ミステリーが好きなJKは、今日も純喫茶でメイドする

水武九朗

ご注文 -Order-


 高校に入学して3週間。

 私、上木かみき 桑花そうかは学校の帰り道で少し遠回りをした所に見つけた喫茶店でアルバイトを始めた。


 父が5年前に病死してからお母さんが女手一つで育ててくれたけど、家庭の事情が解ってくると金銭面で親に甘えるのが気が引けていた。


 お母さんは看護師をしていて、私とは仕事ですれ違う事は多かったけど、私を大事にしてくれてるのは分かったし、時折二人で旅行にいったり、時間が無くても一緒にスイーツを食べに行ったりと、私に時間を割いてくれてもいる、とても良いお母さんだと思ってる。

 金銭的にも、それほど不自由な思いをしたこともない。


 進学先の高校を選ぶ時でも、お母さんからは


「父さんが残してくれたのもあるし、私も結構稼いでるからあんたはお金の事は気にしないで学校えらびな。あと大学でも専門学校でも行きたいとこあれば遠慮しないように。あぁ、医者と芸術家になるなら、さすがに国公立にしてね?桁が変わるから」


 と冗談っぽく言われたけど、あえて行きたい学校も無かったので、私は電車で数駅にある近場の公立高校を選んだ。

 私は他の同級生の子達のように、新しい洋服やカバンをねだったりはしなかった。洋服は特にこだわりが無かったので、ほぼお母さんが進めて買ってくれる物で満足している。私からお願いしたのは部屋着くらいで、お母さんから「あんた女の子なんだからもうチョッとおしゃれしなさい」と言われる始末。


 代わりにというか、小6の頃から私がお母さんにお願いしたのは、月1冊の本を買って貰う事だった。


 それが買ってもらう本が年齢と共に1冊、また1冊と増えていって、気が付くと私の部屋の中は、服より本の方が場所を取るようになっていた。

 最初に買ってもらったのは、あまり関心が無いお母さんが名前だけ知っていた赤川さんで、そこから推理小説に段々と嵌っていった。

 古いのだと横溝さん位だけど、最近の賞を受賞した作品から入っていった。


 最初は、そうやって本を読むことで、父もお母さんもいない家で過ごす寂しさを紛らわしていたのかもしれない。それが、今では目的と手段は逆転しており、もっと沢山の本を読みたいという欲求に駆られていた。


 ある受賞作を読むと、その作家さんの他の作品が読みたくなり、さらに好みの作家さんになると、親交のある他の作家さんの作品も読みたくなったりとどんどんと読みたい本が増えてばかりだった。


 なので、思う存分小説を読む需要を満たす為、購入資金をアルバイトで稼ぐことにした。

 本を読む時間が減るが、欲しい本の為には仕方ない。


 という事で、学校の帰り道にある純喫茶にアルバイト募集の張り紙があったのは、まさに僥倖。早速お母さんに了承を貰ってこのお店でアルバイトする事になりました。


 マスターは千代さん、私よりも一回り位大人の女性で、常連さんからは『お千代ちゃん』と可愛がられているようだった。


 小さいお店なのになぜか制服が有り、初めてメイド服を着ることになった。クラシカルロイヤルという制服より露出が少ないので、特に抵抗なく着ることができた。

 ちなみにマスターはバーテンダーのような蝶ネクタイにパンツスタイルだ。私もそっちが良いと言うと、


「若いうちに着れる方を着ときなさい。あたしなんてもう着れないんだから」


 と言われ、ロイヤルメイド服姿で給仕をすることになる。


 学校終わりから20時までお店で働いているので、夕方の一休みか晩御飯の時間帯で、常連さんも多かった。


 今テーブルに入ってきた客さんも、常連さんで近くの会社で務めている会社の先輩後輩のようだった。


「まったく、社長は本業以外に手を出しすぎなんですよ。上がる土地があるったって本業とは関係ないじゃ無いですか」


「まぁ、そう言うな。叔父さ、いや社長は会社としての儲けを考える事は間違ってるわけじゃない。でもまぁ、専門外に手を出して痛い目を見るんじゃないかな。そうなる前に、色々考えれてるよ」


