わっふわっふわっふわっふ

副音声:ちゃらりーん♪ちゃらッちゃらッちゃらッちゃらッちゃッちゃッちゃッ♪




【第⑱わん! ポチ、大江戸ダイエットに期待を見出すの巻】



 ポチが「ポチの家」に繋がれてからというもの、ポチは暇だった。「家」の中には薄汚れた毛布が一枚。それを布団にしてポチは寂しく寝ていた。



『あぁ、暇だ。吾輩は食事以外に喜びと生きる意義を見出せなくなってしまった……。あの中にいる恋太郎は、今……何をしているだろうか?とは呟いてみても、恋太郎は今はおらんのだったな』


 ポチの朝は遅い。喰っちゃ寝喰っちゃ寝しているポチは、自堕落な生活に慣れてしまい、賢そうな顔付きで精悍な肉体はいつの間にか自堕落相応な体型へと変化したのは言うまでもない。

 ただ、「ポチの家」に繋がれているとは言えど、庭を駆け巡れる程にリードは長い。それなのに野生を失った家畜のように家でのヒキニート生活を満喫していたのである。



『吾輩の身体はこんなに動き辛かったか?』


 それは庭の片隅にトイレに行った時に感じた事だ。喰っちゃ寝してても、食べた以上は出さなければならない。もしも出さずにいれば、待っているのは浣腸トラウマであり、それだけは避けねばならず、ヒキニート生活を満喫している傍らヒキニートにあるまじき行為として外の世界へと歩を進めるのは当然の事だった。



『身体が重い……吾輩の肉体は筋肉の鎧で覆われておったハズだ。だが……な、なんだこの姿はッ!?吾輩はこんなにも醜く太っていたのかッ!?』


 鏡に映った……ワケではない。だが、渋々と「家」から出た際に、窓ガラスに映った自分の姿を見たポチは驚愕した。そこに映っていたのは、自分の想像を遥かに超えるほど横にデカくなった姿だったからである。



『これは……イカン!遺憾な程にイカン!よし、運動しなければなるまいッ!』


 こうしてポチの一念発起は始まった。だが庭を駆け巡るにしても重くなった身体では満足に駆け巡る事は出来ず、そこでポチは全身運動駆け巡る以外の方法で身体を動かす事を考えついたのだった。



『えっほえっほえっほえっほ!えっさえっさえっさえっさ!よしよし、走り回るのが辛く運動が出来ないなら、走り回らなくても出来る運動をするまでだッ!なんと吾輩は賢いのだろう』


 ポチは庭に前脚を使って穴を掘り出したのである。それこそが、ポチの考えた運動であり、穴を掘れば掘るほどにポチは楽しさを見出して行った。

 気付けばポチが掘った穴はそこら中にあり、深いものだとポチの身体がスッポリと埋まってしまう程の穴が幾つも掘られていた。

 そのまま横に繋げれば地下トンネルが完成する事になるだろう。だがそんな事をすれば庭をおちおち歩けなくなる事がポチには分かっていない。



『いやぁ、穴掘りがこれほどまでに楽しいとは思わなかった。確かに他国に対して戦争を仕掛ける際には各所に罠を仕掛けろと、軍師に言われた事があったが、ヤツらもこうやって日頃の運動不足を解消しようとしていたのかもな?ヤツらもそこそこ横に大きかったし、国庫食料が尽きた後でも体型は変わらんかったから、日頃の運動不足を嘆いておったのやも知れん。まぁ、吾輩が戦争を起こすならば、罠などいらんと怒鳴り付けてやったが、悪い事をしたかのかもな?』


ガタッ


 ひとしきり夢中になって穴を掘り進めていたポチだが、突然頭上から鳴った不穏な「音」に驚いた様子で顔を上げた時、そこには傾いた「ポチの家」の姿があった。



『あわわわ、何たる事だッ!吾輩の家が傾いておるではないかッ!こ、これは流石にイカン。このままでは寝るに寝れなくなる!ど……どうすれば良い?誰かッ!誰かおるッ!』


「ポチ?庭で何を騒いでるんだ?」


『おぉ、恋太郎ではないかッ!良い所に帰って来たッ!早く!早くコレをなんとかするのだッ!』


「ポチが自分でこんだけ掘ったのか?凄いな!ってか、自分の小屋の下も掘ったのか?あーあ、これじゃ流石に傾くよな……」


『恋太郎、なんとかせい!』


 ポチが調子に乗って庭を穴ボコだらけにした結果、「ポチの家」は基礎を失い傾いた事実がここにある。基礎と言ってもちゃんとした基礎工事をしたワケではないので当然なのだが、流石に平行を失った家の中で寝るのはポチと言えども苦痛と感じるのは無理が無い事だった。



