きゃわーーーーーーーーーーんッ

副音声:ちゃらりーん♪ちゃらッちゃらッちゃらッちゃらッちゃッちゃッちゃッ♪




【第⑯わん! ポチ、空を飛ぶの巻】



だンッ

カネが無いッ!あたしは遊びたいッ!でも金が無いッ!」

ちらッ


親父おやじ、姉ちゃんが何か言ってるけど?」


「恋太郎、気にするな。気にしたら負けだ」


だだンッ

「金が無いッ!遊ぶ金が欲しいッ!」

ちらッ


「親父……そろそろ構ってあげたら?」


「恋太郎……タカられたいのか?」


 ある日の日常風景。姉はテーブルを叩きながら時折チラ見して来るが、二人はゲームに没頭している。そしてポチはその光景を眠そうに見ていた。



カネ……か。確かに国庫の軍資金が尽きた時は焦ったものよ。だが、いつの世も金が無いと苦しいのは変わらぬのだな……。しかし、そんな時こそヒトの本性が出るものだが、姉はやはりオーガのようだ。くくく』


ぼこッ


『何をするかッ!一度ならず二度三度!吾輩を誰だと心得る?吾輩は彼の名高き千勝の覇者ウォーロード・ジョン・ジ……』


ぼこッ

「やっぱりポチって殴り甲斐があるわね。あたしの気分転換にもってこいね。ってなぁに?文句がありそうな顔ね?」


『だ……駄目だ。このオーガにはこの姿では勝てん……ここは逃げるが勝ちだッ』


 姉の八つ当たりの刑執行は唐突に始まる。故にポチは常に警戒しているのだが、今回ばかりは油断が過ぎていたようだ……。

 しかしこれもまた、よくある日常の一つと言えよう。




 さて……話しは大分変わって、現状で家族は連続する二部屋をぶち抜いて布団を並べ、夜は四人で川の字になって寝ている。

 棒が四本あるので“1川”になるが、ポチは1と川の間の上で丸まって寝ている。要するに、“1’川”の状態であり、左から父親、恋太郎、オーガ……じゃなくて姉、母親の順だ。



「明日、朝早いから起きれなかったらどうしよう……。早朝バイトなんて入れるんじゃなかったなぁ……」


「なぁ、親父。アレって、そう言う事だよな?」


「アレはそう言う事だな。だが、気にせず早くこのステージをクリアするぞッ!」


『アレとは?だが……流石に親子だな。会話の意思疎通が出来ておる。まぁ、吾輩は何もする事がなくて詰まらなさすぎる。少しばかりこちらから歩み寄ってやるか……』


 暇だったポチは、恋太郎に擦り寄れば何か食物が貰える可能性も含めて考えた結果、近くに歩いていく。既に姉の発言は無かった事にされていた。



「なんだ、ポチ?今忙しいから後で……なッ!よっと、親父そっちに行ったぜ」


『愛くるしい吾輩よりも“げぇむ”に夢中だと?許せん!だがまぁいい。座って大人しくコヤツらを眺めるとしよう……』


 ポチはゲームのハードに向かって歩を進めていく。その様子に恋太郎は何か鬼気迫るモノを感じるのだが、今はステージ中盤のいい場面ところ。ポチに向かって手を伸ばすよりもコントローラーを掴む方がよっぽど大事な、手に汗握る場面シーンだ。



『よっこいせっと』

ぽちッ

『流石にちゃんとした椅子ではないから座り心地は悪い。この上に“お座り”をするのもラクじゃないな。だが、吾輩は座って見せたぞッ!どやッ』


「あわわわわわわ。う……そ……だろ?」


 ポチは横置き型のゲーム機本体を椅子だと思ったらしくその上に座った。そしてその本体の上面には本体のon/offのスイッチがある。お気付きだろうか?ポチはその上にピンポイントで座ってみせたのだ。

 当然、画面は暗転した。



「親父……今日は寝よう。もう、疲れた……」


「そ……そうだな(ポチ……コイツは本当に何者なんだ?)」


 斯くして団地の五階の一部屋の明かりは消えたのである。




PiPiPiPiPiPiPiPiPi……

「ふわぁ……なんだ、アラームか……。まったくこの娘は……鳴らすだけ鳴らして起きないなんて……まぁ仕方無いか。ほら、起きろッ!朝だぞッ!」


「うっさい、あたしは眠いんだッ!起こすなッ!」


 猛り狂ったように鳴る目覚まし時計を止め、仕方無く起こしに行った父親は出戻り、そのまま布団を被って背を向けようとした。……が、このまま起こさなければ姉は怒り狂うだろうと考えるに至る。

 拠って……



「おい、恋太郎、起きろ!」


「なんだよ親父?俺は眠い……」


「隣の姉を起こしてやれッ!それだけでいいッ!早く起こせッ!」


「えぁ?姉ちゃん?分かったよぉ……」

ごろん

「姉ちゃん、朝だぞ。起きるんじゃなかったのかぁ?」


「うっさい!あたしは眠いって言ってるでしょッ!」


 父親に続き、姉を起こそうとした恋太郎も再び寝返りを打って二度寝する事にした。

 だが……



「このまま姉ちゃんを起こさなかったら……よしッ!」


つんつん

「ポチ、起きろ!ポチッ!」


『んあ?もうご飯の時間か?吾輩はまだ眠いのだが?』


「ポチ、姉ちゃんを起こしてくれ。頼むよ、ポチッ!」


『仕方が無いヤツだなぁ。吾輩が起こせばいいのか?分かった、どれどれ?』


 恋太郎に頼まれたポチは仕方無く姉の元へと向かった。ポチとしては食事を与えてくれる恋太郎は“ポチ的序列”の上位ランカーであり、頼みとあれば無碍には出来ない。

 しかし寝ぼけ眼を擦る事も出来ないポチは、そのままシーツに足を取られ姉の顔面にダイブしたのだった。



「ッ!?@#$%〒※¥☆*&@#$%&*☆¥※〒ッ。きゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 それは唐突に上がった姉の叫びだった。二度寝をキメ打ちした父親も恋太郎もその声に拠って、強制的に意識を覚醒させられて行った。

 だが、身動き一つしない。



「朝っぱらから、あたしの顔面に変なモノを擦り付けるなぁッ!!」


どごぉッ

 ひゅーーるるるーーーッ


「あ……ポチ。ちゃんと成仏しろよな……」


ぺちッ

 ずるるるる……


 ポチは空(?)高く舞い上がり二人を飛び越して行く。更には寝ている父親の横にある壁にぶつかって父親の顔前へと滑り落ち、そこで目を回していたのだった。

 父親も恋太郎も、一部始終を見ていないが、背後から自分達を飛び越えてポチが飛来し、鈍い音を立てて壁に当たる光景はバッチリと視界に入っていた。


 これを機に男二人+一匹の心の中に、ある種の友情が芽生えたのと同時に、姉を敵に回す事だけは絶対に避けようという、良く分からない「同盟」が設立したなんて事はあったかも知れないが、初めて空を飛んだポチはその心地よさを知る事は無かったのである。

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