第7話 終話、フィーネ


 フィーネたちのいる宿場町は貴族が治めている訳では無いため比較的混乱は少なかったが、それでもそれなりに混乱していた。


 冒険者ギルドを出た二人は、少し落ち着こうと宿を取った。


「お嬢さん、おそらく帝国の中で魔術を使えるのはお嬢さんだけだ。皇帝もおそらく魔術を使えない。これはどういうことかわかるかい?」


「いえ。わかりません」


「魔術が絶対的な権威を持つこの国で、皇帝でさえ魔術を使えない中、お嬢さんだけが魔術を使える。お嬢さんは皇帝を凌ぐということだ」


「まさか」


「いいや。まさかじゃないぞ。

 こんな田舎の宿場町でさえ混乱している。帝都はこの比ではないほど混乱していると想像できる。帝都だけでなく貴族の治める諸都市も大なり小なり混乱している。

 お嬢さんにその気があるなら、混乱を収めてみないか?」


「?」


「街の連中の前でド派手な魔術を使ってみせるのさ。ただそれだけで、街の連中は落ち着き、お嬢さんを貴族と認める。皇帝が魔術を使えない今、最終的にはお嬢さんは新たな皇帝と認められる。

 これこそが、古龍エンシャントドラゴンの言っていたことじゃないだろうか?」


「そんな」


「お嬢さん、これから先魔術が使えることを隠し続けることはできないだろう?

 ならば、腹をくくって国の混乱を収めた方が良くないか?」


「……。分かりました」


「よく言った。さっそくこの街から始めよう」


「どうやって?」


「さっきも言ったように派手な魔術を街なかで披露するだけで人はついてくる。

 そうだなー、ファイヤーボールを打ち上げてみるとかはどうだろう。ファイヤーボールができなければ別の魔術でもいいが」


「ファイヤーボールならできます」


「じゃあ、それでいこう」


 フォルツはフィーネを伴い、宿屋から表通りである街道に出た。そこで大声を上げて、


「ここに魔術を使える人がいるぞ。この人こそが真の貴族だ!

 お嬢さん、空に向かってできるだけ大きなファイヤーボールを打ち上げて」


 フィーネは言われるまま、空に向けてファイヤーボールを打ち上げた。ファイヤーボールは300メートルほど上昇し、そこで爆発した。街道に出ていた人々の中で数十人が爆風で地面に尻もちをついてしまった。


 これまでのフィーネではこれほど威力のあるファイヤーボールなど発現できなかったが、今はファイヤーボールに限らず自分の知っている魔術の威力は途方もなく上がっていると感じていた。


「凄いな。こんなファイヤーボールは初めてだ」そうフィーネに言ったフォルツは、再度通りに出ていた人々に向かって、


「みんな分かったろう。今までの貴族たちはおそらく魔術を使えない。

 ここにいるこの方こそ真の帝国の貴族だ!」


 フォルツの言葉を聞いた人々の中から、


「そうだ」「そうだ」「彼女こそ真の貴族だ!」


 そういった声が上がり始めた。


「みんな、魔術を使えない者に魔術帝国ザリアードの政治を任せておいていいのか! 違うだろ? ここは魔術帝国だ! 魔術の使えない者が上に立っていていいはずがない! このまま帝都に行進だ! 皇帝に直訴だ!」


 フォルツはこの時点で、多くの者は皇帝が魔術を使えなくなっているとは思っていないだろうと考えて皇帝に直訴しようと人々をあおった。


「おう」「皇帝に直訴だ!」「帝都に向けて」「帝都に向けて!」



 通りにはどんどん人が増えていき、フィーネとフォルツを先頭に帝都のある南に移動を始めた。


 その集団の中ではもちろん人は入れ代わり立ち代わりしていたが、30分ごとにフィーネが空に向けてファイヤーボールを打ち上げるため、人の数はどんどん増えていった。


 次の宿場町まで到達したフィーネたちは、翌日も、同じように人を集め南へ行進していった。翌々日も、その次の日も。うわさを聞いて本格的に旅装を整えた人も増えていき、街道沿いの町々では無料の炊き出しなども行われるようになった。その頃にはフィーネに続く人の数は数万にも達していた。


