悪魔に売ったモノ

赤月 朔夜

悪魔に売ったモノ

 いつまでも終わらないように感じられた魔物の襲撃が止んだ。


 自身も傷を負い満身創痍になった男は警戒を解かないまま周囲を見回す。

 地面には多数の魔物の亡骸が転がっていて動いているものはない。


 それを確認した男は剣を地面に差し膝を付いた。


 周辺の魔物を倒した男も浅くない傷を受けてしまっていた。

 今すぐに治療を受けられたとしても長くは生きられないだろう。


 それは男も感じていた。


 乱れた呼吸を整えた男は剣を鞘に戻し、近くの木に寄りかかって腰を下ろした。


(もうちょい若かったら明日の太陽を拝めたかもな)


 男は今年で45歳となった。

 歳は取りたくないもんだと思いながら懐からマッチと煙草を取り出す。


(まぁでも、この歳でここまでできりゃ上出来だろ)


 咥えた煙草に火を点け煙を味わいながらゆっくりと吐き出す。


 随分前に仕事で一緒になった男も死ぬ前には煙草を吸いたいと言っていたが、それができただけ自分は恵まれた死なのだろう。


 生きられるものなら生きたい。


 顔を覗かせた願望に男は蓋をした。


 段々と瞼が重くなり意識が遠くなり始める。

 そろそろかと男は煙草の火を消す。


 そして男は目を閉じた。




 懐かしい夢を見た。

 もう3年前のことで男は森でボロボロの少女を拾った。

 黒髪に黒目で10歳の少女は整った容姿をしていた。しかし着ている服はボロボロで体には細かな傷があった。


 黒というのは忌避される色だ。


 世界には悪魔と呼ばれる人ならざる者が存在しているという。悪魔はその強大な力で人間の望みを叶えその対価に人間の魂を要求する。

 魂を奪われた者は悪魔の下僕となり己の全てを悪魔に掌握される。魂を食らった悪魔はさらなる力を手に入れる。食われた魂は永遠の苦しみを味わう。

 そんな話がある。


 そして悪魔は黒髪に黒い目だと言われている。


 その色を身に宿した少女が置かれた環境は容易に想像できた。

 男はその手の与太話を信じていなかった。


 話を聞けば幸いにも少女は親とはぐれただけで親の居場所にも心当たりがあった。

 男は少女を送り届けることにした。


 人々に差別されてきたためか最初は男に対しても怯えた態度を取っていたが、一緒に旅をしているうちに段々と男に心を開くようになった。


「私が大きくなったら結婚してくれる?」

「あぁ、大きくなった時も俺のことを好きでいてくれるならな」


 そんな約束もした。


 少女に言われた場所までやってくると1軒の家があった。


 男は少女の両親と少女からお礼をされ持てなされた。数日を過ごし男は家を離れた。


 少女に黙って離れたため恨まれただろうなと男は苦笑いをする。




 意識の浮上を感じて男は目を覚ました。

 心地よいベッドの上に寝かせられており白くて広い天井が見えた

 どれくらい眠っていたのか体の痛みは全くない。


 しかも左手を誰かの両手で包み込まれていた。その手はほっそりとしていてとても柔らかい。

 この手の持ち主が助けてくれたのだろうかと男は手の持ち主へと顔を向けた。


 そこには長い黒髪に黒い目をした絶世の美女が居た。


「良かった。目が覚めた……っ!」


 その美女は涙を流していた。


「……レイシアか?」


 言った後に男は何を馬鹿なと思った。

 男の知るレイシアは13歳になったはずだ。黒髪と黒い目は同じだが彼女はどう見ても20代である。


「そうです。覚えていてくれたんですね」


 しかし彼女は男の問いに肯定を返した。


「聞いといてあれだが、俺の知るレイシアはもっとちんちくりんだったぞ」

「成長したんです」

「んなアホな」

「今ここで『冒険者ジャックの冒険』を話せば信じてくれますか?」


 『冒険者ジャックの冒険』とは眠ることが怖いと言ったレイシアに話して聞かせた男の創作おとぎ話だった。

 さすがに男も驚いたように彼女を見た。


「それから話さないといけないことがあるんです」


 彼女は鏡を男に向けた。


 鏡に映った男は20代後半ほどの年齢に見えた。

 目が覚める前の男の年齢は45歳だ。


「おい待てどういうことだ。老けるならまだしも何で若くなってる」


 動揺しながら尋ねる男に対して彼女の口から語られたことは衝撃的なものだった。




 レイシアの正体は悪魔で家族とひっそり過ごしていたが災害に巻き込まれて家族とはぐれてしまった。恩を返すために力の使い方を学んでから男を探したが、男はすでに息絶えていた。

 だから力を使って男を生き返らせたものの、副次的な効果で若返ってしまったという。


「……そんなことをしてレイシアは大丈夫なのか?」


 死んだ者を蘇らせるなんておとぎ話の中でしか聞かない話だ。

 そんな大それたことをして何の代償もないなど男には考えられなかった。


「大丈夫です」


 レイシアは嬉しそうに微笑んだ。


 さすがの悪魔でも死んだ者を蘇らせることは難しい。しかもレイシアは悪魔としてまだまだ若い。だから自身の魂の半分を男に与えることで生き返らせた。


 1人で生きるよりも寿命が半分になっても男と共に生きることを選んだのだ。


 彼らがこれからどう生きるかはそれこそ悪魔にも分からない。

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悪魔に売ったモノ 赤月 朔夜 @tukiyogarasu

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