吾輩は犬である。名前はジョン・ジョージ・エドワード・アームストロング・ムスカディ・エルゴーロード・カイマンデイ・ムッチャラパーナム・ウンチャラカンチャラ・テケレッツノパー・エルリックロイ・ラ(以下略)
わおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉおぉぉぉぉぉんッ
わおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉおぉぉぉぉぉんッ
副音声:ちゃらりーん♪ちゃらッちゃらッちゃらッちゃらッちゃッちゃッちゃッ♪
【第⑮わん! ポチ、一つ二つ三つ賢くなるの巻】
「これからあたし、バイト始めるから。晩御飯は恋太郎が作ってね」
「えっ?姉ちゃんがバイト!?ちゃんと出来……」
「何かしら?何が言いたいのかなぁ?」
「う……ううん、別になんでも……じゃあ俺は学校行かないと〜」
「こらー、恋太郎待ちなさ〜い!」
『まったく朝から騒がしいヤツらよ……ところで“バイト”とはなんであろうな?吾輩の知らぬ言葉がこの国には多い。まぁ、知ったところで意味があるのなら、そのうち分かろうというモノよな?』
公営住宅に引っ越ししてから一週間程度が経ったある日の事。その日は特に何もない平日だった。姉弟は学校に、両親は仕事に、ポチは家に……というただの何もイベントが発生しない平日。
よって、何かが起きるのは当然の事のように恋太郎が帰って来てからだった。
くんっ
『こ……この匂いは?!
家族が引っ越した公営住宅は集合住宅であり、高さは五階建て。俗に言う、「団地」と呼ばれる物件だ。その事をポチは理解していないが、それは
がちゃ
「ただいまぁ」
『れ……れ……恋太郎ッ!それはッ!それはッ!それはーーーーッ!その手に持つ袋から漂う芳醇な香りは、よもや、よもや、吾輩の為の食事に決まっておるよな?』
ポチは待ちに待ったと言っても過言では無い程に尻尾をブンブンと振りまくり、「ハッハッハッ」と熱い吐息を漏らしながら、恋太郎の顔を愛おしげに見詰め熱視線を送って行った。
「なんだよ、ポチ。コイツが欲しいのか?」
『モチロンだッ!それこそは吾輩が求めてやまなかったモノであろう?ほれ、吾輩の三種の神器を見せてやる!いくらでもやってやる!だからこそ、早く寄越せッ!』
ポチは早速ダイニングの椅子を引き摺り出すとそこに
それを繰り返す事3セット。夕方になりつつある外はサンセットだったとか言うつもりはないが、それほどまでに高揚したポチの行動は
「ポチ……お前……本当に犬なのか?」
『恋太郎……お前……やはり吾輩のコトを見抜いて?』
「まぁ、犬だよな。そりゃそうだよな、うんうん。よし、じゃあ牛丼食べるとするか!」
『なっ……!?そこは吾輩が犬じゃないと分かって、正体を見抜いた挙句に吾輩に対して敬意を表して敬い奉る場面ではないかッ!ってか、ぎゅうどん?なんだそれは?吾輩にもくれるのだよな?』
ポチが向けた疑惑の眼差しは、「牛丼」の一言で有耶無耶になり、羨望の眼差しにいち早く切り替わって行った。恋太郎はそんな眼差しが自分に向けられている事など知る由もなく、袋から牛丼弁当を取り出すとその上に紅生姜をトッピングし、七味唐辛子を
ぱきッ
「おぉ、旨そ〜う。それじゃ、いっただっきまーす」
ご飯の上に盛られた牛肉とツユダクで滴る白米に紅生姜の赤いアクセント。少しばかり酸味が利いたツンっとした匂い。それは食欲を
そして割られるコトを待ち望んでいたかのような軽快な割り箸の音。それこそは口の中いっぱいに掻き込まれるコトを望んだ飯粒達と、味わう喜びを知った者との共演と言っても過言ではないだろう。
一匹を除いて……。
ぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんッ
じゅるるるるるるるるじゅるじゅるじゅるじゅる
『れ、恋太郎……吾輩はここにいるぞ?吾輩の口の中はもうヨダレで一杯だぞ?今か今かと待ち望んでいるぞ?ほら……ほらッ!ほらぁッ!』
「なんだ、ポチ……牛丼が欲しいのか?」
ぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんッ
「じゃあ、ほら牛肉だ。行くぞッ!」
『おおぉッ!あれこそ正真正銘の肉ぅッ!』
ぱくッ
『うおわぁッ!なんだコレはッ!コレが肉かッ!酸っぱい辛塩っぱい!』
ポチの口の中に放り込まれたモノは紅生姜だった。恋太郎は牛肉をポチに投げると見せ掛け、ポチが肉を更に焼かんとする程の熱視線を送った隙に、口の中に紅生姜を放り込んだのである。
ポチは当然の事ながら口の中に何かが入った瞬間に閉じて一噛み。ポチからしたら想定外の食感と味に
『肉ぅ……肉ぅ……あんなモノが肉だと……吾輩は……吾輩は……』
「おい、ポチどうしたんだ?そっちはベランダだぞ!?」
ポチは衝撃の余り、ベランダに向けて歩を進めていく。ベランダに通じる窓には鍵が掛かっているが、それを強引に抉じ開けると前足を器用に使って窓を開けたのだった。
「ぽ……ポチ……お前、まさかッ!?」
『肉のバカヤローーーーーーーーッ!』
それはポチが盛大に上げた遠吠えだった。ペット禁止の公営住宅に於ける暴虐とも言える大惨事だった。ポチはそれを敢えてやったのか、それとも違ったのかは、遠吠えを上げた後のポチのドヤ顔が物語っている。
「な……なんてことを……俺が悪かった……ポチ。ほら、半分やるから機嫌を直してくれ。えっと……ポチの皿はどこかな?」
ことッ
くんくんッ
『フッ。恋太郎よ、分かれば良い。これからも精進して吾輩に食物を捧げるが良いッ!』
斯くしてポチは牛丼を堪能する事が出来た。それは至福と言っても過言では無く、天にも昇る程の気持ちで平らげて行ったのである。
「ただいま〜。あぁ疲れたぁ。バイトってラクじゃないわね……。ってか恋太郎、ご飯出来てる?あたしお腹ペコペコなんだけど?」
「げっ、姉ちゃん!ヤベッ!早く容器片してトイレに逃げなきゃッ!」
「恋太郎いないの?お腹空いたんだけど?って、まさか……恋太郎、ご飯作ってない……の?」
「姉ちゃん悪りぃ。俺、
「まぁ、そう言う事なら仕方ないか……あたしは疲れてるけど腹ぺこだから……ッ?!」
姉は怒りゲージが一旦は上がったが、恋太郎の甘言……と言うか妄言を信じた結果、平常心を保って行った。だがそこに場が悪く出て来たのは
『吾輩が出迎えてやったぞ!吾輩偉いだろ!吾輩は上機嫌だからな、ほら、吾輩の愛くるしい顔でも見て、破顔させてモフる事を許してやろう!こんな機会、滅多にないぞ!』
「その口元のご飯粒……アンタ達……まさか……あたしが腹減らしながらバイトして帰って来たのに、帰って来たってのに……」
『ほらほらどうする?モフりたいよな?モフりたいよな?今なら特別大サービスでぇッ?!な……何故だ?吾輩が珍しく出迎えてやったと言うのに、何故に
「ゆーるーさーなーいー。ゆーるーすーもーのーかーッ!!」
(特に姉に対して)食べ物の恨みは恐ろしい。と言う事を身の内にこれでもかと言う程に叩き込まれたポチであった。
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