 聞こえてくるのは、なんだか小説のネタで出て来そうな話だ。


 カウンターにブレンドが2つ置かれる。


桑花そうかちゃん、これ3番テーブルに」


「はい」


 とお千代さんから言われて私は給仕のお仕事をする。

 普段コンビニのカフェオレしか飲まない私でも、この店のコーピーは香りが良くて好きだった。


「お待たせしました、ブレンドです」


 お客さんの前にカップをそっと置く。


「ありがとう」


 年上の方のお客さんがさりげなくお礼を言ってくれる。


 アルバイトをして分かったんだけど、どうも二回り程年上の男の人から、丁寧に話しかけられるとなんだかキュンとしてしまう。


 同級生や少しだけ年上の人だと何も思わないのに。


 このことをお母さんに話すと、


「お父さんの事、なんだかんだ言って引っ掛かってるのかもね。でも、彼氏で連れてくるのはあたしより年上は止めてよね。きっと羨ましくなっちゃうから」


 そう言いながら、お母さんは笑っていた。


 お母さんは、私が初めて年相応の女の子らしい事を相談したのが嬉しかったみたいだ。

 そういえば、誰かが気になるとか、クラスメイトの誰々が気になる、とか思った事も無かったな。



 次のアルバイトの日にも、あの常連さんは来て、二人でブレンドを頼む。


「あの社長が連れてきた不動産コンサル?って言ってましたけど、大丈夫なんですかね?なんだかまっとうな商売してなさそうな感じがしましたけど……」


「あぁ、人は見かけで判断しちゃいけないが、客を儲けさせるのに、まず自分が儲かってますよ、って示す感じは解る。それも、どうやら知り合ったのがあのクラブらしい」


「あの社長が入れ込んでるママの店ですか!?今週から事務員で入ったあの女の子も、元々その店の子だったらしいじゃないですか。仕事できないのは仕方ないにしても、いつも不貞腐れて仕事をしようともしないし頭も下げない、って事務の町田さんが何で採用したってめちゃくちゃ怒ってましたよね。社長が必死でかばってましたけど、うちの会社町田さんに辞められたら経理回らないの解ってるんですかね社長は?!」


「確かに変なのに引っ掛かったのかも知れんな。叔父さんはどうも欲を掻くきらいがある。でも、今の所何か表立って問題を起こしてる訳でも無いし、今日は会社に仕事の勉強がしたい、って残ってたから、やる気を出してくれたんだったら良いんだけどなぁ」


 二人が話している所に、ブレンドを持っていく。


「なんだかミステリーに出てくるみたいなお話ですね、ブレンドお待たせしました」


 とブレンドを差し出しながら話を中断した。


「はは、ありがとう、聞こえちゃいましたか」


 頭を掻いて照れ笑いをしながらお礼を言う姿に、胸がぎゅっとしてしまう。


「すみません、盗み聞きしちゃったみたいで。なんだか今読んでるミステリー小説に出てくる設定に似てたので」


 私も焦って取り繕うような事を言ってしまう。でも、本当に今読んでいる本に設定が似ていた。


「へぇ~、どんな感じの話なんですか?」


 私の話に興味を示してくれたみたいだし、ネタバレになるけどまぁ良いかな?


「えぇ、ワイン製造工場が乗っ取りにあいかける話です。パーティーで知り合った不動産会社の社長から紹介された従業員を雇ったら。その従業員がブドウ畑の土地の権利書とか口座の通帳とかを夜中に盗ませて、送り込んだ不動産会社がその土地を奪おうとするお話です。それが、その従業員が会社の金庫を開けてる所で殺されてたっていう、その殺人事件を探偵が解決するミステリーです」


「たしかに、なんだかうちの会社と似てますね」


「うん。結局乗っ取りにあう理由は何だったのかな?」


「えぇっと、それはかなりトリックに関わる所なんで、実際に読んでもらうのがお勧めなんですけど……。まぁ、そのブドウ畑がある近くに、サッカーのスタジアムが建設されるって噂があったんですよ。そこで、そのブドウ畑を潰して高級ホテルを誘致するような計画があって。それをそのまま社長に言うと、不動産会社の儲けは少ないので、それならいっその事会社ごと乗っ取ってしまえ、って言うのが理由です」


 私が教えた後、二人とも考え込んでいるようだった。


「そう言えば、今日は会社はみんな帰ったのにあの女の子残ってたよな」


 二人は見つめあって、何かを思い起こしたようだった。

 すると、立ち上がりながらテーブルにお札を置く。


「いいこと教えてくれてありがとう!!今日は悪いけど、急ぐから」


 と言って、二人とも店から飛び出して行ってしまった。


 折角出したばかりのブレンドは、一口も飲まれないままテーブルで湯気を上げていた。

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