叫び

 鼻歌が近づいてくる。


 知っているメロディーだ。

 「異星戦団アリエンジャー」のロボット戦パートの挿入歌、「爆誕ばくたん!アリエカイザー」。

 聴くのはどれくらいぶりだろう。

 私のかつての持ち主が私をウルティマンの怪獣と戦わせて遊ぶ時、舌足らずの聴いたまま歌いでよく口ずさんでいた。

 私に涙を流すギミックはないが、あったらスイッチ操作なしに泣いてしまっていたかもしれない。

 アリエンジャーを、アリエカイザーを、私を、その戦いを憶えてくれている人間がまだいたのだ。

 私はビニールの中だから外の様子は分からないが、彼はゴソゴソと何かを取り出して次々とデスクの上に広げ、作業の準備をしているようだった。


 なんだ。なんの準備だ。なんの作業だ。


「さあて」

 準備が終わったようで、独り言の多い男はついに私をビニールから取り出した。


 私はデスクの上にあるそれを見て驚愕した。


 私だ。

 正確には、もう一体、私とは別の、DXデラックス超合金アリエカイザーだ。

 私と違いもう一人の私はほぼ新品の状態で、今箱から出したばかりのように光り輝いている。いや、実際に彼の後ろには箱もある。梱包用の内箱も。

 ただ、もう一人の私は気の毒なことに右腕だけが折れていて、肘から先が失われていた。

 机の上には他に工具箱と、金属の浅い皿、各種のドライバー、接着剤……。

 男はビニールから取り出した私をデスクの真ん中にドン置き、私の真上にポジションフリーのデスクライトを持ってきて電源を入れた。まばゆ白色はくしょくの光が私を強く照らした。


 男は椅子に座ると細めのプラスドライバーを手にした。


 パーツ取り!!!


 まさか! 

 そんな! やめてくれ!

 なんてことだ!

 男は私を、パーツ取りのためのジャンク品として買ったのだ!


 玩具おもちゃとして扱われるなら、例えそれが不遇であっても甘んじて受け入れることはできる。

 だが、男がやろうとしていることは私の解体、私の剥奪はくだつ、私が私であることへの破壊だった。

 私は玩具おもちゃであることも、アリエカイザーであることも、私であることも許されず、バラバラのパーツクズとして捨てられるのか。それが私の、私という存在の消え方なのか。


 洗いざらしの黒いTシャツに着替えた男の、短い爪の手が私を掴んだ。私にはそれが、ひどくゆっくりと、スローモーションのように感じられた。眼鏡のレンズがライトを反射して白く輝く。

 プラスドライバーが私の背中のネジ穴に挿入され、その切っ先がヒタリ、とボディを固定しているネジに当てがわれた。


 いやだ!!!


 私はもがこうとしたが、勿論もちろん体を動かせるようなことはない。だが、そうと分かっていても私は必死に身をよじろうとした。私が私であることにしがみつこうとした。


 いやだ!!!

 私を私でいさせてくれ!!!

 私から私を奪わないでくれ!!!

 私は! 私は!!!


!!!』


「えっ」


 私の胸に火花が走った。瞳の電飾が一度だけ光を放った。鳴らないはずのスピーカーが高らかに私の名前を宣言した。切れたはずの電池、剥がれたはずのハンダの接点、機能を失ったはずのスピーカー、光らないはずのLED球が、ほんの一回、ほんの一瞬、起こるはずのない奇跡を起こした。


 だが、それだけだった。

 私はもう精も根も尽き果てて、意識は段々と薄れてゆく。残酷な結末に納得しているわけではないが、最期に名前を名乗れたのは痛快だった。思わず手を止めた男の驚いた様子も滑稽こっけいで、私はもうこの男を憎む気持ちにもなれなかった。


「お前……まだ動くのかよ」


 男は私の背中の音声スイッチを何度か押したが、やはり音声は鳴らない。

 男はを作り、私ともう一人の私を見比べて、「あー、もう!」と苛立いらだちをあらわにした。


「鳴るの聞いちゃったら捨てらんねーじゃん」


 私の新しい持ち主は、私の背中の電池ボックスから古い電池を取り出し、新しい電池を入れて動作を確認した。


 それでも鳴らないのを確かめた彼は再び私を分解し始めたが、それはもう彼が当初に予定していた、パーツ取りのためではなかった。


─── 了 ───

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火花 木船田ヒロマル @hiromaru712

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