戦術に心情が加わり生まれるもの 〜 ユーロ最年長得点記録を更新したクロアチアの至宝の一撃(2024/06/24)

戦術に心情が加わり生まれるもの 〜 ユーロ最年長得点記録を更新したクロアチアの至宝の一撃


サッカーとは残酷なスポーツだ。そんな感想をPKを見る度に抱く。


PKではキッカーが得点の全てを担い、その成否が試合の勝敗を左右するのはよくあることだ。そして、その試合が重要であればあるほど、キッカーへの重圧は増していく。


そんなPKの場面で真っ先に思い浮かぶのは、94年アメリカW杯決勝のロベルト・バッジョ。今でも語り継がれるフレーズ 「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」は彼の言葉だ。(決勝はPK戦となり、彼がイタリア代表の5人目として蹴るも外して敗戦)


当時、部屋にポスターを貼るほど大好きな選手だっただけに、あの敗戦は今でも目に焼き付いている。


さて、話をユーロ2024に戻そう。グループステージ第3節、イタリア対クロアチアの後半51分、クロアチアはPKを獲得。クロアチアにとって0-0の均衡を崩しリードすることは、即ちグループステージ突破の最低条件を満たすということ。


この是が非でも得点を取りたい場面でのキッカーは、長年クロアチア代表を支えてきた主将モドリッチ。一方、彼の前に立ちはだかるのは16歳でセリエA最年少デビューを果たし、今やイタリアの守護神となったドンナルンマ。モドリッチの右足から放たれたボールは無情にもドンナルンマの左手に弾かれ、好機を逸してしまう。


ちなみに、この日のイタリアのディフェンスは秀逸だった。特に最終ラインの柔軟な対応はクロアチアにスペースも隙も与えず、マークの受け渡しも流麗で実にエレガントだった。育生年代の教科書に採用したいくらいの知的な守備に、クロアチアの好機が生まれる余地は無かった。


そんなイタリアの守備精度の高さもあり、勝ち越しを逃したモドリッチの心の内は察するに余りある。しかし、彼は瞬時に意識をピッチに戻し、失意に囚われることなくギアを上げた。そしてPK失敗直後の後半54分、突如として決定機が訪れる。


クロアチアは右サイドからのアーリークロスを途中交代で入ったFWブディミルに合わせるも、またしてもドンナルンマに弾かれ千載一遇の好機を逃したかに思われた。しかし、こぼれたボールに即座に反応したのはモドリッチ。いつの間にかFWの縄張りに押し入っていた彼は再び右足を振り抜き、今度こそボールをネットに突き刺した。


実はクロスを上げる前、モドリッチは最前線まで移動していた。その理由が彼の勝負勘によるものなのか、あるいはPK失敗の責を取るべく自ら得点を取りに行ったためなのかは定かではないが、これが結果的にイタリアのセンターバックに2対2の状況を押し付けることとなる。そして、イタリアの二人がブディミルに引き付けられた結果、モドリッチはシュートの機会を得た。


この場面が試合を通してイタリアの守備陣に混乱をもたらした数少ないケースだったことを考えると、この瞬間の状況はイタリア側にとって想定外だったはずで、その守備に綻びを生じさせた要因は、レアル・マドリードで数々のタイトルを獲得し、"勝利"の価値を誰よりも知るモドリッチの執念だったと僕は思う。


そして、イタリアの守備は用意周到で秀逸だったが、それだけでは足りないことがあるということを、この得点で見せつけられた気がした。


綿密な分析と対策に基づく修練を繰り返しても、不確定要素は排除できない。つまり、戦術に心情が加わる時の化学反応は誰にも予想できず、これがドラマを生む源となる。


今回の場面で言えば、PKを外したことでモドリッチは不屈の精神で心を燃やし、その結果が戦術と上手く結びつくことで彼のゴールという名場面を演出したのだと、僕は理解した。


そんなハートの強さで得点をもぎ取ったクロアチアの至宝だが、この得点によりユーロ最年長得点記録を38歳289日に塗り替えた。


しかし、彼自身が本大会でこの記録を塗り替える可能性は限りなく低い。試合終了直前、イタリア執念の同点弾により敗退が濃厚となったからだ。


仮に彼らがユーロを去ったとしても、モドリッチが見せた執念は、クロアチアの人々の目に焼き付いただろう。


2028年に、再び強いクロアチア代表が帰ってくる予感がした。

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フットボール論 七式 七式 @shikinoze

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