血を要求する街

Forest4ta

吸血鬼と取材と分かれ道

─1─


 インパクトのある記事、そんなもの本当に書けるのか?だって、俺自身が全然面白くない人間だから閲覧者の求めるインパクトを持てないしバズるような書き方も全然分からない。たとえやったとしてもダダ滑り間違いなしさ。

 全然わからん。副業でネットニュースのライターに採用されたのはいいが、閲覧数が全然伸びないし編集長はクソ野郎。この状況が合わさって今、俺はまさにクビの危機にある。同時に自分自身が本当につまらない人間と自覚をさせられる。

 いったいどうしろっていうんだ?いきなりバズる記事を求められても、そんなクビの危機に立たせたところでニョキっとそういう記事が生えてくるモンじゃあないだろ?こういうのはもっとじっくりリードして手取り足取り教えるモンだろ。

 頭から自分の思う最良の文章をひり出そうとしているが、まさに糞詰まりと言えるような停滞ぶりだ。コーヒーをもう一杯入れて仕切り直しと行きたいが、もう何度目の仕切り直しだ。

 手に掴んだマグカップを、感情の何かがブチ切れた勢いで投げ捨てようとしていたが、携帯電話の着信音で正気に戻った俺。着信音が未だ続いているあたり一言のメッセージでなく生の言葉による対話を求めている着信だった。相手は編集長だ。


 「コンキチ、来週から吸血鬼の取材に行け。今週中に輸血パックをお前の家に送るんでそれを手土産にそいつの家に行ってこい。住所はあとでメールで書く。これでお前も世の中に潜む秘密と混乱が起きない理由が分かるだろ」


 この人のフットワークの軽さは尊敬に値するよ?普通は医者以外で輸血パックなんて手に入るわけがないし吸血鬼に取材のアポを取るコネの広さとか規模が知れないし。それでもこの人の傍若無人っぷりだけは無理。というかラストの一文なに?もしかしてこの吸血鬼とやらが自警団してるとか?



─2─


 「すいませーん、取材のアポを取らせていただいたコンキチと申します。リヴァーさんのおうちでよろしいですか?」


 なんでこんなペンネーム兼ハンドルネームを選んでしまったんだろう。それに対してこの自称吸血鬼のハンドルネームときたらだ。シンプルながらかっこいいじゃないか。雲泥の差だよ。

 ちなみにその吸血鬼の家はなんてことのないマンションの一部屋だ。ここはおそらく子持ちの家族が住むこと前提のマンションだろう。土地の広さや縦の大きさ、そして通路を歩く学校帰りの子供たちがその証拠だ。

 ドアが開く。目が合ったのは俺と同じくらいの成人になるかならないかくらいの年齢と思わしき男性だ。なにかしらグチグチ言う俺とは対照的に目が合った直後笑顔を返してくれる。

 早速家に案内されて椅子に座る。リビングの真ん中に設置された背の低いガラス張りのテーブルとそれに合うサイズの一人掛けのソファー椅子だ。

 これは取材の御礼の数個の輸血パックです、と吸血鬼であるリヴァー氏に差し入れた。これを編集長がどこから仕入れたのか知らないし知りたくない。

 吸血鬼はこれで数ヶ月は生き血をわざわざ吸いに行かずに済むと礼を言う。

 用意された茶菓子とコーヒーを他所に、ひとまずの礼と挨拶を済ませて取材に入る。

 俺は質問責めをしていく。いつから吸血鬼なのか、日光やニンニクが苦手などといったテンプレートな要素は本当なのか。なにをして生計を建てているか。無礼に踏み込んだ質問もしていったが、彼の様子は苛つきより退屈さが顔に見えていた。


 「ありきたりっつーか退屈。彼、というか君のところの編集長の言った通りだ。たしかに記者に向いてない。そもそも君はなにを求めているんだ?なんでこんな嘘っぱちとしか思えない吸血鬼に会おうとしたんだ?」


 俺自身が侮蔑されるのはいつものことだ。でも俺の望みをこういう機会で言われるのは前例がなかった。このニュアンスだと、俺がなにを求めてネットで記事を書いているのかだと思う。

 俺がなにか衝撃的な出来事の目の前に居たいからだ。じゃあなんで新聞やゴシップ雑誌の記者でないのか。

 まぁ学歴の問題もあるがネットニュースなら、雑誌やTVやニュースに載らないなにか大きいことに立ち会えるんじゃないのか。もしかしたら一つの爆心地のような存在になれるような気がして今まで続けている。

