第四章――襲撃⑤――

 これから起こることを声をあげずに最後まで見ていれば、助けてやろうと言った。

 お前も小娘も助けてやろうと言った。

 

 天王様と祈ったのは誰だっただろう。

 助けてと叫んだのは誰だっただろう。

 許してと懇願したのは、冷たい骸になったのは誰だったのだろう?


 知らない。

 見たくもない。

 

 でも、黒い皮の外套を身に纏い房飾りのついた帽子を被った、あのけだものたちのことを覚えている。


 人の姿を真似たけだものたちが人間のように剣を振るって、斬りつけてきたことを覚えている。

 けだものたちが次から次へと姉に覆いかぶさったのを覚えている。

 姉がぼろきれのようになっていく様を、しっかりと見るように笑った。

 あの笑い声を覚えている。


 走れと兄が叫んだことを覚えている。

 父の雄叫びを、母の悲鳴を覚えている。

 ところどころで悲鳴があがっていたのを覚えている。

 

 二人で走って、転んで、姉が足にけがをしていると気づいた。

 流れる血を見て、おそろしくて情けなくて泣いてしまった。

 すると姉は、首に下げていた物を渡して気丈に笑ってみせたのだ。

 

 ――二手に分かれて、ばらばらに走るの。


 涙をたたえ宝石のように潤んだ、あの紫の瞳を覚えている。


 ――大事な物だから、ちゃんとあとで返すのよ。

 ほら、ね?

 約束したからもう大丈夫。

 わたしたちは逃げ切れる。

 とうさまもかあさまも、ヴィーダルだって大丈夫。

 約束を交わした者を、天王様が引き裂くはずないわ。

 きっと助けが来るはずよ。

 それまで走るの。

 天王様の息吹のあらんことを。

 ね?

 これでもう大丈夫。

 だから走ってね――


 走って。

 走って走って。

 無我夢中で走って。

 走って走って走って。

 たった一人で走り続けた。

 悲鳴が聞こえて足が止まる。

 たまらず引き返してしまった。

 何もかもが悪い夢のようだった。

 懇願も叫びも祈りも覚えている。

 炎と、血の匂いを覚えている。

 叫んだことを、覚えている。

 けだものの笑い声を覚えている。

 けだものの姿を覚えている。

 悲鳴を覚えている。

 助けは来ない。

 神はいない。

 どこにも。


 ……金の髪が花のように散って、紫の瞳が濁っていくのを見た。

 絶望しながら殺されたことを覚えている。

 

 今度はお前たちの番だ。

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チェスガルテン創世記 ノミ丸 @nomimaru

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