長くは生きてませんからねぇ」


「死んでんじゃん」


「気分の問題よ」


「……で、実際どうなの」


「気になるー?」


「……もういい。早くとり憑いて元カレのとこにでも行けば!」


「あらあらまあまあ、可愛い後輩ちゃんですこと」


「何が……」


「大丈夫。私も後輩ちゃんのこと、意外と好きよ」


「~~~っ」


 歯軋りする。目を開けられなかった。


 ……初めてだったのだ。こんなにも、私のプライベートにずかずか入ってくる他人は。だからか、気兼ねなく素直に、気楽にありのままに、接することが出来る。


 こうやって他人と、意味のないお喋りをすることが――こんなにも楽しいと、思ったのは初めてだった。


 生きていても、楽しいことなんて何もない。

 それならいっそ、死んでしまえば――先輩と一緒になれるだろうか。


 そのためなら、ちょっとした努力をするくらい、やぶさかではない。


「……先輩だけいれば」


 他のみんなは、いらない――と、私はそう思うのだけど。


 先輩は、そうじゃないのか。だから――学校に行きたいと、行こうと、私を誘うのか。


 もしかして――いじめられて自殺したのだろうと、勝手に決めつけていたけれど。


 そうじゃないのかもな、と。なんとなく、思った。




 ――どれだけ、目をつぶっていたのだろうか。


 あるいは少し、うたた寝でもしてしまったのか。


 気が付くと――


「……先輩?」


 あんなにも騒がしかった先輩の姿が、部屋のなかのどこにもなかった。


「…………」


 漠然とした不安。でも――


「くそ……」


 押してダメなら、なんとやら――というやつだろうか。


 あぁもう、ほんと……ダルいけど。


「……学校、行くか……」


 私は重い腰を上げた。


 ……そうだ、せっかくだし道すがら、画鋲でも買っていこう。カッターナイフもあれば、なお良し。


 文房具、買うだけですよ?



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