つ、つーーーーぎゃワンッ!

副音声:ちゃらりーん♪ちゃらッちゃらッちゃらッちゃらッちゃッちゃッちゃッ♪




【第⑳わん! ポチ、策士になり切れないばかりか策に溺れるの巻】



『吾輩の名はポチではない。だが、吾輩が幾ら懇切丁寧に説明した所で、吾輩の言葉を理解出来ぬ人間達は吾輩の事を“ポチ”と呼ぶ』

『しかし、吾輩の名が“ポチ”であろうとなかろうと、吾輩が美味い食事にあり付けられるのであれば、些細な事だ』

『——拠って吾輩は、少しばかり策を講じる事にした』



 ポチはたまに庭に追い出される事もあったが、基本的には家犬いえいぬとしての地位を確立した。だが、家の中にいればこそ、ポチの鼻孔をくすぐる美味しそうな匂いに拠って、ポチは腹減りを必死に耐えなければならない事が多くなったとも言える。

 そして、恋太郎を始めとするこの家の家人達は、ポチの食い意地の悪さを知ればこそ、ポチの実力では決して食べ物を隠すようにしたのだ。


 しかしポチはその身軽さで、足さえ付いてしまえば高いだけの場所は苦にもならない。一時期は横に増えた体型だったが、一念発起した後のポチは美味い食べ物を食べる為に、ぐーたら生活からは足を洗い、体型維持には余念がない。

 結果、家人とポチとの知恵比べは、まるでだったとも言い換えられる。

 だが、その度に姉からの風当たりは強くなっていったのだった——



「おい、ポチ!どうしたんだよッ!」


「恋太郎?何を騒いでるの?」


「姉ちゃん、ポチの右目が開いて無いんだ……。なんかの病気かな?」


ポチバカ犬の右目?あぁ、そう言えばそうね。開いてないわね。気になるなら、父さんに言って、動物病院に連れて行ってもらえば?」


 ポチの講じた策その一。片目を閉じたままにする。こうする事で、普段ポチの顔を見慣れた恋太郎は不安になり、その不安は姉にも伝播し、姉の吾輩に対する態度は軟化するハズだ……と言う、安直な思考によるモノである。

 そうなれば、姉はポチに気を許し、優しく接するようになるだろう……と。その結果、最終的にポチは、美味い飯にあり付けると考えたのだ。

 そもそもそんな考えに至る以前に、「食い意地の悪さをなんとかすればいいのではないか?」と言うツッコミがあると思われるが、そんな事は食欲の化身とも言えるポチには通用しない。




「オヤジ!ポチの右目が開いてないんだけど、病気かな?」


「ポチの右目?いや、ちゃんと開いてたぞ?」


「ほら、オヤジ見てみろって!ポチの右目が開いてないだろ?」


『何故に吾輩の顔を“ガッ”と掴んで、“グリッ”と首を回そうとするのだッ!家主の方を見ろと言われれば、見てやらん事もないと言うのにッ!』


 ポチの首を強引に真後ろに向けようとする恋太郎の強引さに、ポチは必死に抵抗した。そして頭を掴む力が強くなればなるほどに抵抗力も増していくのは道理と言える。結果……。



「恋太郎、お前にもそのうち分かるだろうよ。だから、気にするな」


「ポチが病気じゃないなら、いいんだけどさ……」


 斯くしてポチの事が気掛かりな恋太郎は、事あるごとにポチに対して視線を投げていた。姉は「ポチバカ犬の事だから……」と訝しんでいたが、見る度に目が開けられている様子が無いので、徐々に心配になっていった。


 そしてこの状況は、三日程続いた訳だが、業を煮やした恋太郎の行動に拠って急速に打開される事になるのである。



「ただいま〜。ポチ、今日はいいモンを買って来てやったぞッ!」


ぴくッ

『ぬっ?いや、待つのだ吾輩よ。恋太郎の周囲からは何も匂いがしない。これは即ち、食物しょくもつではない可能性がある。吾輩は食物以外のモノに釣られる程、安くはないッ!』


「なんだ?ポチ、要らないのか?せっかく美味しいモノを買って来てやったのに……」


『トラップだな。トラップに違いない。いや、トラップでしかあるまいッ!』


ことッ

「高級犬缶だぞッ!どうだ、この缶詰めが目に入らぬかぁッ!」


 恋太郎がバッグから出したのは缶詰めであり、ポチはその存在を知らない。ポチとして生まれ変わってから今までに見た記憶も無く、千勝の覇者ウォーロードの世界にはそもそも在りもしない品物である。

