第2話 未理解領域

 業務が終わった後、まなつに押しつけられたURLを開いてみた。

 見慣れたUTubeの画面インターフェイスに映し出されたのは、ピクセルなゲーム画面と、ポリゴンで作られた女性のモデルであった。


 動画は過去のライブ配信のもので、以下のようなタイトルだった。


「はっぴぃレトロタイム☆ 初見♪ 名作”ハルパー"に挑んじゃうよ★彡」


 ハルパー。もちろん存在は知っている。後のシューティングゲームに多大な影響を与えた金字塔だ。私が作ったゲームも、このゲームの本歌取りをしている。

 ハルパーはアーケードゲームとしてリリースされ、その斬新な世界観と各ステージの確固たるテーマ性が話題となった。そのキャッチコピーは「銀河ギャラクシーがまるごとやってくる」。

 その後多くの家庭用機に移植され、特にファミコン版は移植アレンジの妙もあって大人気ゲームとなったらしい。


 らしい、と、伝聞の話になってしまうのは、ハルパーのファミコン版は私が生まれる前に発売されたものだから。

 アーケード版はゲーム開発の参考として、会社に基板があったので遊んだことがある。しかしファミコン版をはじめとした家庭用ゲーム機版は一切遊んだことがなかった。

 そもそもファミコンなんてほとんど遊んだこともない。会社にもコントロールボックスや次世代機以降のハードはあっても16ビット時代以前のものなんてなかった。

 私が生まれた時は次世代機と呼ばれたハードが発売された時代だ。なんなら私の誕生日はセガサターンと同じ1994/11/22だったりする。

 ぎりぎりスーパーファミコンがあったくらい。スーパーファミコンは兄のものがあったので、少しは遊んだことがあった。ハルパーⅢとか。


 ちなみに、ゲーム会社の社員がゲームにとてもとても詳しいと思ったら、それはあなたの妄想です(断言)


 例えば私の知り合いにRPG制作会社としては最大手の某社のプランナーがいるが、彼女はコンピューターRPGの始祖たるソーサリーすら知らない(私も名前しか知らない。なにしろRPGはプレイしないから)。

 むしろ趣味でゲーム収集しているマニアの方が、ゲーム会社の人間より詳しい事なんてザラではないだろうか。


 少なくとも私がシューティングにハマった時には、世のシューティングは弾幕型がメインになっており、ハルパーのような複雑な地形をかわしたり、自機を狙った高速弾がひたすら撃ち込まれる「古典的作品」は姿を消していた。

 とどめを刺したのは、弾幕系同人ゲームの「BGM」と「キャラ」が爆発的人気を博したことだ。

 このシリーズの流行でシューティングを遊ばない人にも「弾幕」の概念が定着したため、それまでわずかに残っていた自機狙い高速弾の文化もきれいに消え去ってしまった。


 弾幕にあらずんばシューティングにあらず。

 シューティング知らない人すら、そんな事をそらんじるのが今の世だ。


 当然だが、私が作るゲームも弾幕系だった。それ以外のシューティングゲームの制作は、そもそも認められなかった。


 まあ、シューティングの歴史については、このあたりにしておこう。

 横道に逸れてしまうのは、私の悪い癖だ。



 気を取り直し、画面をクリックして動画を再生。


「はぁい! 雲母きららはっぴぃです! みんな!はぴはぴしてるぅ~☆」


 1ミリ秒で再度画面をクリックした。

 私の脳はその声とセリフを本能的に拒絶。脊髄反射でマウスの左ボタンを押していた。


 再生を止めた後、両方のこめかみをグリグリした。


 な・ん・だ・こ・れ・は???????


 アニメに出てくるティーンエイジャーのようなとした、しかしどこかノイジーな女子の声がモニターのスピーカーから放たれた。


 確かにこのポリゴン、萌え系のデザインをしている。


 尻のあたりまで伸びたピンクの超ロングヘアにはバラがあしらわれたヘッドドレス。

 アリス(チャンピオンではない方)のようなフリフリのエプロンに青のチェックのワンピース。


「髪、重そうだなぁ」


 と、うっかり口から出してしまった。ホント、どうでもいい感想だ。


 落ち着くためにキッチンからポテチとコーラを持ってくる。コーラはもちろん、ダイエットだ。

 ポテチ袋を食べやすいようにパーティ開けにする。私の腕力ではポテチ袋を開けるのも難易度高めなので、素直にはさみで切った。


 兵糧の準備はできた。私は一度大きく深呼吸。満を持して再生を再開した。


「はっぴぃ、きょうはふぁみこんばんのはるぱーをあそんじゃうよ! すっごいむずかしいしゅーてぃんぐげーむっぽいので、おにいちゃんたち、たくさんたくさんおうえんしてね! はっぴぃ、がんばりま~す☆」


