第2話
「「「大人しくしろ!!!」」」
「ッ! な、な、なんだ!?」
突然の足音と怒号。慌ただしく会食の扉が開き、あっという間に会場に踏み入ったのは物々しい
取り囲んだのは騎士団だった。俺はその中から一歩前に出て。
「リック。お前を、私的な独占取引により騎士団
「ど、独占……? は、何を今更。おい、お前らこんなことしてタダで済むと思うのか。俺たち商会はこの都だけでなく、この王国全ての経済の根幹だ。その会長である俺を処罰出来ると思ってるのか?」
この後に及んでもリックは悪びれる様子もなく、十年前よりも丸々太った身体で傲慢な顔を変えなかった。
「あぁ、そうだな。そう反論するだろうと思い、既に王の承諾を得ている。いわばこれは、
「なっ……勅命!!? ば、馬鹿な事言ってんじゃねぇこのクソが!」
そう言って悪あがきをする彼に
「物価の異常
勅命は本物だった。これまで証拠集めを積み重ねてきた血の滲むような努力の結晶だ。リックは苦虫を噛み潰したような顔で羊皮紙を振り払うと、頭を掻き乱してから不意にスウィーシを指差す。
「ま、待て。いや、それは俺だけのことじゃねぇ。そうだ、この商会は確かに俺が会長だが、実際の経理はこいつ、スウィーシが担当していた。つまり、こいつが真の黒幕だ。俺は悪くない。あぁ、そうだ、こんなやり方はよくないよな? だから、俺が綺麗さっぱり、透明な商会として立て直すことにするよ、騎士団様方。な、こいつを好きに連れてってくれていいから、俺のことはどうか——」
どれだけ聴いても、コイツの語り口に慣れることはない。ついに我慢の限界に達して、拳に力を込め——リックの顔面を思い切り殴り飛ばした。
「ッ、ぐぁあああ!! い、痛ぇ……な、殴りやがった、こいつ……」
「ヴィッセン!」
「……悪いな、限界だった」
スウィーシが近くに駆け寄ってくる。拳は痛むが、なんてことはない。リックが彼女を十年に渡って
「……いいの。それに、これくらいじゃ足りない」
「あぁ、分かってる。俺も同じ気持ちだ」
「な、なんだ、お前ら。俺を殺すのか? 勅命だろうがなんだろうが、それは許されないだろ。俺には、俺にはまだ時間がたっぷりあるんだ。それを使わずに死ぬわけにいくかよ」
あたりは完全に包囲されていた。彼と
「いいや、殺しはしない。それはスウィーシに決めてもらった」
「えぇ。貴方には罪を償ってもらう」
「罪だ? なんだ、結局殺すんだろう? それとも磔か? こいつのように殴るのか?」
「……何もしないわ。だって、貴方に触れるのも汚らわしいから」
「……何だと? ゴミの分際で」
「スウィーシ、コイツ黙らせるか」
「いいえ、いいのヴィッセン。ねぇ、リック。貴方はこの十年間、沢山私のことを可愛がってくれたわ。でも、それも限界だった。ずっと前から。……でも、ヴィッセンが近くにいてくれたおかげで、正気が保てた」
リックは不思議な顔をした。それもそうだろう。実は俺はスウィーシの村の守衛見習いで、幼なじみだった。それがこの屋敷に連れられたと聴いて、恐ろしかった。リックの
そしてそれは的中した。すぐにリックの屋敷の護衛に立候補し、裏でスウィーシの様子を
*
「ヴィッセン……ごめん、ごめんなさい」
「何で君が謝るんだ。……いつか俺が助ける。だから、君はもう少しだけ耐えてくれるか?」
「分かった。ヴィッセンを信じてる」
十歳の彼女と屋敷の陰で話した時、俺は十四歳だった。本当ならこのまま連れ出したい。けれどそんなことをすれば、余計彼女がひどい目に遭う。だが、本当に耐えられるのだろうか。
——彼女は耐え続けた。俺はそれまで時折彼女の話を聴いては、どうにか助ける方法がないか模索した。何度も何度も屋敷を訪れ、外出の際に逃せないか、暗殺する方法はないか、弱みを握る方法はないかと調べたが、ダメだった。そして時だけが過ぎていく。けれど、彼女は何かを心に決めたように耐え続け、やがて気づけば九年が経つ頃。
俺は騎士団に配属して十分な力と地位に就くことが出来た。けれど、相手は巨大な商会だ。力だけではどうにもならない。奴らもこの間にも力を付け、王国ですら奴らの味方になる可能性があった。
だがしかし、そんな時。国の南部で大規模な噴火が起きた。被害は
そんな時に、有ろうことかリックの商会は見て見ぬふりをした。それどころか、関連物資の値上げを要求したのだ。足元を見たやり方に、民衆はもちろん、同業も非難の声を水面下に溜め始めた。
「これはチャンスだ。後は何か彼女を動かすものがあれば……」
そんな時、怪しい黒服の老婆が話しかけてきた。
「お困りのようだね、青年。きっと君が欲しいものを私が持っていると思うよ」
「……一応聞こうか」
「ふっふっふ、特別なキャンディさ。けれど、これは本当に特別だよ」
そこには二つのキャンディがあった。一つは黒、もう一つは白の包み。
「今、なんだキャンディかと思ったね。けれど、これが青年にとって必要になるよ」
「それなら、ただのキャンディってわけじゃないんだろうな」
「あぁ、もちろんだよ。いいかい、黒は絶命のキャンディ。白は不死のキャンディさ。どちらも舐めるだけで効果があるからね」
「……」
「あぁ、疑うのは構わないさ。どう使うかは、青年次第だよ。それじゃあね、ふっふっふ」
そう言って老婆はどこかに去っていった。当然、そんな話は半信半疑だった。
けれど、聴いたことがあった。リックは極度の潔癖症であり、毒殺を恐れて、食事は基本的に目の前で作られたものしか食べないと。ただ、キャンディのような菓子は別だ。確かあいつはいつも、癖のようにキャンディを口にしていた気がする。
「……これであいつを」
そう考えてすぐに、俺はスウィーシの元を訪れた。
「それ、素敵ね」
「だろう?」
「……その白の方、貰おうかしら」
「え? いや、毒殺するなら黒の方だろう」
「ううん、きっと白の方がいいわ。だって——」
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