第3話

 俺たちが繋がっていたことを聞いて、リックは観念した様子だった。今日のこの日、商会の会長となるリックの悪事を証拠とし、一年掛けて仲間を集めて、リックを叩く作戦だったのだ。


「……なるほどな。それなら、好きにすればいい。この後復讐だと言って俺をなぶり殺そうというんだろう。だが、お前の思うようにはいかない」


 そう言ってリックはポケットから薬を取り出すと、一気に飲み込んだ。

 

 俺は、まさか自決用か、と咄嗟とっさに手が伸びた。けれど、それを冷静に眺めている彼女の目を見て思い出した。そうか、そういうことか。


「く、くく……ははは! 悪かったな。どうせ死ぬなら、ここで死んだ方がマシだ。じゃあなスウィーシ。お前を嬲るのは最高に楽しかったぜ? 悔しいだろ?」


「……」


忌々いまいましい騎士も、復讐劇が成功しなくて残念だったな?」


「……さぁ、どうかな」


「……何?」


「お前その毒、どれくらいで効くんだ?」


「は? そんなの飲んですぐに……え? あれ?」


 キャンディの効果、いや。まだ半信半疑だった。ともなれば、物は試しだ。


「……ハァッ!!」


「な、何で飲んだのに死なな……ッ!? ぐぁあああ!!」


 リックが余所見よそみをしている間に剣を抜くと、その勢いで袈裟斬けさぎりにする。斬られた跡から血が吹き出て、リックは斬撃の痛みに泣き叫ぶ。だが、それだけだった。彼は変わらずに息をしていた。


「……やっぱりな」


「は、はぁ……お前ら、何して……何をした……」


 痛みのせいで涙目になりながらも、次第に彼の傷はみるみる塞がっていく。ものの数十秒で剣による深い傷はなくなってしまった。それを見て初めてスウィーシが微笑みを見せた。


「さっきのキャンディ、不死のキャンディなんですって。良かったわね」


「な、なんだって?」


「傲慢な癖にそのじつ、小心者。貴方は本当に追い詰められたら自殺するって分かってたから、それを舐めさせたの」


「……ふ、不死ってことは、死なない?」


「えぇ、そう。貴方が大好きな、時間がたっぷりあるわ。でも、貴方に自由はないの」


「……え?」


「死なないってことは、何も食べなくても死なないし、死ねないわ。頭をかち割ろうと、舌を噛み切ろうと、ただ痛いだけで死ねない。だからこのまま騎士団に、貴方を地下牢に閉じ込めてもらうように言ってるの。意味、わかるかしら?」


「ッ……!!!」


 流石のリックも、その未来を想像して青ざめたようだった。何かを言おうとするにも、既に数人の騎士に押さえつけられていた。


「ま、待ってくれ!! わ、悪かった、悪かったよスウィーシ! お前に対しての俺の態度が悪かった、最低だった。農民だって、いいところがあるよな! な、だから許してくれ!」


「……ふふ」


「な、なんだ……」


「いえ、どちらにしても貴方はもう商会の人間ではないから、居ても意味がないの」


「う……」


「で、それなら何が出来るんですか? ただ生き永らえるだけの人間の時間に、どれくらいの価値が? 貴方に土いじりが出来るの? それって、貴方の大嫌いな時間の浪費でなくって?」


 スウィーシの言葉に、リックはただ項垂うなだれるだけ。


「そういうわけで……死んでください」


「ス、スウィー……」


「永遠に死んでください。私たちが幸せに生を謳歌おうかした後も、誰にも知られずただひたすらに。懺悔ざんげも謝罪も改心も必要ありませんから、どうぞ一人で、価値のある時間とお過ごし下さい」


