第2話

「「「大人しくしろ!!!」」」


「ッ! な、な、なんだ!?」


 突然の足音と怒号。慌ただしく会食の扉が開き、あっという間に会場に踏み入ったのは物々しい甲冑かっちゅうを付けた数人の屈強くっきょうな男たち。突然のことにリックは席から飛び上がった。


 取り囲んだのは騎士団だった。俺はその中から一歩前に出て。


「リック。お前を、私的な独占取引により騎士団直々じきじきに処罰する。証拠は既に、お前の取引先から告発を受けている」


「ど、独占……? は、何を今更。おい、お前らこんなことしてタダで済むと思うのか。俺たち商会はこの都だけでなく、この王国全ての経済の根幹だ。その会長である俺を処罰出来ると思ってるのか?」


 この後に及んでもリックは悪びれる様子もなく、十年前よりも丸々太った身体で傲慢な顔を変えなかった。


「あぁ、そうだな。そう反論するだろうと思い、既に王の承諾を得ている。いわばこれは、勅命ちょくめいだ」


「なっ……勅命!!? ば、馬鹿な事言ってんじゃねぇこのクソが!」


 そう言って悪あがきをする彼に渋々しぶしぶ、勅命が書かれた羊皮紙ようひしを見せる。彼はそれを、うつろな目で何回も読み直していた。


「物価の異常高騰こうとう、意図的な取引制限による物流の停滞、その他商業に関わる点で、お前の商工会はこの国に害になると判断された。よって、ここで処罰させてもらう」


 勅命は本物だった。これまで証拠集めを積み重ねてきた血の滲むような努力の結晶だ。リックは苦虫を噛み潰したような顔で羊皮紙を振り払うと、頭を掻き乱してから不意にスウィーシを指差す。


「ま、待て。いや、それは俺だけのことじゃねぇ。そうだ、この商会は確かに俺が会長だが、実際の経理はこいつ、スウィーシが担当していた。つまり、こいつが真の黒幕だ。俺は悪くない。あぁ、そうだ、こんなやり方はよくないよな? だから、俺が綺麗さっぱり、透明な商会として立て直すことにするよ、騎士団様方。な、こいつを好きに連れてってくれていいから、俺のことはどうか——」


 どれだけ聴いても、コイツの語り口に慣れることはない。ついに我慢の限界に達して、拳に力を込め——リックの顔面を思い切り殴り飛ばした。


「ッ、ぐぁあああ!! い、痛ぇ……な、殴りやがった、こいつ……」


「ヴィッセン!」


「……悪いな、限界だった」


 スウィーシが近くに駆け寄ってくる。拳は痛むが、なんてことはない。リックが彼女を十年に渡ってしいたげる様子を、常に近くで耳にしてきた。その度に何も出来ない自分に嫌気が差した。今ようやく、その過去が幾分か報われるはずだ。


「……いいの。それに、これくらいじゃ足りない」


「あぁ、分かってる。俺も同じ気持ちだ」


「な、なんだ、お前ら。俺を殺すのか? 勅命だろうがなんだろうが、それは許されないだろ。俺には、俺にはまだ時間がたっぷりあるんだ。それを使わずに死ぬわけにいくかよ」


 あたりは完全に包囲されていた。彼と懇意こんいにしていた貴族数名は動揺したまま、その場をこっそり抜け出そうとするも騎士団に止められる。


「いいや、殺しはしない。それはスウィーシに決めてもらった」


「えぇ。貴方には罪を償ってもらう」


「罪だ? なんだ、結局殺すんだろう? それとも磔か? こいつのように殴るのか?」


「……何もしないわ。だって、貴方に触れるのも汚らわしいから」


「……何だと? ゴミの分際で」


「スウィーシ、コイツ黙らせるか」


「いいえ、いいのヴィッセン。ねぇ、リック。貴方はこの十年間、沢山私のことを可愛がってくれたわ。でも、それも限界だった。ずっと前から。……でも、ヴィッセンが近くにいてくれたおかげで、正気が保てた」


 リックは不思議な顔をした。それもそうだろう。実は俺はスウィーシの村の守衛見習いで、幼なじみだった。それがこの屋敷に連れられたと聴いて、恐ろしかった。リックの悪癖あくへき、商会の悪事は耳にしていたから。


 そしてそれは的中した。すぐにリックの屋敷の護衛に立候補し、裏でスウィーシの様子をうかがい続けた。それは、今思い出しても吐き気をもよおすような内容だった。





 *


「ヴィッセン……ごめん、ごめんなさい」


「何で君が謝るんだ。……いつか俺が助ける。だから、君はもう少しだけ耐えてくれるか?」


「分かった。ヴィッセンを信じてる」


 十歳の彼女と屋敷の陰で話した時、俺は十四歳だった。本当ならこのまま連れ出したい。けれどそんなことをすれば、余計彼女がひどい目に遭う。だが、本当に耐えられるのだろうか。




 ——彼女は耐え続けた。俺はそれまで時折彼女の話を聴いては、どうにか助ける方法がないか模索した。何度も何度も屋敷を訪れ、外出の際に逃せないか、暗殺する方法はないか、弱みを握る方法はないかと調べたが、ダメだった。そして時だけが過ぎていく。けれど、彼女は何かを心に決めたように耐え続け、やがて気づけば九年が経つ頃。


 俺は騎士団に配属して十分な力と地位に就くことが出来た。けれど、相手は巨大な商会だ。力だけではどうにもならない。奴らもこの間にも力を付け、王国ですら奴らの味方になる可能性があった。


 だがしかし、そんな時。国の南部で大規模な噴火が起きた。被害は甚大じんだい、生存が確認される民衆にもすぐに救援物資を送らなければならない。


 そんな時に、有ろうことかリックの商会は見て見ぬふりをした。それどころか、関連物資の値上げを要求したのだ。足元を見たやり方に、民衆はもちろん、同業も非難の声を水面下に溜め始めた。


「これはチャンスだ。後は何か彼女を動かすものがあれば……」


 そんな時、怪しい黒服の老婆が話しかけてきた。


「お困りのようだね、青年。きっと君が欲しいものを私が持っていると思うよ」


「……一応聞こうか」


「ふっふっふ、特別なキャンディさ。けれど、これは本当に特別だよ」


 そこには二つのキャンディがあった。一つは黒、もう一つは白の包み。


「今、なんだキャンディかと思ったね。けれど、これが青年にとって必要になるよ」


「それなら、ただのキャンディってわけじゃないんだろうな」


「あぁ、もちろんだよ。いいかい、黒は絶命のキャンディ。白は不死のキャンディさ。どちらも舐めるだけで効果があるからね」


「……」


「あぁ、疑うのは構わないさ。どう使うかは、青年次第だよ。それじゃあね、ふっふっふ」


 そう言って老婆はどこかに去っていった。当然、そんな話は半信半疑だった。


 けれど、聴いたことがあった。リックは極度の潔癖症であり、毒殺を恐れて、食事は基本的に目の前で作られたものしか食べないと。ただ、キャンディのような菓子は別だ。確かあいつはいつも、癖のようにキャンディを口にしていた気がする。


「……これであいつを」


 そう考えてすぐに、俺はスウィーシの元を訪れた。


「それ、素敵ね」


「だろう?」


「……その白の方、貰おうかしら」


「え? いや、毒殺するなら黒の方だろう」


「ううん、きっと白の方がいいわ。だって——」

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