禍福、縄をあざなう

 男は眼鏡を掛けた中肉中背ちゅうにくちゅうぜいの中年だった。


 やれたデニムパンツに麻のシャツ。ひどく世間ずれしてはいないが、決してお洒落しゃれでもない。髪も切って分けてはいるがそれだけで、高校生がそのまま歳をとったような、最低限の社会性だけ整えたといった風体ふうていだった。


 男は眠そうな目で私を舐めるように観察してから、私の腕を動かして具合を確かめ、足の裏の製造表記を確認し、とうの昔に機能しなくなった背中のサウンドスイッチを何度か押して「ふむっ」と鼻を鳴らした。


 マニアか……。

 私は複雑だった。玩具おもちゃが持ち主をえり好みしてはいけない。勿論もちろんそれはそうだ。だがやはり偏狭へんきょうなマニアの押し入れで死蔵しぞうされたり無数のコレクションの一つとしてほこりを被ってしまうよりは、小さい子供にその憧れや空想を載せて遊んで貰いたい。それは玩具おもちゃとしての素朴な願いだ。


 だがそんな願いとは裏腹に、男は私の購入を決断したようだった。


 視界の端に長年連れ添ったメックキングが見えたが、彼はいつもと全く変わらぬ仏頂面ぶっちょうづら虚空こくうにらんでいるだけで、特に寂寥せきりょうの念を示すようなことはなく、そんな彼の様子が私にとっては寂しかった。

 もっとも彼からしたら自分は墓標なき墓地に残るのに私は新しい持ち主の元に旅立つわけで、彼の方こそ私に対して複雑さを抱えていたのかも知れない。


 しかし安値で叩き売りされた私を待っていたのは、安穏あんのんな墓地での繰り返しの日々よりも更に厳しい現実だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る