 要は何者かになれるかもしれないとただ愚直に思っている。


 「言われるがままって訳じゃなさそうだな。なら、街に行くか。ちょうど日が沈んで来ているし」



 ─3─


 「どうだ?良い店だろ?」


 リヴァー氏は気に入ったと言って欲しい気な口調で尋ねる。実際一見の俺に対してフレンドリーに接してくれるし酒も飯も奢りで気前も良い。そりゃ良い気分になれる。


 「実は、前にも一度俺のこと取材に来た奴が居たんだけどさぁ。まぁ君と同じでテンプレばっかの質問なのはいいんだわ。でも陰気なヤローって決めつけるのは無理だよ」


 つまりステレオタイプ通りの吸血鬼を求めてその記者は来てたということだ。陰気で夜の暗闇を好み、ネチッこい雰囲気な人間。こんなパブで多数の人間と喋ったり乾杯を酌み交わすような明るい人間では読者に受けないと判断されたそうだ。

 俺はそうは思えないしむしろ意外性があると思う。そう言うと彼はその通りと声を上げる。彼の飲み仲間もそうだそうだと同調して盛り上がる。

 そもそも、吸血鬼がこんな多数に知られてるのになんで今までどこにも話題に上がらなかったんだ?彼の知り合いはともかく、不特定多数に知られそうなこの場で大声で今まで言っていてもここに吸血鬼がいつも通っているとも聞かなかった。


 「いや、ここは会員制なだけだからさ。それに契約でここで起きたことは内密にって書いてあるし」


 つまり破ればリヴァー氏の餌食になると。察したように答えると、なんとこのパブで契約を破った人間は一度も出ていないのだ。


 「まぁ、みんな俺が吸血鬼なんての言うのはどうでもいいのかもな。あくまで飲んで楽しみに来てるだけなんだし」


 そう言ってから彼が6杯目のビールに口を付けると店主が彼になにかボソっと伝える。聞こえなかったもしくは興味を持ちそうだからかリヴァー氏が俺に依頼された内容を伝えてくれた。

 夜道を歩く女性のボディガードをしてくれという内容だ。そうか、吸血鬼は並外れた身体能力を持つからこういった身体を使う仕事をこなすのか。


 「ついてくるか?それに、人の血を見れるかもよ?」



─4─


 そんな誘い文句に釣られた俺だ。俺はリヴァー氏とは別のボディガードという体で依頼された女性の側について警護している。俺自身、体術の覚えどころか100メートルを全力で走っただけで身体の節々が痛む貧弱な人間なので暴漢に襲われたら身代わりになるしかこの女性を守る手段はない。

 リヴァー氏はというと、建物の屋上から俺たちを見守っている。ここは建物が乱立している繁華街だ。彼の身体能力があれば建物の間を飛び回って辺りを警戒するなんてなんてことのない動作ということか。

 俺は自身の身体能力の無さを隠すようになにも喋らずただ彼女の隣を離れず歩いている。そんな俺でも後ろに迫る露骨な気配は察している。振り向くと隠れる様子すらなくむしろ俺たちを襲うこと前提でついてきている。

 実は既に胸ポケットにしまっている携帯でカメラを回している。カメラの部分が前を見られる形で。いつ吸血鬼のリヴァー氏が暴れても大丈夫なように、彼の吸血鬼らしく卓越した身体能力を納めるために。

 そして前からも彼らの仲間に迫れる。囲まれた。何秒かなら時間は稼げる。その間にこの女性に逃げてもらおうと考えていた間に、前に居た暴漢達は上から降ってきた男に落下と体重そして腕のちょっとした動きで身体を叩きつけられた。リヴァー氏だ。

 彼が降ってきた瞬間に、俺は待ってましたと言わんばかりに彼の身体能力を納めるよう胸ポケットの携帯を持って既に回っているカメラを自在に動かせるように手で持っていた。

 省略するように俺たちを囲んでいた暴漢達を、リヴァー氏が吸血鬼特有の卓越した身体能力でただ蹂躙していた。瞬間移動のような回避と間合いの縮め方。リヴァー氏の腕が文字通り身体を貫くパンチ、大剣で叩き斬るかのような手刀。

 血を見れるとは言っていたが、ここまでとは思うまい。護衛対象の女性はこの光景を見る前に既に気絶していた。どうやら、リヴァー氏が奇襲する直前に彼女へ即効の麻酔銃を撃っていたようだ。

 俺は、ただ体術などでノックダウンさせてから二度と彼女に近づくなと脅す程度かと思っていた。しかしこの暴力的な光景は、異常だ。



─5─


 この女性をおぶりながらリヴァー氏の家にひとまず送っていくことになり、今は彼女がこの家で目覚めるのを待つ。その間にリヴァー氏は追いの酒にショットグラスでウィスキーを飲んでいた。