 ちょっと甘えた言い方でリスナーを温めつつ、長い髪を波打たせ右手の上げて大きく手を振る萌えロリポリゴン女子。  

 

 この世の幸せは全部私のものよ、といわんばかりの笑顔を見せ、それと同時にコメント欄にスーパーチャットがバーッと並んでいく。

 100円~500円程度の少額だが、色とりどりのスーパーチャットコメントが並びまくると圧巻だ。


 チャンネル登録者数は1万人ちょい。個人の配信者としては多い方なのだろうか? 他のチャンネルを見た事ないので分からないが、これだけひゅんひゅんおひねりが飛ぶのだから、きっと人気に違いない。


 ゲームすら始まってないし、なんならポリゴンが最初の挨拶しただけでこれだ。ゲームがはじまったら、どれだけお金が投げ込まれるのだろうか。


 いろいろ理解が追いつかないが、まなつの顔を立てて見続ける。


「じゃあ、はじめますね。ぴろ~ん☆」


 ぴろ~んは、インカム音のつもりだった。

 瞬間、コメント欄にならぶ「かわいい」の四文字。はいはい、そうですか。


 ポリゴンガールはコントローラーを握っており、実際にゲームをしているように身体を左右に動いていた。まるで、弾を避けているかのように。


 つまりこのポリゴンは、リアルタイムで配信者の動きをトラッキングして動いているということか。


 ふっ、すごい時代になったもんだぜ…。

 

 こんなことが個人でできる時代になったんだ。

 仕事で何度かモーションキャプチャーに携わったことがあったし、なんなら私自身もあまり言いたくない役柄でアクターをされたこともある。

 その時はスタジオで特殊なスーツを着てキャプチャーしていたが、今は簡単なトラッキングなら自宅でもできてしまうらしい。


 私が社会との関わりを絶ってから、世の中は大きく変わっていたということか。

 そう、まるで私という存在なんて、なかったかのように…。



 それにしても、このはっぴぃという配信者、ともかくゲームが下手だった。


 どうしようもない弾に被弾するし、自分から弾に当たりにいっていることもしばしば。


「てへっ☆ またやられちゃった♪」


 しかしミスを恥じることなく、あざといカンジで舌をだす。


 なん…だと…! このポリゴン、舌が出せるのか!


 …などと驚いている場合ではなかった。

 というか、もう驚き慣れていた。


「三面に来るまでに何回ミスしてるの! モアイも呆れてるわ!!!」


 思わず突っ込んでしまった。


 はっきり言ってこの人、シューティングの才能がないんじゃない???


 アーケード版よりも簡単になっているファミコン版にここまで苦戦するなんて。これでよく実況タイトルにハルパーを選んだものだ。


 しかもハルパーはエミュレーターで動かしているらしく、ステートセーブ(いわゆる途中セーブのこと)を繰り返し、ミスするたびに「てへっ☆」と言ってはセーブポイントからやりなおしている。


 私はステートセーブはズルっぽいと思い、ほとんど使ったことはない。

 仕事でスーパーファミコン時代の「名作」のリメイクを担当した際のこと。

 会社には先述の通りスーパーファミコンはなかったので、旧作を遊ぶにはPCのエミュレーターに頼るしかなかった。

 しかしステートセーブや速度変更は一切使わなかった。あくまで実機に近いプレイ感にこだわった。

 でないと、ゲームのバランスが理解できないからだ。何を求めてこの味付け、この難易度にしたのか分からなければ、シリーズに受け継がれる人気の素が分からないし、コアなファンが求めている味が損なわれてしまう。

 おかげで効率が悪いとディレクターには小言を言われた事もあったけど、私のリメイクや滅びたシリーズの復活作はどれも好評だった…と思う。


 しかしこのはっぴぃは、何の躊躇もなく、ステートセーブを使いまくる。


 本当に下手くそでどうしようもないんだけど、だけどそれがはっぴぃのチャームポイントになっているようで、「てへっ☆」のたびにリスナーが熱心な応援コメントを入れたり、俺の気持ちを金額で表すぜ!的な投げ銭スーパーチャットがバンバン飛びまくる。


