エピローグ

第93話 非日常と日常

 何事にも終わりはある。なら、世界にはどうだろうか。

 世界の終わりとは、本当にあるのだろうか。

 そこまで考えた時に俺は一つ、自分なりの答えを見つけた。


 世界にだって終わりはある。


 だけど、勘違いしてはいけない。終わりというのはそれほど悪い事じゃない。終わるという事は、変わるという事なんだ。

 今日が終わるから明日が来る。今が終わるから次がある。何かが変わり、何かが始まるには、まずは終わらなければいけないのだ。


 それは世界だってそう。

 今の世界はあちこちゾンビだらけで、まさに終末といった有様。でもこの終わりは、変化の始まりなのだ。

 世界の歴史は俺達の知らない所でいつも過酷な変化を繰り返しているらしい。なら、このパンデミックもそのひとつなんだろう。そして今回は、俺達が当事者になったというだけの話。


 世界が変わったのと同時に、俺達も変わった。精神的な意味でも何かの比喩でもなく、本当に変わったのだ。


 もしも、これを読んでいる人が平和な未来を生きる人で、俺の言っている事がよく分からないと思っていたら、どうか覚えておいて欲しい。

 ここに『ハイエンド・ヒューマノイド』という名を持つ異能力者がいた事を。


 そしてその正体は、たまに命がけの戦いをしながらも楽しく日常を過ごす、ごく普通の少年少女だったという事を。





     *     *     *





「うーん、我ながら少し恥ずかしい書き出しだ。中二の頃に生み出した黒歴史を思い出す」


 机に広げた一冊のノートの上でペンを右往左往させる。小説じゃないんだからもう少し砕けた感じがいいかもしれない。やっぱり書き直そうかな。


「お兄ちゃん。もう時間だけど何してんの?」


 と、背後の扉が静かにスライドし、廊下から唯奈ゆいなが顔を出した。


「ようやく完全復活したと思ったら珍しく机に向かうなんて」

「珍しくとはなんだ。これでもお兄ちゃんの成績は学年で真ん中くらいだったんだぞ? 試験前はちゃんと勉強だってしてた」

「勉強してそれなら余裕で自慢できない順位でしょ」


 唯奈は呆れたように半目を作る。妹が何の用で部屋までやって呼びに来たのかは分かっているので、俺はノートを閉じて立ち上がった。


「で、何やってたの?」

「日記を書いてたんだよ。ほら、虹枝にじえださんも書いてたじゃん。アレみたいなやつを残してみようと思ってさ。あわよくば俺達のSFじみたサバイバル生活が後世に語り継がれないかなと思ってる」

「虹枝さんのは子供たちの事を任せるみたいな半分遺書のようなものだった気がするけど……お兄ちゃん、また死にかける算段を立ててるんじゃないよね」

「おい、その言い方だと俺が進んで死にに行ってるみたいになるだろ。俺はそんな特殊な趣味は持ってないし、妹をこの世に遺してそんな事はしません。本当に普通の日記だよ」

「ふぅん。でも私も、お兄ちゃんより先に死ぬのはなんか負けた気がして嫌だな」

「そんな事言ったら永遠に死ねないぞ俺達」

「それも悪くないんじゃない?」


 部屋を出て、適当な事を言い合いながら急ぎ足で廊下を歩く。俺も唯奈もほとんど空のリュックサックを背負っている。今は中身を抜いているが、それは家を出発した時から使っている物だった。


「皆集まってんの?」

「うん、お兄ちゃんが最後」

「マジかよ! のんびりしてる場合じゃなかった!」


 ゆっくり日記を書いていたせいで皆を待たせるのは流石に申し訳ないし、わざわざ呼びに来てくれた唯奈にも悪い。

 今からとても大事なミッションを始めるというのに遅刻は良くないな。


「唯奈! 飛ぶぞ!」

「えっ?」


 ここから集合場所の地上ロビーまで走る時間も惜しい。唯奈の手を掴みながら強く念じ、俺の異能力でテレポート能力を生み出す。


 瞬間、景色が切り替わる。

 俺と唯奈は一瞬でスターゲート本部ビル一階にあるロビーへ転移した。そこには既に双笑ふたえあおい黒音くおんと虹枝さん、全員が揃っていた。


「あっ、やっと来た! 二分遅刻だよ!」

「二分ならギリギリセーフって事で勘弁してください」

「そうだねぇ……あと一分遅かったらカップ麺が出来たからアウトだけど、二分だからセーフでいいよ」


 急に現れた俺達に驚く様子も無く、双笑に優しく叱られてしまった。よく分からない理屈で許されたから良しとしよう。


「お兄ちゃん、いきなりテレポートするのは心臓に悪いって……」

「あ、スマン。こっちの方が早いと思って」


 そして未だにテレポートに慣れてないのか、唯奈は胸に手を当てながら小さく深呼吸していた。見てる景色が一瞬で変わるし、テレポートにも酔いとかあるのかな。



「とにかく揃ったな。では改めて今回の作戦のおさらいだ」


 作戦用の通信端末を俺と唯奈に渡しながら、虹枝さんは話し始めた。


「今回お前達には、現段階で安全が確保された半径五百メートル圏内からできる限り食料を回収してもらう。荷物に詰めるだけ詰め込んだら、勇人ゆうとのテレポートで帰還。中身を空にして再出発。これの繰り返しだ」