 この女性をわざわざ自分の家に連れ込んでどうするつもりなのか。そもそもあの惨事とも言える蹂躙の場はあの後、リヴァー氏に暴漢の肉体は喰われ、残り血や食い残しは清掃係達がどうにかすると言っていた。

 この街はあなたの支配下なのか。あまりにも過激すぎる光景だったというのもあるが、その清掃係とやらも手慣れていてまるでこの街ではリヴァー氏が暴れるのは当然かのように動いている。

 それでいて街の規模でリヴァー氏が吸血鬼というのを知っているのに今の今までもこれからも、彼が吸血鬼で人を殺すことが当然なのがどこにも知られていない。


 「俺がこの街の安寧を保つ代わりに街からは俺が吸血鬼ということを黙っているようにする。そういう契約で混乱が今まで起きずに済んでいるのさ」


 混乱とはこの街でデカい事件が起きないこととリヴァー氏が吸血鬼であると世に知られることで起きることだ。たしかに良いギブアンドテイクの関係に思える。しかしここまで過激にやらなければならないことなのか。

 それにこのやり方からしてやはり彼が吸血鬼なのを口外する者は端から餌食にされたとしか思えない。そう問うと。


 「じゃあ個人の利己心で危害を加えたり、得体の知れない存在が世に蔓延っていますよと言うのは放っておけって?それに比べれば、こんな被害なんぞ」


 あまりに危なすぎる。個人の力による秩序を保たせるだなんて。俺はさっきまでの暴力的な光景とこの街とリヴァー氏の危うさに頭を整理出来ずにいた。その時、暴漢から守られてここに担ぎ込まれた女性が目を覚ました。


 「あぁ、コンキチさん?血を吸う所も記事にしたいのならここでやるけど、どうする?」


 訳が分からない。安寧を保つだのとさっきまで言って、それでいてこの男が吸血鬼だと知らしめる記事の素材を提供する。矛盾しているどころか、この男はいったい俺を、いや守っている安寧をどうしたいんだ。


 「それじゃあ、依頼時の契約通り血を頂きますよ。大丈夫、貧血気味になってまた気を失うだろうけど目が覚めたら悪い夢みたいなものと思ってくださいね」


 女性が頷いた直後、吸血鬼は彼女の首筋へ噛み付く。まるで性行為での愛撫かのようにゆっくり丁寧に、男女は恍惚とした息と声を吐いていく。女性は切なさが顔に出てこちらの劣情を煽っているかのように見えてしょうがなかった。

 そんなエロチックに見てしまっている俺の意識とは他所に、自分の手はは淡々と携帯のカメラでこの光景を納めている。

 数分経って依頼主の首筋から離れるリヴァー氏。依頼主はすでに気を失って居て彼が離れた直後に寝転び夢心地になっている。

 リヴァー氏は彼の頬をなぞる。それは寝ている我が子や伴侶にする行為なのを分かってるはず。それとも人間は格下の愛玩動物としか思っていないが故の無意識の行動か。


 「あなたが記事にしようがしまいがどちらでもいい。ただこの暮らしを気に入ってるから今まで俺が吸血鬼という情報をこの街だけに留めているだけでね。それでも、俺が吸血鬼ということが世に知られたらどうなるかはちょっと面白そうでね」


 それなら、前に取材に来た人間はどうなった?楽しみにしていたが結局記事はお蔵入りになっただけか、それともリヴァー氏か街の誰かによって消されたか。


 「彼は街を出る前に、自分の書いた記事は全て消したんだ。これが知られればこの街がどうなるか分からない。危険視されて悍ましい目にあうのか、或いは吸血鬼とこの街の人間がついに他所へ攻め込むか。そのどちらであっても責任を取りきれない、と言っていたよ。君にはその責任を取れるのかい?それとも、取る気は無いか」


 白状すると、俺は彼のことを強く言えなかった。もしこの安寧を保っている唯一の防波堤を壊せば、どのようなことが起きるかという興味が湧いた。俺がこの混沌の爆心地になれる。そんな身勝手な欲が彼の説明によって巻き起きた。

 世界が変わるのかもしれない。だが何も知らしめずにこのままこの取材を無かったことに出来る。だが、どちらにせよ責任が付き纏う。

 吸血鬼とそれを匿い、安寧のために血を比喩抜きで要求されるこの街を見過ごすことへの罪悪感。それとも危険なこの街と吸血鬼を知らしめることで後に起きる混沌への責任を負うか。

 一つの爆弾を見逃すか、着火させて世界に真実と自分の存在を知らしめるか。俺は分かれ道に立っている。


 「今この場で言ってみろ。君がどうするか」


 俺はこの一晩で起きた出来事を──────

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