がりがりがりがりッがりがりがりがりがりがりッ

副音声:ちゃらりーん♪ちゃらッちゃらッちゃらッちゃらッちゃッちゃッちゃッ♪




【第⑲わん! ポチ、初めてを経験するの巻】



 ポチの家は撤去されずに残っているが、今は空き家になっている。穴掘りダイエットからの壮絶な鬼ごっこを経て、ケガの功名とでも言えるべき、ポチにとっての快挙だった。

 まぁ、庭にトラップを幾つも仕掛けられては、おちおち洗濯物も干せないのだから仕方無いと言えば仕方の無い事だと言える。



『それにしても、何と言うか……今日は随分と外がうるさいのだな?窓がガタガタ言っておる。工事が終わってからまだ数ヶ月と経っておらぬのに、もうこの家にはガタが来ておるのか?』


 それはポチが今までに経験した事のないような……と言えば嘘になるのだが、生憎とポチはを起きている時に経験した事がなかった。拠って、経験した時は全て寝た後の話しだったから、知る由もないのは事実だ。

 そして更に、転生する前ウォーロードの記憶にも一切無いは、ポチの事を何故か無性に不安にさせて行ったのである。


 とは即ち……日本に於ける秋の風物詩、「秋台風」の襲来だった。



「ただいま〜。ふぅ、本格的に雨が降る前に帰って来られて良かった。土砂降りの中、帰って来るのは流石にイヤだからなぁ」


『おっ?恋太郎のヤツめ、帰って来るのが早いのではないか?今の時間は本来ならば、まなで学問にいそしんでいる時間ではなかったか?さては……サボりだな?』


「おっ?ポチ、出迎えご苦労さん。なんだ腹減ったのか?流石に今日はおやつを買って来る余裕が無かったから、食べるならドッグフードしか無いけど……いるか?」


 ポチは“ドッグフード”に反応し、尻尾をぶんぶんと音を立てて鳴らしていた。それを見た恋太郎はポチ用皿にドッグフードを少量盛り付けると、ポチの前に置いた。



「よし!食べていいぞッ」


 ポチは恋太郎の「よし」に反応すると一目散にドッグフードを平らげて行くが、これはいつもの光景だ。



『少ないのである。もっと寄越せッ!吾輩の腹はこんな量では満たされんッ!』


 普段なら有り付けない時間に、食べる事が許されたドッグフード。だが、食べられる喜びや幸せなんてモノを噛み締めるよりも早く、ドッグフードを噛み締めた結果、ポチはもっと寄越せと事しかしない。


 だが、普段では有り得ない時間の食事が、これから先……ポチを悩ませる事になろうとは、本人……いやですらも知る由も無かった……。




『うっ……腹が、痛い。こ……これは、大分ヤバい。早く、一刻も早く庭に出て踏ん張らなくてはなるまいて』


 思い立ったら吉日とはよく言うが、腹痛はらいたには即トイレであり、そのトイレは庭だ。拠って素早く庭に通じる窓へと近寄ると、その窓をガリガリと爪を立てて音が出るように引っ掻いて行った。



『誰でもいいッ!早く、早くッ!この窓を開けてくれッ!』


「ねぇ、恋太郎?」


「なぁに?今、俺忙しいから、ちょっと後にしてッ!」


 ポチの異変に気付いたのは、恋太郎同様に早めに学校から帰って来て尚且つ、本日のバイトは中止になった事から家で暇を持て余していた姉だ。

 そして、恋太郎はかれこれ数時間ゲームに夢中であり、いつまで経っても「忙しさ」は変わらない様子と言える。



『早くッ!早くッ!開けてくれッ!吾輩を庭に出してくれぇッ!』


「恋太郎、あのポチバカ犬なんだけどさ、庭に出たいみたいよ?」


「何言ってんだよ、姉ちゃん!外はもうじき台風で土砂降りになるよ?いくらポチでも、外が危ないって事くらい分かるだろ?」


ガリガリッ

 ガリガリッ


「まじかよ……ポチ、外に出たいのか?」


『おぉ、恋太郎ッ!早く開けてくれッ!吾輩を庭に行かせてくれッ』


 台風と言う存在を知らないポチの暴挙はここに極まっていた。流石にこの場所リビングで漏らすのは、オーガがいる以上、生命に。更に付け足すと、イチの家臣恋太郎の前でそれを見せてしまうのも気が引ける。