 そう言ってスウィーシが一礼すると、騎士がリックの両腕を抑えて歩き出す。


「ま、待て!! お、おい!! このッ……クソクソクソ!!! ゴミ女が、許さねぇ!!! おい、聞こえてるか、絶対にお前ら皆殺しに——」


 リックは暴れながら最後の言葉を叫んで、大広間から消えていった。


 途端、スウィーシが崩れるように。


「スウィーシ!! 大丈夫か?」


「ご、ごめんなさい……ヴィッセン。少し安心したら、力が抜けて」


「……無理もない。十年振りに、自由を手に入れたんだ」


「……まだ実感がないけれど」


「大丈夫、すぐに思い出せるさ。君のこれまでの頑張りに感謝してる人が大勢いる」


「え?」


「商会を立て直さないといけないだろ。その役目は、君にしか出来ない」


「わ、私に……出来るかしら」


「出来るさ。もしまだ不安なら……俺が支える」


「ヴィッセン……そうね。ありがとう」


 そうしてスウィーシは涙を流しながら、十年前に見せてくれたような無邪気な笑顔をたたえて。二人はその場で強く抱き合った。


 *


 これは都市伝説。何やらこの屋敷の地下には魔獣が住み着いているらしい。夜な夜な叫び声が聞こえてきたかと思えば、すすり泣く声。金属が叩かれるような音。けれど実際にそれを見たものはいない。


「……パパ、変な音する」


「うん? あぁ、そういう噂があるんだよ。この屋敷には、幽霊がいるってな」


「え、幽霊!? こ、怖いよ」


「大丈夫よ、この幽霊は毎日を大事に生きてる人には、悪いことをしないから」


「大事?」


「あぁ、そうだ。反対に、いくらでも時間があるからと怠けて、誰かに仕事を押し付けるような人間になると、怖い目に遭う、ってな。お前はそんなことしないだろ?」


「う、うん、僕はちゃんとお仕事する。ママの商会のお手伝いするんだ」


「ふふ、頼りにしてるわ」


「ママの子だ、きっと大丈夫だろう」


「それを言うなら、パパの子だから安心ね。きっと私のこと、これから先も守ってくれるでしょ」


「うん、守るよ!」


「頼もしいな」


 そう言って俺たちは、ようやく手に入れた幸せを噛み締めていた。


 リックと連んでいた貴族連中は称号剥奪はくだつにより没落。そして、スウィーシを売った村も、回り回って廃村に追い込むに至った。彼女は十年の時を経て、よほどしたたかになったらしい。


 ある日彼女は商談を終えて、こんなことを言った。その商談は随分と荒れたようで、彼女は平気そうなふりをしながら、内心苛立っているようだった。


「どうしたんだ、スウィーシ」


「いいえ、どうもしないわ。ただ、値切りを断り続けたら、お前が元農民だって知ってるんだ、なんて言ってくるものだから」


「何? まだそんなことを言う奴が」


「このままでは死んでしまう、殺す気か、なんて。当人達が庶民を食い物にして、それが明るみに出たから取引を打ち切られただけなのに。私たちのせいにするなんて、随分肝が座ってると思わない?」


 彼女の言葉は段々と語気を増していて、思わずうなずく。


「だから言ってあげたのよ」


 そう言って彼女が取り出したのは、黒いキャンディ。それを掌で転がしながら微笑んでいた。


 俺はそれを見てつい、苦笑いをした。


 *


「おい。少しでいいって言ってるだろ? 負けてくれよ?」


「無理です。お引き取りを」


「なぁ、頼むよ。お前ら儲かってんだろ? その勢いじゃ、この先何もしなくたって食いっぱぐれねぇ。そんなら少しくらい分けてくれたっていいじゃねぇか。なぁ、俺たち弱者が野垂のたれ死んでもいいってのか?」


「……ねば?」


「え?」


「なら、死んだらいいじゃないですか」


「……あ、いや」


「永遠なんてないんですよ、何事も。時間を浪費してしまうのは、自分のせい。それを誰かのせいにするなら、さっさと辞めたらいいんです」


「いや、だから、それは」


「聞こえませんでした? 辞めろと言ったんです。貴方のように責任転嫁てんかするようななまけ者は、商人に向いていませんよ。……って、丁寧に言ってもわからないですか。なら……」


「ち、違ッ……怠けてない。元はといえばお前らが……」





「舐めるな。死ね」


 


End

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永遠を舐めて死ね eLe(エル) @gray_trans

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