@fukusimoyo

第1話

そこにあると思えば、きっとそこにあるのだと思う。

例えば、蚕と格闘する夢を見たとしよう。

部屋の中を飛び回る蚕を、ティッシュで捕まえて潰そうとする夢だ。その部屋の真ん中の縁に白い勉強机が置かれ、上には宿題やら教科書やらが散乱し、買ったままの平積みの本が鎮座している。隣には夏場になって、暑いので変えてもらった薄い青色の掛け布団が敷かれたベットがあり、狭いので、ベットは部屋の隅に置かれていた。

そして、その何もない空白地帯に、蚕が飛ぶのだ。

私は。

微かに触れた、暴れる羽や、ギチギチと鳴る3本の節足の足の感触をそのままに目が覚めてしまったから。

そこに蚕がいたと思ったんだ。

腕に止まった蚕は羽をはためかせ、平積みの、机の本に止まった。

私は瞬間的に潰さなきゃと思った。何故かは分からなかったが、しかしそう思ったのだ。

薄い掛け布団から這い出して、じぃっと白い羽虫を眺め、機会を窺った。

そのよたよたと必死に本に捕まる様子を見ていると、虫なのに、柔らかそうな印象を受た。

愛らしい虫だと思った。

が、昏い。

時計を見ると朝の3時だった。

あぁ、お前のせいで変な時間に起きてしまったじゃないか、どうしてくれるんだ、そう思った。

白い、薄い羽が微かに動いた。幽かな、その細っそりとした、華奢な身体を私は見つめた。

美しいとは思ったが、やはり虫であることには変わらなかった。

というか、そもそもなんでこの部屋に蚕がいるんだよ。

私は夢から覚めた筈じゃないか。

寝癖のついた肩より長い黒髪をかき上げいつもの、自分の部屋を見渡した。

しかし蚕はそのまま本の上に鎮座している。

何なんだろうな、この虫は。

とはいえ、悲しきかな。

眠たい頭で考えても、そこに蚕らしき何かがいるという事しか分からなかった。

まあ、どうでもいいけど。

手を伸ばすとひらりと躱してくる、蚕らしきその虫は、再び羽を広げて飛び立った。

私は二度寝がしたいのだ。しかし寝ている間に、部屋中を飛び回られては堪らない。もう、何でもいいから早く消えてくれないかな、と思いながら素手でその羽虫に手を伸ばした。

空中をゆらゆらと漂うその羽虫と、私の手とが、ばつりとそこで交わった。

ざらりとした羽の感触と、虫の体の感触が、いや、それ以上に何が私の腹の底を舐める様な感触に。

ぞっとした。

耳鳴りがした。

わあわあと、何を言っているか分からない低い人間のものの声が、私の耳元で話し続けている。

私は全てに知らないふりをして、もう一度床に着いた。

知らない知らない。

聴こえない、見ていない。

だっていないんだもの。

夢だから。

だから知らない。

私は固く目をつむった。

酷く長い時間がながれた様な気がしたが、気付くと母がドアを開けて朝食の催促に来ていた。

窓を見るとカーテンから朝日が差し込んでいて、夜が明けたのだと安堵した。

何か変な夢を見ていた気がするけど、まあいいか。

蚕も、耳鳴りも、声も。

触ってないし、見ていないし、聞いていないのだから。




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