或る双子の話 それから

ねえ君、そう、君だよ君。ちょっとで良いから、僕の話を聞いてくれないかい?


すまないな、突然呼び止めてしまって。


良いんですよ、だって?・・・ありがとう。誰かに聞いて欲しくて、な。




さて。


じゃあ、今より、少しだけ昔の話をしよう。


とある山奥の村に、あるとき双子の姉妹が生まれたんだ。


名前を、みゆきちゃん、ゆきみちゃんと言ってね。


二人とも、白雪の肌にぬばたまの髪、大きな黒曜石の瞳、なめらかに通った鼻筋、玉を刻んだように繊細な肢体をしていて、対をなすビスクドールのように美しく、そっくりだったと聞いているよ。


人間か、だって?もちろん人間さ、怪我をすれば赤い血を流し、夜に眠り、お天道様の膝下で遊んでいたのだから。


ま、その神がかった美しさから、村の皆に敬遠されていたのだが。


そんな二人は何をするときも一緒にやっていた。


初めてなにかをするときは、二人で相談してから決めた。


着るものや髪型、話し方、部屋、寝る場所、お風呂、趣味。


全部同じだった。


同じにしていた。


姉妹は二人でひとつでなくてはならなかったから。


姉妹は鏡写しでなくてはならなかったから。








あぁ、ひとつ言っておかなきゃいけないことがあったね。


実は、姉妹の生まれた村には、双子に関するきまりごとがあってな。


一、村に双子が生まれたならば、親元から引き離し、村の皆で面倒を見ること。


一、双子は鏡写しのごとく育てること。


一、双子の片割れが旅立てば、残された方は片割れの身体を喰らうこと。


一、何人たりともこれを妨げてはならない。


一、儀式を妨げた、あるいは妨げになると判断された者は、即刻縛首しばりくびか、一生村に尽くすかを選ぶべし。


一、喰らい終わった片割れは巫覡ふげきと成る。


一、巫覡ふげきは村の同世代の異性と婚姻し、子孫を残す義務を負う。


一、巫覡ふげきの一の子は・・・



・・・なんて調子で、全部で50項目もあるそうだ。


結局、一番大事なのは、姉妹がこの村で双子として生まれたこと。


そして、第3項目の””という項目を、実行したということだろうな。






きまりごとがあるがゆえに親元から引き離され、甘えられるのが互いしかいないという状況は、段々と姉妹の家族愛を歪めていってしまったんだ。


そして狂いきった姉妹は、村にそんなきまりごとがあることなどつゆ知らず、約束を







永遠に傍に居ることを、


死神になど、二人を分かたせはしないことを、


どちらかが先に逝ってしまっても、残された方の血肉となることを。







月明かりの射し込む祈りの場で、互いだけを見つめて、互いのみを欲した。


祈りのようで、誓いのようで、鎖のようで、絆のような、ただ歪な




そう、約束、んだ。


大人たちの、思惑通りに。






約束の次の日のことだ。


ゆきみちゃんが、木から落ちて死んだ。


地面に叩きつけられた少女の身体からは、緋色の液体が広がった。


その身体を抱き寄せたみゆきちゃんを、じわじわ、じわじわと、赤より紅く染め上げた。


染められてしまったみゆきちゃんは、ゆきみちゃんを抱きしめたまま、日が暮れるまでずっと動かなかった。


月明かりが射してきた頃、みゆきちゃんは周りがすっかり暗くなっているのに気がついて、慌ててゆきみちゃんを抱えて帰った。


そして、家にある中で一番大きな鍋を出してきて、ボルシチみたいな、紅いスープを作った。


ゆきみちゃんを、ことこと、ことこと、ゆっくり、じっくり煮込んで、食べきった。





とてもおいしかったんだ、そのスープは。


とても。





残った骨はきれいに乾燥させて、砕いて食べたり、飾ったり、ネックレスを作ったりしたんだ。


ああ、このペンダントトップもそうだな。


綺麗だし、触り心地も良いんだ。


どこの骨だったろうか・・・そうだ、これは手根骨だったな。


どの骨かわからないって?・・・ふむ、場所で言えば、手のひらから手首、ってところだ。


雑学のようなものだから、聞き流してくれていい。





ま、そうして一人で遊んでいると、村の大人が、男の子をたくさん連れてきたんだ。


私は、ゆきみちゃんと一緒になったから、巫覡ふげきになったそうだ。


男の子は誰でも選んでいいよ、と言われたから、適当に言っておいたんだ。


そうしたら、次の日から、その男の子がしょっちゅう来てくれるようになった。


そりゃあ最初は、お互いに距離感を測りかねたものだった。


けどね。


たくさん話をしたさ。


たくさんのことを一緒にやった。


そして成人するとき、彼から結婚を申し込まれた。


その頃には私も彼のことが好きになっていたから、私たちは祝言をあげた。


子供が生まれて、育って、家を出て、また二人に戻って、彼が死んだ頃、私は病に倒れてしまった。


がんだった。


もう手の施しようがないほどになっていたらしく、私は自宅療養を選択した。


子供たちや孫が代わる代わる見舞いに来てくれるのはありがたかったけれど、ゆきみちゃんや村のことを知られるわけにはいかなかった。


でも、やっぱり。


最後に、一人くらいは。


親戚に言わぬように戒めて教えれば、その情報を求める人が現れた時に、繋いでくれるかもしれない。


だから私は、一人の孫に、私の幼少期の話を教えた。


もちろん、言葉は易しく、微に入り細を穿つことのないように、幼子の心を折らぬように、細心の注意を払った。


もう、思い遺すことはない。


あぁ、呼吸が辛くなってきた。


やっと、ゆきみちゃんと同じところにいける。


会いに、逝ける。


–これからはまたお話できるね、みゆきちゃん!


うん、会いたかった、ゆきみちゃん・・・!!


おやすみ、子孫たち、限りある生よ。


おはよう、ゆきみちゃん、永遠の死よ。




ーーーそうして、私たちは永遠を手に入れた。


私たち双子の巫覡ふげきは、真に神の御使いとして、永久を生きることになったんだ。


御使いとは何なのかって?





教えてあげるよ。






我らの封ぜられた御使いとは、冥府に住まう我らが女神、国産みの伊弉冉いざなみ様の名代にして、魂の回収者。



人口に膾炙かいしゃした呼び方をするのならば、


さ。

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或る双子の話 時雨飴 @sigure_rain_

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