 フィーネとフォルツは、荷物を最初の宿場町の宿屋に置いたまま行進を始めたのだが、次の宿場町で宿をとった時、フィーネの転移でいったん最初の宿屋に戻り、荷物を次の宿屋に持ち帰っている。



 そして、とうとうフィーネたちは帝都に到着した。フィーネのあとには10万を超える人々が付き従っている。その人々の中には、帝国軍の兵士たちも多数含まれていた。



 帝都に入ったフィーネとフォルツのあとに続く人の数は進むに連れて増えていった。


「帝宮にむけて」「皇帝に魔術をみせてもらおう」


 ここまでくると、人々も皇帝も魔術が使えないのではと疑い始めていた。


 そういった人々の声に混じって「フィーネ・バイロン万歳!」という声が上がり始めた。そしてその声は徐々に大きくなり、ついに、


「フィーネ皇帝万歳!」と、人々は声を合わせ始めてしまった。これは明らかな反逆行為である。しかし、フィーネのあとに続く群衆の中に混じった帝国軍の兵士たちも同じように声を上げ始めた。


「フィーネ、じきに帝宮だ。覚悟はいいな?」


「国の混乱を収めたかっただけなのに、こんなに騒ぎが大きくなってしまった以上、覚悟するしかないことは分かります」


「それでいい。もうすぐ終わる。

 これで最後だ。景気よく魔術をみんなに披露してやれ」


 フィーネは、空に向かって小型のファイヤーボールを無数に打ち上げた。


 青空一面に散っていったファイヤーボールが一斉に爆発して空が真っ白になり、遅れて轟音が響き、さらに遅れて爆風が地面を襲ってきた。


 フィーネの後ろに続く群衆はフィーネのファイヤーボールには慣れていたのだが、今度の爆発には驚いたようで、それまでの喚声が一瞬収まったものの、すぐにそれまで以上の喚声が群衆から上がった。


 帝宮の門は開け放されており、帝宮警備隊の兵士たちによってフィーネとフォルツは宮殿内に招き入れられた。フィーネに付き従った群衆はそれまで帝宮を囲んでいた群衆と一緒に帝宮内に入り込み宮殿を囲んだ。帝宮内に入りきれない群衆は十重二十重に帝宮を囲んだ。


「「フィーネ皇帝万歳!」」


 群衆が歓呼し、その歓呼が帝都中に広がっていった。


 その日、帝宮はフィーネに明け渡され、皇帝以下の皇族たちはひっそりと帝宮から立ち去っていった。


 フィーネI世の誕生である。これまで貴族で占められていた帝国の高官は罷免され、新帝国の高官はこれまで実務を担当していた平民出身の役人たちが抜擢された。新たな官僚たちの働きにより国家経営は時間もかからず安定した。



 3カ月後。帝国全土に広がった混乱がようやく収まった。これまで貴族の魔術に頼っていた社会システムも代替システムで凌げるようになっている。


 それまでの間、フォルツはフィーネの相談相手として宮殿にとどまっていたが、国の安定を確認した後はハンターの仕事に戻り各地を転々とした。それでも年に一度は帝都に戻り、フィーネの話相手になっていた。


 貴族の領地は、すべて皇帝の直轄領として没収され、貴族は追放されている。その中には、フィーネの実家だったバイロン伯爵家も含まれている。バイロン伯爵家は他国に逃れたとも離散したとも言われているが、記録は残っていない。



 フィーネが皇帝となって数年が過ぎた。その間、国民の中から新たなスキルを持つ者が現れ始めた。これまでのスキルは貴族の子女が15歳の成人を迎えた日に発現していたが、新たなスキルはそういった制限は一切なかった。中には複数のスキルを持つ者も現れた。これを受けて、帝宮内の鑑定館が国民に開放され、いつでもスキルの鑑定が可能になった。そのうち、鑑定スキルを持つ者がそれなりの数現れるようになり、新スキルは国民にとってより親しみのあるものとなった。スキル時代の始まりであり、そしてそれは魔術時代の終焉でもあった。



(完)


[あとがき]

これにて完結。フォロー、応援、☆等ありがとうございました。

作者の他の作品もよろしくお願いします。

2022年8月2日6:30

フォルツのその後について若干加筆しました。

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魔術帝国、廃棄令嬢物語 山口遊子 @wahaha7

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