わふわふわふッ

副音声:ちゃらりーん♪ちゃらッちゃらッちゃらッちゃらッちゃッちゃッちゃッ♪




【第⑰わん! ポチ、一国一城の主になるの巻】



 改築は無事に終わった。姉弟は無事に部屋を与えられ、大変満足した様子だった。……が、ポチの部屋は無い。

 しかし、新たに造られた庭を自由に駆け回れるようになったポチの運動不足は、多少なりとも解消した様子だった。


 そんな庭の片隅に、「ポチの家」と書かれた小さな小屋がある。しかしポチは言葉が理解出来ても文字を読むコトは出来ない。拠って恋太郎から「ポチの家を作ったぜ」と言われても、どれが家なのか分からないままだった。

 従って、「ポチの家」は空き家になっていた。


 そんなある日の事。空は青く、広大なキャンバスに浮かぶのは螺旋の如きひつじ雲。“女心”と称される程に移ろいやすい季節へと変わっていたが、ポチにとっては“女心”より、“天高くポチ肥ゆる”ほうがしっくり来ていると言えるだろう。

 よって、解消された運動不足程度では増える体重を抑えるコトは出来ず、通常の個体よりも横に増えていたのは、目を背けられない事実だった。



「ただいまぁ。あれ?ポチは……庭か?」


『ふわぁ……どうやら、恋太郎が帰って来たようだな。どれ、出迎えに行って、食事の催促でもするか』


「おっ、いたいた。ポチ喜べ!土産を持って来たぞッ!」


ぴくッ

「土産とな?いや、だが持ち物から芳醇な香りはしない……。恋太郎め、吾輩に対する土産で食物以外を持って来るなどと言う愚行を遂に犯しおったかぁぁッ!」


 ポチはハラヘリだった。日中は家に誰もいない事から、食事は一日に二回が当然の決まり事になっていた。だからこそ食事以外に食べ物を持って来る恋太郎が、“ポチ的序列”の上位ランカーなのはこれまた当然なのである。



「じゃーん、サツマイモを持って来たぜ」


『さつ……まいも?なんだそれは?』

くんくんッ

 かりッ

『なんだこれは、全然旨くないッ!こんなモノを食わせよって!恋太郎め、これは仕置き案件だッ!』


「何やってんだよ、ポチ!サツマイモは生じゃなくて、焼き芋にして食べるんだって!庭の落ち葉を集めて、焚き火にしてその中で焼くと美味いんだ」


 恋太郎はそう言うと庭に積もった落ち葉を拾い集めて行く。その光景をポチは眺めていたが、「焚き火」と言うワードから一つ閃いたのだった。



『ほう?それならば吾輩が火を起こしてやろう。吾輩はこれでも火属性の魔術が使える。吾輩が火を起こせば、恋太郎のヤツも度肝を抜かすに違いない。どれ、火炎烈弾ファイヤーボール!——あれ?しまっ!吾輩……まだ魔術が使えないんだった……』


「何やってんだ?トイレなら庭の端っこに穴掘ってそこでしろよ?したあとはちゃんと埋めておけば、怒られないからな?」


『違うわあぁぁぁぁッ!』


 ポチは魔術が使えない事を思い出し、「ふるふる」してただけだったのだが、それを見た恋太郎はと思った様子と言える。

 だが、次の瞬間……ポチは驚愕の事態に陥る事になる。



ぼっ

 ぱち……ぱちぱち

「やっぱりライターは便利だな。でも落ち葉だけじゃなくて、枝もなきゃ駄目かな?」


『なっ……なんなのだ?何故火が起こせる?今のは魔術なのか?恋太郎の若さで無詠唱など、あ……あり得ない』


 ポチが生きていた時代の国にライターなどと言うモノは、当然の事ながら存在していない。当時の国では火を起こしたければ、火属性の魔術を使える者に依頼するか、火打ち石を叩いて火種を起こす以外の方法は無かった。

