お支払い -Payment-
あれから1週間経つけど、二人は店に顔を出さなかった。
私は変わらずに、メイド服を着て喫茶店でアルバイトをしていた。
すると、店のドアが開き、あの二人が入ってきた。
「やぁ、なかなかこれなくてゴメンねお千代ちゃん、ブレンド二つで」
といつものように注文しながら、いつものテーブル席に向かっていく。
といつものテーブル席に座る前に、私を見つけて駆け寄ってきた。
すると、私の両手を握る。
急に握られて、私はびっくりして固まっていた。
「ありがとう!!君のお陰で、店を取られないで済んだ。本当にありがとう!!」
と握りしめられた両手をぶんぶんと振りながら、だんだんと力が入ってくる。
温かくて力強い手に握られて、大人の男の人の手の感触が私の心音を跳ね上げる。
「ありがとう、本当にありがとう!!」
と中々手を離さないけど、この手の温かさにドキドキしてる私も、もしかして離してほしくないのかな?
「専務落ち着いて、その子も急に言っても困ってますから」
ともう一人の人が窘めて、私から手を離した。
手に残った温もりが少し、名残惜しい。
「いやぁ、興奮してしまって申し訳ない。でも、君にはいくら感謝してもし足りない位なんだ。お千代ちゃん、この店員さん少しお借りしても良いかい?」
マスターは、ブレンド二つをカウンターに乗せる。
「これを運んでからね。あと、うちの店員に手ぇ出すつもりなら貸さないよ?」
「いやいや、本当に色々あって助けられたんでお礼を言いたくて。うちの会社潰れる所だったんですよ」
と必死に言っているのをみて、マスターは手で『早く持っていきな』というジェスチャーをする。
二人はテーブル席に座り、私はブレンドを運ぶ。
テーブルには、いつも向かい合って座っていた二人は横並びに座って、反対側に私に座るように促した。
「なにか飲む?あ、ここのコーヒーは美味しくてね、って働いてる君は知ってるよね。ははっ」
大分興奮しているようだ。
「じゃぁ、カフェオレでお願いします」
私が言うと、ニコッと笑顔になる。
「お千代ちゃん、カフェオレお願い」
言い終わると、服装と息を整えた。
「この前に店に来た時に、君がうちの会社の状況が推理小説の内容に似てるって言ってくれたよね?」
「は、はい。あの小説の内容がどうかしたんですか?」
向いの二人が顔を見合わせて笑顔になる。
「あの話を聞いて、確かに今のうちの会社の状況におかしいほど当てはまってて、しかもその新しく雇った人がその日自主的に会社に残りたいって言ってたんだよ。それが引っ掛かって、すぐに二人で会社に戻ったら、ちょうど新人の女の子と不動産会社の男が会社の金庫を開けようとしてた所に出くわして。そこから警察を呼んで二人を引き渡したら、続々と余罪が出てきて。父さんが建てた店が、もう少しで盗まれる所を、君の話を聞いて本当に助かった。本当にどれだけ感謝してもし足りない位に感謝してる。本当にありがとう!!」
「は、はぁ」
どうやら私が話した推理小説と同じ筋書きで、この人の会社を乗っ取ろうとした人がいて、寸での所でそれが阻止できたらしい。
それって、なんだか私、今まで読んでた推理小説に出てくるような、事件を未然に防ぐ名探偵のようじゃない?
そう思えると、ちょっとこの胸の高鳴りも少し抑えられて、憧れた小説の登場人物になったような興奮と感動が湧いてくる。
「それが、どうも叔父さ、社長も薄々気付いてたみたいで、他の会社をその不動産屋に紹介して、すでに被害に遭っていて。被害にあった物はなんとか取り戻す事はできるそうだけど、社長はどうやら詐欺の共犯になりそうで。それを、父が亡くなった時に引退してた私の母が激怒して、社長だった叔父を即刻背任で解任して現役復帰する事になった。そのごたごたで暫く来れなかったんだけど、どうしてもお礼を言いたかったんだ」
二人が深々と頭を下げる。
「ありがとう。君のお陰で父が建てた店が他人の手に渡らずに済んだ。本当に、感謝してもし足りない。何かお礼ができる事があるなら言って欲しい」
マスターがテーブルに来てカフェオレを私の前に置く。
「取り合えず、うちの店員を独占した分、フードメニュー位は何か頼みな」
私よりマスターが先に答えた。
二人は慌ててメニューを開く。
「じゃぁ、たまごサンドとナポリタンで。あとチーズケーキを」
「お前、結構食べるな」
「何言ってるんです?専務も同じだけ食べるんですよ」
「じゃぁ、全部2人前で良いね?」
とマスターは笑顔でカウンターの中に戻っていった。
私はというと、カフェオレを飲みながら考える。
「なにか欲しいものかぁ……」
今の所、このアルバイトも楽しいし、欲しい本もアルバイト代だけで十分だし、欲しいものって思いつかないなぁ。
「そういえば、女子高生らしい所にでも遊びに行きなさい」
ってお母さんが言ってたけど、今の女子高生ってどこに行くんだろう?
「え?女子高生が遊びに行くところか~?どこだ?」
「近くにあるテーマパークとかじゃないですか?何度か彼女と行った時に、若い子も結構見かけましたよ?」
え?私口に出して言ってた?
「でも私が一緒に行くのも、恥ずかしいだろう?こんな中年と一緒だと」
「いっいえ、そんな恥ずかしいだなんて!!むしろ私の方が一緒でだなんて、申し訳なくて……」
ちょうどマスターがまずはナポリタンを両手に持ってテーブルに持ってくる所だった。
「この子から言ったんなら良いんじゃない?土日でしょう?ちゃんとこの子をエスコートしてあげなさいよ」
と私が言う前に、マスターに決められてしまった。
「お千代ちゃん良いの?手を出すのはダメだって」
「あの子の方から言ったんでしょ?だったら仕方ない。それとも、あんたの所の専務は女子高生に変な事するような男なのかい?それに端から見る分には親子にしか見えないだろう?」
「まぁ確かに。元々学者やってて研究ばかりしてた人で、浮いた話は聞かないですからね」
と、ひそひそ話をしてる二人をさておき、どうやら二人で遊びに行くことになったようだ。
「そっそういえば、自己紹介もしてませんでしたね。私、そこの
「はい。私は
………………
…………
……
「っていうのが、忠良さんとの初めてデートしたきっかけだったんだ~」
「いや、両親の馴れ初めを息子に嬉々として話さないで。聞いてる方が恥ずかしいから」
「ナァ~」
猫のトノもお気にも召さないようだ。
夫婦喧嘩は犬も食わない。
夫婦の惚気話は猫も食わない。
ちなみに、この話は僕の記憶にある限りでもう数十回聞いているので、とっくに聞き飽きている。
聞いてる息子が、猫が、いくら嫌がっていても、話す母の顔は幸せそうだった。
ミステリーが好きなJKは、今日も純喫茶でメイドする 水武九朗 @tarapon923
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