筆の余熱
eLe(エル)
第1話
大学の漫画サークルに入って俺は後悔した。
高校の同級生だった
てっきり日陰でコソコソとノートの端っこに絵を描いてる面子ばっかりが集まって、
「あ、ども」
なんて会話ばっかりかと思いきや、招待されるなりスタンプの嵐。
『おはー!よろよろ♪』
『あれでしょ、千葉君の同級のイケメン君でしょ?』
『それね!あ、私マユミ。マユでいいよー♪ 今流行の草食系なんだっけ?』
一瞬で通知が二十件を超えると、目眩がした。と、最後に千葉からのメッセージ。
『あぁいやいや、こいつガチの陰キャラで童貞だからw あんまりいじめてやんなよー?』
相変わらず、人を馬鹿にしたような文章。コイツはこういう態度しか取れない。
はぁ、と溜息をついてキャンパスの空き部屋でタブレットを広げる。どうせコイツらはお遊びサークルくらいにしか思ってないんだろ。そう思っていた。
『そういや皆、ピクシブのコンテストには出すん?』
知らない男子がまたメッセージを送った。あぁ、コンテスト。そういえばもう直始まるっけ。その流れで皆、出す出す!実はもう作ったんだよね、と次々流れてくる。
まあ、大学生が集まって一致団結して、身内贔屓で盛り上がることあるしな。俺は冷めた目で流れてくる画像を見ながら絵の続きを描いていた。
が、すぐにペンが止まってしまう。
『えー! めっちゃいいじゃんその絵! あれでしょ、最近のソシャゲのキャラ!』
『そうそう! でもマユだって超かっこいいそのキャラ。構図とかガチ凝りすぎw』
それは、皆かなり上手いレベルだった。いや、アマチュアに毛が生えた程度だろうけれど。たまたま上手く行った絵を見せびらかしてるだけだろうけど。
そう思って手元の作成途中の絵を見て、思わずスリープにした。その時。
「あれ、ステラじゃん。大学で会うの久しぶりだな♪」
そこに現れたのは千葉だった。全身ブランド服に身を固めて、もうじき就活だっていうのに髪は金色に近い茶髪。どう見てもおちゃらけ大学生だってのに、実はプロの絵師。色んなラノベやソシャゲにコイツのイラストが提供されているのを、今日まで何千回、何万回と自慢されてきた。
あのふざけたLINEグループも、確かに千葉が集めたのなら納得だった。就職先も色んな事務所やら会社がラブコールを送っているらしい。
「……あのグループ、後で抜けとくから適当に言っといて」
「え? おい、なんでだよ」
「別に。合わないって思っただけ」
「ふぅん。あ、もしかしてあれだろ? 結構皆上手いから劣等感感じちゃったとか?」
バッグを持ってその場から逃げようとしたが、千葉の言葉で振り返る。思わず睨みつけてしまうと、千葉は嬉しそうな顔をして肩を組んできた。
「おいおい、図星かよ! ステラ先生は相変わらず頭が固いってか、すーぐ周りと比較しちゃうもんなぁ?」
「違う。あいつらの絵なんてどうでもよかった」
「本当かぁ? 高校の時は俺の方が下手だったのに、今じゃ雲泥の差。ま、学生だし? 趣味でやんのもいいよなぁ?」
その言葉に、何も返せなかった。ほとんど無視するように千葉の腕を押し除けて。
「なら落ちこぼれに話しかけてないで、さっさと商業に行けよ」
