第3話 伝説の復活

「はっぴぃ~ちゃん☆彡の実況、見てくれた?」


翌朝FLACKをつなぐと、さっそくまなつからのチャットが飛んできた。

「見たよ」

「どうだった?」

「どうだったといわれても…」

「え、あの面白さがわからないの…」

 言葉を濁す私に「そんなバカな」と言わんばかりに絶句するまなつ。

 動画の面白さを理解する前に、はっぴぃのあざとさを感じてしまった私は、「う~ん」とあいまいなうなり声をあげるしかなかった。

「まなつは、はっぴぃの何が面白いと思って見てるの?」

 なので、逆に聞いてみた。

「かわいさ?」

 脳内で首を傾げるまなつの顔が余裕で再生できた。

「あー…ゲーム配信自体には興味ない感じ?」

「う~ん、昨日遊んでたはるぱーってゲーム、うちらが生まれる前のゲームでしょ。はっきりいって、なにが面白いのか全然わからなかったZE☆」

 あっはっはと、あっけらかんとわらうまなつ。

 ハルパーの面白さがわからないなんて言語道断だが、なによりゲームがわからないのに見てて面白い、という感覚が理解できない。

「でもさ、はっぴぃ~ちゃんて、はるぱーみたいなレトロゲームをよく遊んでるんだよNE~」

「30年前のゲームじゃん」

「うん。だからファンの間では、はっぴぃ~ちゃんって実は40代のおじさんじゃないのかなっ、って言われてるんだYO」

「???」

 あのはっぴぃが40歳のおっさん??

 うそでしょ。あんなとして、どこかロリっぽいしぐさとしゃべり方をする、あのはっぴぃが?

「だから、中身は40過ぎたオジだって話」

 まなつがチャットを返さない私にとどめを刺しにきた。

「Vtuberはさ、年齢も性別も超えることができるんだよ」

 まなつは突然、形而上学的なことを言い出した。

「今はアバターで姿を変えられるし、声だってボイチェンで変えられる。男が女になることだって、人間がトンボになることだってできるんだよ」

 いや、トンボになりたい人はいないだろう。

「ふうん…でも、それって映像の中だけの話だよね?」

「映像の中だけ変わることで十分じゃん。あの人たちはUTubeの中だけで活動してるんだから。リアルがどうかなんて関係ないんだよ。私らファンにとってはね」

 わかったような、わからないような話をして、まなつとのボイスチャットは今日の仕事の内容に移っていった。。



 その日の夜。昔の友達からBIG-VIBERビッグ-ヴァイバー通話がきた。

 BIG-VIBER、略してBVは日本ドメスティックなネットモール、洛天らくてんが満を持してリリースしたメッセンジャーアプリだが、圧倒的シェアを誇るLINEの影に隠れまくって利用者を探すのが難しいレベルの代物だ。

 おかげでアイコンが認知されてないゆえに不倫で使うにはもってこいと言われている始末。

 私がこのアプリを使っている理由は、これがあればLINEのIDを聞かれた時に「LINEはやってない」と堂々と答えられるからだ。事実LINEやってないし。


 とはいえ、私のIDを知っているのはこの世に三人しかいない。母親と歳の離れた兄、そして彼女だった(父は洛天嫌いなのである)。

「来春、久しぶり。聞いたよ~。仕事に復帰したんだって」

 彼女は挨拶もそこそこに明るい声で聞いてきた。

 どうせ、兄から聞いたのだろう。そのわりに一ヶ月遅れのトピックだ。情報が遅い!

「まあね。映像制作の部門の仕事やってるよ。といっても、映像見てメタデータ書いてるだけの簡単なお仕事なんだけどさ」

 隠すような話でもないし、信用できる子なので普通に答えた。

 彼女は八田亜希子やつだあきこ。ゲーム会社時代の同僚だ。

「そっかぁ。でも、ようやく社会に関わる気になれたんだね。それだけでもお姉さんうれしいよ」

 ちなみにお姉さんと言ってるが私よりも2歳年下。ニンテンドー64の発売日と同じ1996年6月23日生まれ。なぜか兄と付き合っている。兄はセガマークⅢの発売日と同じ1985年10月20日生まれ。11歳のカップルだ。すごい。

 ちなみに兄がスーパーファミコン版ハルパーⅢを5歳の誕生日に買ってもらったそうだ。その理由は「パッケージの戦闘機がカッコよかったから」だったそう。当時プラモにハマってたた兄らしい動機と言えよう。

