第4話 こうかい


 とうとう、館の中へ戻ってきた。


 中の様子は中庭と変わらない惨劇だった。


 強いて言えば、幾つか廊下や扉がバリケードのように閉じられ、進めらる箇所が限られている。


 通路、部屋、バリケードの隙間を通り館の大広間を目指す。


 道中は驚く程にアレシアからの妨害は少なかった。

 窓から触手を伸ばす、隙間から現れ追い掛けるが深入りはしない。

 外で一心不乱に追いかけていたのとは違い。罠に掛けるように理性的で、だがどこか心ここに非ずと言ったあまり元気が無いように思える。


 変わらぬ顔で無ければ彼女がどういう思いなのか分かったのだろうか?


 最後に拾った薬を飲み干し、大広間の扉に開ける。


 中は中庭や館の中で見たものと違い、比較的綺麗だった。

 床と真ん中のある魔法陣の中の死体を除いては。


 レオナルドは慎重にその死体まで足を運ぶ。


「辿り……着いたのですね」


 背後から話し掛けられたレオナルドは意を決して振り返る。


 手に刃を構えて。


は喰らわんぞ」

「ええ、もうそんな事はしません」


「最初、俺はお前を生贄にされるところだった少女だと思った。だが実際はお前が、アレシア・グリンダムで、贄を捧げた側だった。じゃあ、あの時の涙は一体なんだ?ここに来れば教えてくれると言ったのはお前だ」


 レオナルドの記憶では魔法陣の上で泣いていたアレシアに声を掛け、保護しようとしたところで途切れた。その後は最初の教会だ。


「楽しい時間もいつかは終わる……」

「なに?」


 その一言は、今までの彼女の狂気的に高揚のあったものでは無く、明らかに寂しさを感じさせる暗いものだった。


「それを話すには少し、私の話をする必要があります」


 刃を突き付けられたままアレシアはレオナルドに近づき、話し続ける。


「私は今までこの家から出た事はありません。閉鎖的ここで育てられ、何か必要があれば私から材料を集め、それ以外の時はずっと部屋に籠るように、と言われていました。その間、お父様は何をしていたのでしょうか?きっとこの魔法陣と同じように魔術の研究か何かばかりだったのでしょう」


「そんなある日、私は父が儀式に苦難していると聞きました。確かその内容は神との邂逅、そしてその探究。そのことを聞いた時、ふと思ったのです」


 彼女が語る度にその声は荒れ感情的な震えが混じり出す。


「これを私が完成させればお父様は私を褒めてくれるんじゃないか、と。結果的に言えば成功し、私自身、それに近しいものに創り変えてい頂きました。その時の私は愚かにもこう思っていたのです。やっとお父様の助けになれると」


「ですが……お父様は私を化物と罵りました」


 ここで初めてアレシアは顔を覆い声を上げて泣き始めた。


「私の今までの頑張りは全部無駄だった……それが酷く悲しかった」

「そして、殺したのか……」

「ええ……そうです」

「つまり、あの時の涙は……」

「あの時の私にあったのは、結局誰にも受け入れて貰えなかった悲しみと、全てを捨てて得たこの力は何の意味の無いものだった喪失感です。」


「こうして何も無くなった私の元に一人の騎士様が現れた。後は貴方の知るとおり」

「だが、俺を襲ったのは何故だ?」

「『目には目を、歯には歯を』……された事には同じことで返せ、という罰を行う方針の言葉でした。ですが、私にはそれは善意であっても、他の些細なことでも同じだと思うのです」


「『汝、隣人を愛せ』……異形に身を堕とした私はこの言葉が一番の希望でした」

「だから、私は父にされたのと同じように、だけど私のしたかった遊びも混ぜて貴方を愛してみたのです」


「私はただ、愛が欲しかっただけなんです」


 そこでレイモンドは理解した。


 無邪気なのだ。


 純粋な好奇心から蝶の羽を捥ぐ子供のように純粋で、だがそれを行うには彼女には力があり過ぎる。倫理や道徳を学ぶ機会が得られず育った彼女にはそれが悪という認識も無く、ただ気の向くままに行動する。


 教えられたままに、出来そうだから。たったそれだけの理由でいとも容易く一線を越える。そしてそのことになんの疑問も葛藤も無いのだ。


 だから、その内容が残酷でも無邪気に喜べるし、何も感じないのだ。それがどんなに恐ろしい事かも知らないから、終わった後に後悔し、嘆く。


「ですが、貴方の反応から分かっては……分かっては居るのです……こんなものは愛でも何でも無かったのだと……」


「目には目を歯には歯を……結局、とは何なのでしょうか?何を基準に、何をもって、それらがとするか。それが私には解らないのです……ですが貴方たち十字教の教えに則ればそれが許されるのでしょうか?」


「ならばせめて、貴方の手で、隣人して下さい」


 アレシアは自分からレオナルドの向ける刃に身を預けその時を待っている。


「ありがとうございました。レオナルド様との時間は、貴方にとってそうではなくとも私には非常に楽しい時間でした。証拠はそうですね……お父様の持つその本がよろしいのではないでしょうか。私の儀式もそれを使いましたので」


 アレシアが指さす先、倒れふすグリンダム卿の手には一冊の本があった。


「お前は……それでいいのか?」

「ばいばい」


 それは、作り笑顔では無い、初めて見る彼女の下手な笑顔だった。


 レオナルドは唇を嚙み締め、ひと思いにそのまま刃を、押し込んだ。





「そうかそれが事の顛末か……よく帰って来てくれたレオナルド君」


 彼は今、いつまでも帰って来ないレオナルド達を探しに来た騎士団の馬車にいる。


 あの後、本を持って館を出たものの、満身創痍の体ではどうする事も無く。倒れ伏した彼をかつぎ出した増援たちに全てを話した。


 だが一つ、レオナルド誰にも語っていない事がある。


 あの時、彼女に押し込んだ刃が、自分の無知故の純粋なモノからくるものなのか、それとも彼女に愛を求められたからなのか、騎士の務めを果たす為なのか。


 少なくとも、レオナルドは十字教騎士でいる間は、目を逸らし続けている。

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狂うsheダー~如何に異形に身を堕とした彼女が愛を欲するようになったか~ 西城文岳 @NishishiroBunngaku

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