 つまり彼女は、下手なら下手なほどチャリンチャリンと小銭が入ってくる環境を作り上げていたのだ。


 もはや理解不能。スーパーチャットって大道芸人のおひねりみたいなもので、スーパープレイに対して投げるものだと聞いていたんだけど、ここではそうではないらしい。



 あまりにも下手すぎてイライラしてしまい、なんどもブラウザバックしようと思ったが、あの会社で数少ない友達まなつのために、我慢しつつ見続けた。

 まなつには新人の頃にめちゃくちゃフォローしてもらったし、これでも私は義理堅いのだ。たぶん。


 そんなわけで、頬杖つきつつはっぴぃのハルパー実況を見ていたわけだけど、あるシーンで私は決定的な違和感に気づいてしまった。


 その前から、うすうすおかしいと感じていたのだ。それが4面の逆火山面でミスした時、確信に変わった。


 はっぴぃは自分から弾に当たりにいっている場面が多々あった。

 これはシューティング初心者に見られがちな現象だ。

 なのではっぴぃも同じかと思っていたのだが、そういう時には、使


 ひどい、違和感を感じた。


 ハルパーはいわゆる戻り復活のゲームなのだが、そのようなミスをしたエリアの復活地点は、敵の攻撃が緩かったり、最高パワーアップまでの回復が早いところを選んでいた。


 最初は偶然かと思ったが、動画をシークしてみたら、自分から当たった時は間違いなくこのシチュエーションに当てはまっていた。


 現に、クソ難しいことで知られるハルパー4面の復活パターンを見事に披露してみせた。


「わぁ☆ はっぴぃ、なんとかきりぬけられちゃいました☆★☆ おにいちゃんのおうえんのおかげだね★彡」


 リスナーの中には復活パターンを知っている人も多かったみたいだけど、ヘボヘボプレイでここまでやってきたはっぴぃが超ウルトラCを決めるという予想外の展開に、リスナーはめちゃくちゃ盛り上がった。

 ついに高額スーパーチャットも投げ込まれるようになり、配信の熱は爆発的に盛り上がった。


 だけど、私は極めて冷静だった。

 だって、はっぴぃのファンじゃないんだもん。


 あの復活パターンは、たまたま成功するようなものじゃない。

 もしかしたらファミコン版ではそうなのかもしれないけど、私だってアーケード版で習得するにはそれなりの修行をしたものだ。


 それを難なくこなす。あの下手くそなはっぴぃが、だ。


 疑惑はついに正解にたどりつく。

 1時間の配信で、何度も何度もステートセーブを繰り返しながら、はっぴぃは1コインクリアを成し遂げてしまった。


 ステートセーブを使えばクリアできて当たり前では? と思われるかもしれないが、ステートセーブは難所手前でセーブしたとしても、ミスしたらセーブポイントまで戻される。

 1フレームごとにセーブしてたらもしかしてクリアできるかもしれないが、避けられない弾がきた状態でセーブしたらそれこそ目も当てられない。


 何が言いたいかといえば、その難所を越える腕がなければ、何度繰り返しても抜けられないということだ。

 しかもハルパーは戻り復活。残機を犠牲にして突破することは不可能だ。


 つまりはっぴぃは、ハルパーを完全に熟知しながらも、恥ずかしげもなく初見などと言い放ち、小銭稼ぎのためにわざと下手なフリをし、そして一番魅せられる戻り復活で大量のスーパーチャットをもぎ取ったのだ!


 雲母きららはっぴぃ、おそろしい子!


 そうとも知らずにリスナ-は、純粋な気持ちで彼女を応援し続ける。

 彼らは、はっぴぃのあざとさにまったく気がつかない。

 まるで、はっぴぃという魔女に魔法をかけられ、楽しい夢を魅せられてでもいるかのように。


「きょうははるぱーをくりあできてうれしかったです☆ はっぴぃ、ちょっとしゅーてぃんぐにじしんがもてたかも! おにいちゃんたち、おうえんありがとう! まだちゃんねるとうろくしてないひとは、とうろくおねがいします。こうひょうかもよろしくね~」


 コメントにならぶ「おつかれ~」の言葉とともに、このアーカイブは幕を閉じた。


 これが今のゲーム配信!

 これがVTuberなのか!


 唖然とした気持ちのまま、私は机の上にひろげられたポテチ袋から、一枚つまんで口に放り込んだ。


(つづく)

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私は仮想(バーチャル)の身体(アバター)を持ちて 細茅ゆき @crabVarna

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