「俺知ってるぜ、ステラ。お前シブの垢、消したろ?」
「……だからなんだよ」
そのまま無視して、早足で千葉を撒いた。
ステラステラと呼ぶのは、高校の頃からコイツが勝手につけた渾名。あの頃、一緒に絵描きを始めた。最初はお互い落書きみたいなレベルで、お気に入りのアニメキャラを書くのに必死だった。
pixivでも俺の方が圧倒的に評価されて、アイツはおまけ。負けず嫌いなあいつはいつも噛み付いてきた。遅くまで一緒に書いたり、同人誌もどきを徹夜で作ってみたり。
けれど、俺はいつの間にか評価がされなくなっていった。理由は分からない。俺の方がいい絵を書くだろ。なんでこいつらが評価されてるんだよ、って。
それから俺は、俺につけた評価より高い評価をつけた奴をブロックした。俺よりベタ褒めされた奴も、俺と似た構図で描いてる奴も、皆。それがコンプレックスだって分かってても、描き続けるにはそうするしかなかった。
『ステラ、初めてお前に勝ったぜ』
『え……』
高三の夏。あいつが初めて俺よりいいねをもらっていた。わざわざ俺が1ヶ月前に描いた同じキャラを描いて。得意げに画面を見せてくるアイツに苛立って、俺はスマホごと手を振り払った。
『あ、おいお前何すんだよ!』
『……人の作品パクって楽しいかよ』
『は? お前、それ本気で言ってんのかよ』
それ以来疎遠になって、かと言って千葉からは時折話しかけてきた。気づけば同じ大学に入っていて、たまに顔を合わせる。その度に、これまでの復讐なのか、わざとらしい程絡んできていた。
大学に入っても燻っている俺と、気づけば金になる絵を描けている千葉。顔を見るなり、お前の絵にアドバイスしてやろうかだとか、知り合いに頼んで使ってもらえるように口利きしてやろうか、もちろん金は付かないけど。なんて、侮辱してるとしか思えない。まあそりゃ、高校の時あんな態度取ったんだから当たり前といえば当たり前なのかもしれない。そう考えるともう、千葉と顔を合わせるのも苦痛でしかなくて。
だから俺はその流れで大学を辞めた。
*
大学を卒業して三年。俺はデザイン事務所に入りながら大学の時のコネで仕事を回してた。
流石に仕事が立て込んでキャパオーバーだ。たまにはパーっと飲んでガス抜きしないとな。
ふと思い出して、大学の時によく行っていたバーに立ち寄った。可愛い子でもいりゃ、口説いて持ち帰るのもいい。
「……ん? おいおい、マジかよ」
なんて思ってたら、ちょうどいい子発見。なんだよ、女の子よりいいのがいるじゃん。
「よぉ、ステラ。奇遇だな? えぇ? 三年、四年ぶりくらいか?」
「……千葉か」
「あぁそうだ、売れっ子絵師千葉様だよ。んで、お前はどうだ? 大学までやめやがって、逃げの名手はとことん逃げ足が早いようで」
と、いつも通りのご挨拶。こんな分かりやすい挑発でも、こいつはすぐに不快感を顔に出すんだよなぁ。本人は顔に出やすいっての分かってないんだろうけど。
が、今日はどういうわけかポーカーフェイスのまま。おいおい、なんだよ。つまんないだろ? てかどういうわけ、一人で寂しそうにこんな所で飲んじゃってさ。振られたのかな? 上司に怒られたのかな? それとも、またイラスト落選しちゃったとか?