 そして、「目に入らぬか」と言われたところで、片目は閉じられているし勿論開いている左目にも入る訳は無い。



「なんだ……興味無いのか?それなら開ければ少しは……」

ぷしゅッ


くんッ

ぱあぁぁぁぁぁぁッ

『なッ!?あの無臭だったカラフルな絵の書かれた金属の塊っポイものから、なんと芳醇で濃厚な肉の匂い……がッ!?』

ぱちッ


 それはポチにとって衝撃的な匂いに間違いは無かった。今は昔に少しだけ囓らせてもらった、あの忘れもしないステーキ肉のような芳しい香り。嗅げば嗅ぐほどに口の中にはヨダレが溢れ、口を閉じても滴る程と言っても過言では無かった。

 しかしその一方で、ポチはその誘惑に負け、自らが考え出した“策”の存在すら忘れてしまっていたのである。



「あっ!ポチの目が開いた?」


『はっ!?イカンイカン!吾輩の今後の為にも、片目は……片目だけはッ』

きゅッ


がしッ!

「ポチッ!今、目を開けていたよな?なんでそっぽ向くんだ?こっちをちゃんと見ろ!」


『な、なんでもないぞ!吾輩に疚しい気持ちなど何一つ無いッ!だから、吾輩の頭を掴んで無理やり回そうとするなッ!』


 紆余曲折の末、ポチの策は瓦解した。しかしその反面、ポチは高級犬缶を無事にゲットし、その濃厚且つ、薫り高いその味わいに舌鼓を打っていた。

 が、話しはまだ終わらないのである。



「ただいまー。あー、今日も疲れたぁ。恋太郎、何かおやつある?」


「姉ちゃんお帰りー。今日はポチのおやつしか買って来なかったから、何も無いよー。うりゃッ!よしッ!そこだぁッ!うわぁ、また負けたぁ……」


ポチバカ犬のおやつ?」


「そこで、目を見開いてガッツいているだろ?」


 ポチは姉が帰って来た事に気付きもせず、高級犬缶の中身を食べ終わると、中身を移した皿をこれでもかと舐めちぎっていた。

 姉はその光景に少しだけ“クスッ”と笑っていたが、ポチは皿から味の欠片、微かな匂いまで舐め取ると今度は恋太郎が捨てた“缶”を探し出す暴挙に出たのだった。

 その“暴挙”に対しても姉は笑っていた訳だが、目がちゃんと開いているポチの姿に安堵したのも束の間の事……。



『へっへっへっ、見付けたぞ!吾輩の鼻から逃げられると思っていたのかッ!吾輩の舌はまだ足らんと言っておる!吾輩の腹は満たされておらん!吾輩の喉はまだ欲している!その縁にある肉の欠片、汁の一滴まで舐めずり取ってくれるッ!』

ずぼッ


「ねぇ、恋太郎?あのポチバカ犬、空き缶に顔を突っ込んでるけど?」


「えっ?マジかよ!?缶の縁で切っちまうよな?」


「そう思うなら止めた方がいいんじゃない?」


 こうして、二人の予想通りにポチは鼻に切り傷を負っていた。しかしポチはその事に気付いてすらおらず、一心不乱に舐め回し、これでもかと言う程に舐めずり回し、あとちょっとで缶の内装がピカピカになる直前で取り上げられてしまったのである。



『なッ!何をするかッ!それは、吾輩のモノだッ!返せ!返せッ!』


「ポチ、鼻の頭が切れてるじゃないか。そんなんなら、もう買って来てやらないからな?」


『な……ん……だと?』

つーーー

『うぉッ!痛いッ!なんだこの痛みはッ!ぐおぉ、くうぅッ!何が起きた?吾輩に傷を負わせるなど、まさかオーガがッ?!ハッ!い……いつの間に?そ、そうだ、目を……』

きゅッ


 斯くして今日も平和な一日だったと言える。

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吾輩は犬である。名前はジョン・ジョージ・エドワード・アームストロング・ムスカディ・エルゴーロード・カイマンデイ・ムッチャラパーナム・ウンチャラカンチャラ・テケレッツノパー・エルリックロイ・ラ(以下略) 酸化酸素 @skryth @skryth

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