 籠城するにはこれ以上ない堅牢なスターゲート本部だが、そろそろ食料が尽きかけているらしい。

 元々兵器を研究開発する組織だから、野菜を育てられる畑があるはずもなく、自給自足は望めない。今は良さそうな土地を見つけてヤタガラスの皆さんが頑張って開拓しているようだが、安定するまでは食料を外から調達する必要があるだろう。そう考えての、今回の作戦だ。


 第二段階まで完了したグランドクリーン作戦の合間を縫って、食料を調達しに行くと俺たちが進言したのだ。


「グランドクリーン作戦でゾンビは徹底的に除去したはずだが、一応気を付けろよ。ここまで来ると、もはや空飛ぶ変異種が現れてもおかしくない」

「ただのバケモンっすよそんなの……」


 変異種は『エンダー』で打ち止めにして欲しいんだがな。そういう願いを込めてのネーミングだったはずなのに。


「食べ物、あるでしょうか……?」

「放置されたスーパーやコンビニの中には、結構食べられる食料が眠っているかもしれないよ。ここから北に四百二十メートル地点にはショッピングモールもあったはずだから、そこを目指してみようか」

「……よくそんなの覚えてんな蒼」

「ショッピングモール、ですか……おっきいゾンビ、いたら嫌ですね」

「大丈夫だよ黒音ちゃん! 今回はみんな一緒だから!」


 雪丘中学校近くのショッピングモールは、黒音と初めて出会った場所でもあり、進化型ゾンビの奇襲を受けた場所でもあるからな。黒音の記憶にも色濃く印象付いているようだ。虹枝さんの言う通りゾンビはいないはずなので、今回はそこまで心配する必要もないと思う。


「あーあ、私も唯奈たちと外歩きたかったなー」


 そうぼやくのは、いつの間にかロビーに来ていたアカネ。しれっとついて来ようとしていたのか、後ろのシオンが肩を掴んで止めている。


「今日は精密検査の日だ。諦めろ」

「また次の機会ね、アカネさん」

「しょうがないわね……お菓子いっぱい持って帰って来るのよ」


 唯奈にもなだめられ、渋々といった様子でアカネは引き下がった。今まで満足に外出もできなかった彼女たちの心境を考えると、俺達以上に外へ出たいと願う気持ちも分かる。ただ検査だというのならどうしようもない。


「あれ、みんなでお出かけ?」


 続いて虹枝さんの背後からひょっこり顔を出したのは、薄紫色の髪が寝ぐせで少しはねているスミレだった。ちょうど今起きたという感じである。マイペースな奴だ。


「ちょっと食料調達にな。ついでだし、お前も何か注文があれば受け付けるぞ」

「じゃあ、枯れてない綺麗な花があったら、持って来てほしい」

「花か。食べ物じゃなくて?」

「花がいい」


 言われてみればこの施設、観葉植物すらほとんど無いよな……確かに、彩りも必要かもしれない。


「了解。良さげなやつを見て来るよ」

「任せた」


 スミレは小さく微笑み、グッと親指を立てた。俺も同じくサムズアップで返す。


 さて、そろそろ出発の時間だ。


「それじゃ、行ってきます」

「ああ。気を付けて行ってこい」


 少しだけ目元のくまが薄くなった虹枝さんに送り出され、俺達は玄関をくぐって外へ踏み出した。

 澄み渡る快晴の空。風は心地よく、日差しは暖かい。ピクニックにでも出かければ最高の日になるであろう、朝方の外の世界。今日は気持ちの良い日になりそうだ。


 スターゲートに来る前から着ていたジャージに身を包む俺は大きく伸びをする。作戦の時はプロテクターを付けてるから動きにくいけど、やっぱり外出は落ち着いた服装に限る。


「よし、出発するか! とりあえずの目的地はここから北にあるショッピングモール!」


 集まった皆の顔を見渡し、俺は一歩前に踏み出した。その足はふと止まる。


「えーっと……俺達のチーム名的なやつ、結局何にしたんだっけ。改名するって行ったっきりだったよな」

朱神あかがみ探検隊、でしょ? そのままでいいんじゃない?」


 唯奈が半分諦めたように提案する。前は『何でもいい、と言うかどうでもいい』みたいなスタンスだった唯奈が覚えてくれていた事が地味に嬉しい。

 一周回ってそれで良いような気がして来た。うん。むしろこれじゃなきゃな。


「んじゃ改めて。朱神探検隊は北に進むぞ!」


 誰もいない静かな街の一画を指さしながら、俺は歩き出す。


「相変わらず緊張感無いね」


 唯奈は呆れ混じりに苦笑を浮かべた。


「お出かけは楽しくないとね!」


 双笑はニコニコしながら声を弾ませる。


「僕達なら、きっと大抵の事は大丈夫さ」


 蒼は抜かりなく端末で道を確認しながら答え。


「何もないと、いいですけど……」


 黒音はおずおずと周囲を確認しながら呟いた。


「まあ、何かあっても何とかなるだろ!」


 最終的には、楽観的で前向きな答えに行き着くのだ。そうしてここまでやって来れた訳だし、これが俺達らしさという奴だ。


 そうして俺たちは今日も人のいない幽霊都市を進む。一度終わったこの世界も、今となってはいつも通り。

 世界はゾンビに支配されたままだけど、皆がいればきっと、どこにいても俺にとっては『いつも通り』だ。


 かつての非日常こそが今の日常。俺達の新しい日常だ。

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ハイエンド・ヒューマノイド ~異能で生きるゾンビ世界~ ポテトギア @satuma-jagabeni

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