「うるさい、千葉」
「あれ、声に出てた?」
「誰かと来てるんじゃないのかよ」
「そうなの、生憎俺お一人様。お持ち帰りしてくれる人捜しに来たの。最近溜まっててぇ」
なんて、クネクネしながら酒を呷る。依然無視。ったく、いったいコイツはどうしたんだ。
「で、絵は?」
「絵?」
「イラストだろ。別垢とかで活動してんじゃねぇの」
「辞めた」
「……は?」
「とっくにやめたよ、あんなの。金にもならないし」
「お、お前、つまんねぇええ……え、ちょ、マジ? いや、いやいや、ステラが絵描くの辞めたら、マジでただの童貞なんですけど。去勢されたシマウマ? アルパカ? 勘弁してよちょっと」
いつもならグラスを叩きつけて黙って帰るところだ。なのにこいつはまだ動揺する素振りもない。なんか、段々イラついてきた。
「……なぁ、お前マジで情けないと思わないの? あんだけ打ち込んでたことやめるとか、男じゃないだろ。チンチンついてますかって。ペンタブと一緒に捨てたか?」
「……お前こそ、楽しいか? 絵描き」
「あ? んなの、楽しいばっかりじゃねぇよ。どうでもいいクソみたいな受注もあるし、前みたいに好き勝手描けた方が良かったね。でもまあ、金になるんだからいいだろ」
「……ふっ」
「……んだよ、さっきから悟ったみたいによ。気にいらねぇんだよなぁ、ステラごときが。俺に負けたからってガキみたいにいじけてドロップアウトした奴が、スカしてんじゃねぇよ。気分悪ぃ」
もうコイツは終わったんだな。絞りカス。どこで躓いたのか知らないが、あの頃追いかけてた絵師のアイツはもう。
「……テラ427」
「……あ?」
「4月27日は俺の誕生日」
想定していない言葉に、変な汗が出る。
「お、おう。それがなんだよ」
「惚けんなよ。お前のサブ垢だろ?」
「あ?」
なんでこいつがそれを知ってんだよ。誰にも言ってない、作画だって変えて作ってんだ。だってそのアカウントは。
「このアカウント、BLしか描かないんだよね。それもR18」
「……」
「いつも萌え絵を得意としてる千葉先生にしちゃ、不思議だ」
「う、うるせぇ……っていや、それが俺だって証拠あんのか? どうみたって違いすぎるだろ、作画」
「……この線の書き方は、千葉だよ」
スマホから絵を表示して、ステラは見せてくる。じっと俺のイラストを指差しながら、囁くような声に震えが止まらなかった。紛れもなく俺のサブ垢のイラストだ。けど、そんな、俺のファンだって気づいてないんだぞ。まとめサイトなんかチェックしてても、そんな噂一切ない。
「き、気持ち悪ぃんだけど」
「……絵をやめて分かった。やっぱりその辺のイラストレーターより、千葉の方が上手いって」
おい、やめろ。背中がくすぐられていく感覚に、思わず声を出して震える。鳥肌が立って、ステラが得体の知れないものに見えてくる。お前、そんなこと、一度だって言ったことないだろ。
「ス、ストーカーじゃねぇか!」
「そうだけど?」
なんだ、なんなんだよ今日のコイツは。妙に距離も近いし、おかしくなったんじゃねぇのか。
「……千葉もでしょ? 偶然の振りして、ここ通ってた癖に」
その言葉に、目を逸らす。一々コイツの仕草が目について、思わず追加の酒を一気に呷る。もう一杯追加のショットを注文して。
「今だから分かるよ。構って欲しかったんでしょ、千葉。そんで、俺に絵描きとして復活して欲しかった、って」
「……知るか」
「でも俺は絵は描かない。好きに生きてくって決めた。ただ、一個心残りがあったんだよ」
「心残りだ?」
「お前だよ、千葉。散々俺のこと抉ってくれたよな。だから、お詫びしてもらいたくて」
そう言ってコイツは指を立てて俺の胸元を何度か突いてくる。あの頃見せたことがない、不敵な笑みで。
「……このこと、バラされたくないだろ? 男性ファンだって多い千葉先生には痛手だよな」
「……何が言いたいんだよ」
ステラはペンを持つ仕草を見せて、笑った。
「徹夜、得意だろ?」
そう言われて、胸に支えるような熱を感じた。俺は別に、ステラにそんなことを求めてたわけじゃないってのに。
ただ俺は、もう一度お前と一緒に絵を描けたら。
「それに、溜まってるんだったよな」
あぁ、そうか。もうそれは叶わないんだよな。ステラの笑った顔は、高校の時に見せた笑顔じゃなかった。
『俺たち、天才だな!』
『やってやろうぜ、二人で!』
『おい、寝るなよ千葉!』
『千葉、そこの線もっと濃く描いた方がいいだろ』
「……あぁ」
心中とは別に、ステラの挑発的な目のせいで疼く。
俺は黙って頷いて、残った一口を幻聴ごと飲み干した。
*
筆の余熱 eLe(エル) @gray_trans
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