 だけどゲームは難しすぎて遊べず、泣いて父に遊んでもらったが、父もシューティングがヘタだったのでクリアできず。

 我が家のハルパーⅢの全面クリアは、この来春ちゃんが小学2年生になった時に果たされることになるのだ(ドヤァ!)。


 余談が過ぎてしまった。

 横道に逸れてしまうのは、私の悪い癖だ。


 横道ついで亜希子についても語っておこう。

 彼女は別の会社からヘッドハンティングを受け、より規模の大きなゲーム開発会社で働いている。女性でありながらプロデューサーという立場でゲーム制作を指揮している。

 彼女は私より入社が遅かったが、その恐るべきソリューション能力で数々の炎上案件をまとめ上げて社内の信頼を勝ち得て立場を盤石なものとし、今もキャリアウーマン街道を驀進している。

 そう聞くと冷徹な能面女を想像しそうだが、顔つきは柔和で情に厚く、私の病気が発症した時は家族以上に泣いてくれた。

 そういう気質が、彼女のリーダーシップを支えているのは容易に想像できる。

 そんなハイスペで高身長な彼女が、なんで中小の食品会社で働いてる地味な兄と付き合っているかは私の中でのこの世の最大級の不思議。

「結婚するけど仕事は続けたいので子供はまだ先」

 とか言ってたので、いずれ義姉になるのだろう。だから彼女は、年下なのに自分を「お姉さん」と言ってるのだ。生意気な話だ。早く結婚しろ。


「そんな元気になった来春ちゃんに、ちょっとお願いがあるんだ」

「なに?」

「これ、うちで作ったハルパーの新作なんだけど、評価してくれない?」

「ハルパーの新作?」

「そうそう。実は秘密裏にうちが請け負って作ってたんだよね」

 極秘情報すぎる。

 伝説のシューティングシリーズ、ハルパーの新作を望む声は、最終作のV、もしくはリバースと呼ばれる外伝的作品が出て以来、10年近くたつ今も絶えない。

 その新作を制作しているとあれば、株価にも影響が出る…かもしれない。

「株、買わないでよね?」

「買うわけないでしょ。話し戻して」

 冗談に乗らない私に「えー」と亜希子が不満を漏らす。

「切るよ」

「待って待って。ちゃんと話するから」

 亜希子はわざとらしく咳払いする。

「最近Vtuberのレトロゲーム配信が人気でね。リメイクとかリバイバルのブームがきてるんだよね。あ、来春はVtuberって知ってる?」

「ちょっとだけ見たことあるよ」

「へえ。珍しく最先端追ってるじゃん」

 昨日初めて見たことは黙っていよう。言えばバカにされてしまう。

「でもさ、うちの社長、レトロゲームの新作請負なんて簡単だろうって安請け合いしちゃってさ。当然、シューティングの製作ノウハウなんてないから、外部からエキスパートを入れて作ることにしようって話でまとまったんだよね」

「ふうん」

「来春、シューティング得意だったじゃん。ちょっと見てもらって感想を聞きたいんだ」

「そういう話ならいいけど、昔みたいな腕は期待しないでよ」

 ハルパーの新作なら、遊んでみたい気がする。スコアアタックやワンコインクリアができるかはさておき、ただ遊ぶだけなら無理な話じゃない。

 昨晩見たはっぴぃの実況アーカイブの影響もあるのだろう。私はちょっとだけ、ゲームに対して前向きな気持ちになっていた。

 だけど。

「あ、来春は遊ばなくていいんだ。んだ」

 そんな私の心中なんて知らない亜希子は、とてもとても残念なことをいいだした。

「どういうこと?」

 軽い落胆とともに尋ねてみると

「こっちでハルパーの達人を招聘した。そののプレイを見て、来春なりの問題点とか感想を聞かせてほしいんだ。もちろん報酬は出すよ」

 という話だった。

「そんなことでいいなら」

 なんとなく憮然としたが、通話で伝わるわけがない。

 亜希子は私が承諾したことに喜びながら、

「FLACKで私と彼と来春の部屋を作るから、明日の夜に集合ってことで」

 と、一方的に言って通話を切った。


 これって副業になるんだろうか?

 まあいいか。どうせ契約社員だし。

 たぶん、昨日はっぴぃのハルパー実況を見たせいもあるだろう。私の中のゲーマーな部分がうずいて仕方なかった。


 明日が楽しみだな。


(つづく)

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私は仮想(バーチャル)の身体(アバター)を持ちて 細茅ゆき @crabVarna

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