 だからこそ、必死に窓ガラスを引っ掻いていた。



「いいわ、恋太郎。あたしが開けて来るから、アンタはゲームでもやってなさい」


『漏れ……る。こうなったらオーガでもいい、早く開けてくれッ!』


がららッ

 ごおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ


『えっ?何が……外が何故、このような事になっておるの……だ?』


「ほら、出たいんでしょ?とっとと行きなさいよッ」


 姉は窓ガラスを開けた。雨こそ降っていないが、暴風が吹き荒れ、窓を開けた事で凶悪な風が部屋の中に吹き込んで来ていた。

 その風を浴びた瞬間、ポチの目は点になり、窓を開けた姉の方にゆっくりと顔を向けて行った。



『この中を?吾輩に行け……と?』


「何を驚いた顔をしてるか知らないけど、アンタが出たがったんだから、とっとと行って来いッ!」


『待て、待てッ!はやまるなッ!吾輩の尻を押すなッ!大惨事になるッ!いや、外に出ても大惨事だッ!』


 こうして姉とポチの押し問答と言う名のは続いたが、力で勝る姉に軍配が上がり、ポチは庭に「ポイッ」と投げ出されたのだった。



『こうなったら、踏ん張ってやるッ!このような風は見た事も聞いた事もないが、なるようにしかならんッ!ええい、ままよッ!』


ごおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ


ふるふるふるふるっ


ごおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ


ふるふるふるふるっ


ごおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ


ふるふるふるふるっ


『こんな猛り狂う風の中で、踏ん張れるかぁッ!ええぃ、とっくに腹痛は引っ込んだわッ!吾輩は戻るッ!』


さあぁぁぁぁッ

 ざあぁぁぁぁぁぁッ

  どさあぁぁぁぁぁぁぁぁッ


『ぎゃあぁぁぁッ!雨がッ!雨がッ!雨が痛いッ!』


 部屋の中から追い出されたポチは踏ん張ってみたが、暴風の脅威に怖じ気付き出るモノは何一つとして出なかった。更に悪い事は重なり、暴風に拠って威力マシマシになった雨が、鞭打つようにポチの身体に叩き付けて行ったのだ。


 ポチは混乱の極みになっていた。



『開けてくれッ!開けてくれッ!開けてくれッ!早く吾輩を中に入れてくれッ!』

ガリガリ

 ガリガリ

  ガリガリッ

がら……


「あぁ、もううっさいわね!ってか雨が降って来てるじゃない!イヤよ!窓開けたら、あたしまで濡れちゃうじゃないッ!雨が大人しくなるまで、アンタはそこにいなさいッ」


 姉は少しだけ窓を開けたものの、暴風雨に濡れる事を嫌がり窓を直ぐに閉めようとしたのである。しかし、ポチとしてもここで閉められる訳には行くまいと、頭を窓の隙間にねじ込むと、身体をくねらせ、強引に窓を開けて部屋の中に割り込んだのだった。



「サイってー。あたしまで濡れちゃったじゃないッ!それにポチバカ犬びちょびちょだし……アンタはそこから動いたら駄目だかんねッ!恋太郎、ゲームばっかしてないで、アンタも手伝いなさいッ!」


「ポチ、オマエ……台風の中に庭に出るとか勇者だな……」


『ほう?やはり恋太郎は見る目がある。吾輩を勇気ある者と見抜くとはなッ!がーっはっはっはっ。ドヤぁ』


 こうしてポチはドヤ顔をしていたが、その数十分後には濡れた事で身体を冷やした結果、再び庭に出ようとして姉との壮絶なバトルが始まるのである。

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