 拠ってポチは目の前で起きた事に対して、天地開闢てんちかいびゃくが目の前で起きたかのような衝撃を受けたのである。


 斯くして“ポチ的序列”内の恋太郎のランクは、うなぎ上りだったと言う事はまごう事無き事実と言えよう。



ぱちッ

 パチパチっ


「そろそろかな?どれどれ?うわっちちち……」


 恋太郎は火の中から取り出した出来たての焼き芋を二つに割った。次の瞬間にほのかに甘い匂いがポチの鼻孔をくすぐり、ポチの口の中では大洪水が起きて行く。



「おっ!いい感じに焼けたな。うん、うまうま。ポチも食うか?」


『モチロンだ!早く寄越せッ!吾輩にも早くッ!』

ぱくッ

『おおぉぉぉぉぉッ!先程の生の状態とは違い、なんと甘く、ねっとりとした食感!肉の旨さとは違うが、これは脳を震わす!脳が欲する甘味だッ!』


「ポチも気に入ったか?これは焼き芋って言うんだぜ!」


『モチロンだ!これだけでは足りんッ!もっと寄越せ寄越すのだッ!ありったけ寄越さんかいッ!』


「えっと確か、持って来たサツマイモは全部で六本あったから、残りは五本だな。親父おやじや姉ちゃんも食べるだろうから、残しておいてやるとして……」


 恋太郎は、まだ燃えている焚き火に土を掛けて行った。土を掛けられた炎は徐々に小さくなり、ついさっきまで赤々と燃えていた火はついには姿を隠す事を選んだ様子だった。



「よし、これで火事の心配は無いから、今のうちに皿を持って来るとするかッ」


『恋太郎は家の中に入ったな?吾輩の食欲はまだ満たされておらんと言うのに、吾輩に寄越さず、あのオーガにまで献上すると言うのはどうにも解せん!斯くなる上は……にやりッ』


 恋太郎が家に入った後で、ポチの口元はいびつわらっていた。



「ただいまー。今日もバイト疲れたぁ。ねぇ、恋太郎ご飯ある?ってかアンタ、皿持ってどうしたの?」


「えっ?ご飯作ってないけど?残り物がいい?それとも焼き芋?それならこれから焼き芋拾いに行くんだけど?」


「焼き芋ッ!?モチロン焼き芋!!どこ?ねぇ、どこ?どこどこどこどこどこ?」


 疲れて帰って来たと言う姉のテンションは「焼き芋」の一言で爆上がっていき、その言葉は太鼓を叩いているかのように可笑しくなって行った。

 斯くして姉は恋太郎の背中を押し、焼き芋の元へと急ぎ駆け足で向かったのである。



がさッ

 がさごそッ

「ねぇ、恋太郎……焼き芋は?」


「あれ?おっかしいなぁ……確かにここで焼いてたハズなんだけどなぁ……」


「ホントにここで焼いてたの?まぁ、焚き火の跡はあるからここで焼いてたのは確かなんでしょうけど」


 姉に連れられ急かされ焼き芋を掘り出そうとする恋太郎だったが、灰を掻き分け上から掛けた土を掻き分けど掻き分けど、焼けた芋は出て来る気配が無かった。

 それこそ神隠しにでもあったかのような気配に恋太郎は、背中に脂汗が伝う思いだった。



『おや?これは恋太郎じゃないか?どうしたのだ?地面など掘って。何か探し物か?どれ、手伝って進ぜよう!』


 姉は背後で焼き芋欲しさに目を血走らせていると言っても過言では無い状況下。そんな姉が背後にいる訳で、恋太郎は気が気ではない。ヌカ喜びしたなんて思ったら姉の鉄拳制裁八つ当たりが自分に向かって来るからだ。

 拠って猫の手も借りたい状況下でポチの出現は恋太郎に希望の光を齎したのである。



がしッ

「ちょっとアンタ……待ちなさい」


『な……なんの用かな?吾輩はただ、困っている恋太郎を手伝おうとしてるだけで……(口の周りに証拠は無いハズ……同じ轍は踏まん)』


「ねぇ、恋太郎……。犯人はコイツバカ犬よッ!」


『なぬッ!?吾輩が犯人なワケなかろう!何も証拠は無い!』


「姉ちゃん、そりゃあんまりだよ。いくらポチが食い意地張ってるって言っても、焚き火跡で熱い中から取れるワケないじゃんか」


『恋太郎……流石……吾輩の見込んだおとこである!』


「証拠はこのヒゲよッ!ちんちくりんになってるじゃない!」


『な……なんてこったぁ!』


「ポチ……お前一人で……全部食ったのか?」


 こうして焼き芋失踪事件の謎は解かれた。食欲に負けた哀れな犬と、食欲に拠って謎を解き明かした姉との熾烈な推理合戦はここに雌雄を決したのであった。


 尚、ポチは焼き芋失踪事件の罪過への償いとして、犬小屋にリードで繋がれる事になった。こうして犬小屋には晴れて居住者が出来たのである。

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