冥土まで何里ありや

「ただいま〜」

 その挨拶あいさつに返事をする者はなかった。


 帰宅した男は奥の部屋まで進み店のビニールに入ったままの私をデスクの上に放置すると、玄関の方へ戻って行った。ここからシャワーの音が聞こえる所からかんがみて間取りはそう広くない。

 しばらくあってからタイプの違うドアの音が二回。ドライヤーの音。冷蔵庫がいて間隔の短い電子音が複数回、液体を容器に注ぐ音。小さく聞こえた高音はガラスに氷が当たる音か。


「いただきます」

 帰宅して入浴、少し早めの夕飯、といった流れのようだ。


 何か、恐らく小さな端末からの人の声や効果音、音楽などが途切れ途切れに聞こえる。小型のテレビだろうか。

 男が食事をしている間、私は自分の行く末を想像していた。

 少額とはいえ対価を払って持ち帰ったのだから、このまま捨てるわけではないだろう。

 この手の人種が玩具おもちゃをどう扱うのか正確に予想するだけの情報を私は持たないが、少なくとも同居する子供の為のお土産みやげなどではなさそうだ。

 また箱に入れられて長い時を過ごすのか、他の古い玩具おもちゃとして棚の景色の一部となるのか。他のマニアに更に売却されたりするのか。


 「ごちそうさまでした」


 男がまたバスルームの方へ移動した気配がした。

 歯磨き、うがい、水道の音。


 今思えばこの時私は、そうと自覚しないまま、死刑台の階段を一段一段登っていたのだった。

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