第6話【5】
「ごきげんよう、ソシエール嬢」
普段とは違う言葉遣いで話しかけてきたソシエールは、貴族としての彼女を周囲に見せるようにとびきりのお洒落をしていた。
セミロングの髪には幾つも編み込みが施されており、可愛らしい彼女の容姿に華やかさを与えている。
薄桃色のドレスは膝上丈で、引き締まったふくらはぎが輝かしい。
唇には薄く紅を差しているのか、その表情は普段よりも大人っぽく見えた。
剣術大会となれば剣に馴染み深い彼女が居るかもしれないとは思っていたが、まさか本当に来ていたとは。
ソシエール家当主──彼女の親とは挨拶を交わしていないので、こうして声を掛けてきたのはあくまで個人的な付き合いで、ということなのだろう。
しかし彼女の口調は普段のソレとはまったく異なるし、こちらもいつも通りの対応はしない方が良さそうだ。
「こんばんは、ソシエール様。今宵のあなたは新緑の中咲き誇る梅の花のようだ」
「……! フフ、あなたに褒められるのは、なんだかこそばゆいですね」
とりあえず失敗はしなかったらしい。
一瞬きょとんとした顔をされた時はどうしようかと思った。
婉曲で褒めるのがこの国では
やはり人との会話は未だ苦手だ。
ソシエールは持っていたグラスの残りをくいっと飲み干すと、周囲を一瞬見渡してから小声で囁く。
貴族然とした姿から一転、普段の学園で見かける彼女の雰囲気にどこか安心感を覚えてしまった。
苦笑と共に紡がれる声は、いつ聞いても耳触りが好いモノだ。
「すごい唐突だってわかってるけど、君たちに頼みたいことがあるんだ」
「ふむ? 君たち、と言うからには、わたしではなくシグマさんに頼み……という解釈で間違いないでしょうか?」
「あはは〜……こんな些細な言葉遊びにも気づかれちゃうんだねぇ。うん、シグマくんに折り入って相談があるんだ」
……俺? ソシエールが?
もしやストレスが溜まってるから軽く手合わせを……みたいなモノだろうか?
少なくとも当主がここに来たわけではないこと、手紙などで先触れの交渉が無いことを考えると、彼女個人からの頼み事だ。
俺にできることなど高が知れているとも思うが、他ならぬソシエールの頼み。
できる限り聞いてやりたいと思うのが、友人としての感情だ。
それにこうしてアリスの前で言っているのだから、彼女の不利益になるようなことでもないだろうしな。
「いい?」
「内容次第、としか。最終的な判断はあなたにお任せします」
「……聞かせてくれるか?」
「うん。えっと……そのね?」
──剣術大会に出る気はあるかな?
「………。いや、無いな」
「そっ──かぁ。うん、そっか」
「剣術大会に出てくれ、って頼みなのか?」
「まあ、端的に言えば……。でもすこーしだけこっちの事情があってね」
「……聞かせて頂けますか、ソシエール嬢」
「うーん……王女様たちなら、いいかな? いやでも口止めされてるし……でも、頼んでる以上ヒミツはダメ、だよね」
ソシエールは深呼吸の後、俺たちを見る。
その瞳に宿る覚悟は今までの学生としてのソレや、貴族としてのソレとも違うように見受けられる。
誇りと情熱、彼女の剣に懸ける思いと同等以上の感情がこちらまで伝わってきた。
アリス、アクシアと顔を見合わせる。
こんな状態の彼女を見るのは初めてだ。
序列戦の時も、土属性ダンジョンのフロアボスと戦う時だって、ここまで感情を揺さぶられるほどの感情の奔流は無かった。
今から何を言われるのか──ソレが楽しみであると同時に、少し怖い。
「この度、
「……そうですか。いえ、予想はできていたことです。まずはわたしから、この言葉を贈らせてください──おめでとうございます」
「あ、ああ……おめでとう、ソシエール」
「おめでとうございます、ソシエール様」
「フフ、ありがと。でもね、剣聖になるに当たって問題がひとつあったんだ。剣聖が主となって開催する剣術大会、そこでは各剣聖が己の知る中で最強の剣士を推薦して、大会で戦わせる伝統がある」
……最強の剣士、ね。
随分と光栄なことだが、少し困る。
「ソレが俺だ、ってことか?」
「うん。本当は私が剣聖だって気取られないために参加しないよう言われてたけど、お父さんに無理を言ってここに来た。それは君と接触する機会を作るためだったんだ」
「そんなに無理をする必要があるのですか? 確かに伝統とは大切なもの。しかし当人が望まない場合もあるでしょう?」
「まあ……。なんと言うか、個人的な事情ってヤツなんだよね」
「……事情、とは?」
それはね、と苦々しい顔をするソシエールは嘆息と共にこう言った
「……怒られるんだよ、師匠に。なんで隠してやがったー、ってさ」
「《剣神》に?」
「《剣神》に。しかも子どもが駄々
……え、なにそれ、だる。
まだ会ってないから具体的な印象などを抱いていたわけでもないが、もっと荘厳な感じのイメージだった。
だがソシエールの語りから察するに、剣以外ではあまり……といった感じの人なのかも知れない。
まるで俺みたいだな。
戦い以外の部分では尊敬できる点も無い。
失礼ながら親近感を覚えた。
「……ね? ダメ、かな。君ならきっといいところまで行けるし、優勝さえ狙えるくらいだと思う。剣聖のお墨付きだよ──地位の形成には、いい機会だと思うんだけど、さ」
「お前にとっての俺ってそんなに評価してもらえる程なのか」
「うん。君は私の剣を正面から受け止められるんだからね。剣聖と同等の君を超える知り合いは居ないよ」
俺個人としては、願ったり叶ったりだ。
しかしアリスに一度参加を控えるようお願いされている──どちらを優先すべきかは決まっていた。
俺は約束を守らなければならない。破ってしまえば、再び過去の過ちを繰り返すことになるだろうから。
「悪いが──」
「構いませんよ。シグマさんはしばらくあなたに貸しておきましょう」
「えっ、いいのっ!?」
「ええ。わたしのジョーカーとして秘めておくよりも、剣聖のお墨付きの方が良い評価となるでしょうからね」
──それに、とアリスは続ける。
「誰かさんはすっかり、気持ちが戦いに向かっているようですしね」
「……そう見える?」
「はい。平時のあなたはとってもわかりやすくて、愛いですよ」
「……シグマくん、いいかな?」
……他ならぬアリスがこう言うのだから、俺に断る理由など無い。
ソシエールの目を見てしっかり頷いた。
嬉しそうな、安心したような表情の彼女を見て底知れぬ幸福感に包まれ、俺は思わず笑ってしまった。
剣術大会があるのは夏季休暇の丁度半ば。
ソシエールの顔に泥を塗らないよう、鍛錬を続けなければな。
少なくとも周囲に俺という存在を印象づける戦いぶりを見せれるように。
ソシエールと手合わせの約束を結んだ後は会場の料理に舌鼓を打ち、時たま貴族のヤツと会話する時間が続く。
晩餐会が終わる頃、俺はヘトヘトだった。
しかしコレもまた、経験だ。
アリスに立ち振る舞いを褒められた俺は、剣術大会に向けて剣を握る。
「さてと──せっかくなら優勝目指して、本気でやろう」
人導流剣術の全てを、ぶつけよう。
魔法学園の日陰者 或夛ヰ琉 / アルタイル @yuki_8192
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