「まぁ、いっか。取り敢えず掘った土を戻してっと……よし、これで大丈夫だろ?」


『おぉッ!流石恋太郎!吾輩の家が元に戻った!!流石は吾輩のイチの家臣!褒めて取らすぞッ!』


「ところでポチ、腹減ってないか?飯食うなら持って来るけど?」


ぶんぶんぶんぶんッ

『飯ッ!?食べるに決まっておろう!早く持って来るのだ!』


 食欲こそが唯一無二の願望と言えるポチに取って、恋太郎の提案は是が非でも無い……いや「是」しかない事だった。こうしてハラヘリのポチは恋太郎の手配に拠って、ドッグフードをその身に納めて行ったのである。



『ふぅ……吾輩は満腹じゃ。はッ!?こうしちゃおれん!食べた後は運動をせねばなるまいッ!』


 再びポチは穴掘りを再開した。流石に恋太郎としては、庭が穴ボコだらけになると「洗濯物が干せない」とか、「穴に足を取られて転ぶ」だとか、色々と難癖を付けられて自分が家族から怒られるのがイヤだったのだろう。

 拠って、ポチが今までに掘った穴を埋めて行く事を選択した。


 ポチはそんな恋太郎の行動を見る事なく、我が物顔で自由気ままに穴掘りを楽しんでいた。



『大分掘った!掘ってやった!これで吾輩の運動不足は……あれ?吾輩が掘った穴が……無いだとッ?!なん……だと?吾輩の今までの運動はまさかッ!幻だったとでも言うのか?いや、そんな事はない。吾輩の身体はイイ感じに疲れておる。この疲れが嘘であるハズが無いッ!』


 ポチは夢中になって穴掘りを楽しんでいたワケだが、自分の「成果」を確かめようと振り返った時、そこにあった「成果」が何一つ無い事に驚愕を覚えていた。

 この時、恋太郎は既に庭から姿を消しており、家の中でゲームに夢中だった。



『ええいままよッ!斯くなる上は、肉体の限界を超えてでも、穴を掘って掘って掘りまくってやるわあぁぁぁぁぁッ!』


 こうしてポチは再び寝食を忘れ……る事は無いのだろうが、一心不乱に穴掘りを始めた。もう既に日は傾き始めている。



ガタッ

『なんだッ?!今の音は……?』

ガサゴソ

『おわぁッ!なんだコレはぁッ!』


 ポチは穴掘りに夢中になるあまり縦に掘った穴を更に横に掘り進め、遂には無我夢中でトンネルを開通させようとしていたのだ。だが不意に鳴った不穏な音で我に返ると、その音の原因を探るべく地下アンダーグラウンドから地上オーバーグラウンドへと這い出して行った。

 そして驚愕を知る。



『吾輩の家が傾いておる……だと?!駄目だ、これは駄目だッ!誰かッ!誰かおるッ!吾輩の家を直すのだッ!』


ポチバカ犬煩いわよッ!」


『あ……。出て来たのがまさかのオーガだ……と?恋太郎はどこだ?吾輩のイチの家臣、恋太郎はどこだ?』


「まったくもう夜になるんだから、庭で騒ぐんじゃないわよッ!ご近所の迷惑になるでしょッ!あれ?ポチの家バカ犬小屋が傾いてる?はっはーん、これを直してもらいたくて騒いでたってワケね?仕方無いなぁ、それくらいあたしが直してあげるわよ」


『なんと?!あのオーガがそのような殊勝な事を言うとは……。いつもは殴る蹴るしかしないあのオーガが?暴力の化身たるあのオーガが?遂に吾輩の魅力があのオーガにも届いたと……』


ずぼッ

「えっ?あわわッ」

『あ……』


 傾いた「ポチの家」に近付くべく姉が、庭へと降り立った際にそれは起きた。姉はポチ作成落とし穴に見事に足を取られたのである。姉の足は足首まで見事に土に埋もれ、バランスを崩した姉は訳も分からないまま、顔面着地を防ぐべく手を付こうとした。



ずぼッ

 べしゃッ

『あ……』


 着地しようとした手は新たな落とし穴に飲み込まれて行った。結果、姉は顔面着地に至る……。



「ばぁかぁぁいぃぃぃぬぅぅぅぅ。これは、オマエの仕業かあぁぁぁぁぁぁッ」

ずぼッ


『あ……』


びきびきッ

 ギロンッ


『ひえッ……わ……吾輩のせいではないッ!吾輩は運動不足を解消するべく穴を……はッ!?これこそが軍師の言っていた罠の成果なの……か?味方まで嵌めてしまう罠……げに恐ろしいモノよな?だが、流石吾輩。罠作りの才能まであったとは……ドヤぁッ』


 斯くして姉は歩けば歩くだけ落とし穴に、幸か不幸かと嵌まって行く。しかし幾つもの落とし穴に足を取られながらも、恨みを晴らすべく追い掛け続ける姉と、逃げるか死ぬかエスケープオアダイの瀬戸際に立たされたポチとの壮絶な鬼ごっこの火蓋は、ここに切って落とされたのである。

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