第92話 勇気と希望の光
空っぽになった消火器でゾンビの頭を思い切り殴る。鈍い音を立ててゾンビがのけぞり、僅かにへこんだ消火器を持った
「アルミ製の軽い消火器だと、一撃で仕留める事は出来ないか……」
幻を見せる蒼の異能力に適応した『エンダー』達と逃げながら戦っている蒼は、僅かに息が上がっていた。慣れない運動を続けたせいもあるが、もう一度異能力で足止めが出来ないか試し過ぎて体力を消耗したのが大きい。
結果的に、驚異的な本能で幻影と現実の区別がつく『エンダー』相手には、その抵抗も無意味だったのだが。
「全力で戦う事がこんなにも難しいなんてね……やっぱり
そこそこ広い食堂と言えどここは閉鎖空間。やみくもに逃げ回るだけではいつか追い詰められるかもしれない。そうならないよう、蒼は適度に攻撃を加える事で『エンダー』の進行方向を誘導していた。殴る度に表面が削れていく消火器もまだ使える。
できる事なら数を減らしておきたいが、無理をする必要はない。蒼の役目はゾンビの殲滅ではなく、あくまで時間稼ぎなのだから。
だが、それも長くは続かなかった。
消火器で殴った直後の接近している瞬間を狙ったかのように、殴った『エンダー』の陰から新たな手が伸びた。蒼は咄嗟に身を捻って回避するも、突き出された右手は蒼を追うように振るわれ、彼の左腕をガッシリと掴んだ。
「……っ!!」
シャツの袖を分解してすぐさま皮膚に到達する痛みに顔を歪める。
歯を食いしばって腕を振り払ったが、立ち止まっていた隙に別のゾンビが迫っていた事に気付くのが遅れた。今度は左肩と後ろ首を掴まれる。すぐに振り向きざまに消火器をスイングする事で反撃し、何とか距離を離す。
肩は衣服が防いでくれたが、直に掴まれた後ろ首は明らかに損傷が激しい。ちょうど自分の目では見えない位置だが、火傷以上に赤くただれているだろう。薄く血が流れて来た。
(焼けるように痛い……無機物を風化させるように分解し、人間の皮膚は酸のように溶かす性質なのか? ただ皮膚が剥がれるだけじゃなく、炎症のような痛みもある……)
左腕の怪我を確認しながら懸命に思考を巡らせる。
(分解のスピードは物質の表面を壊すより皮膚を崩す方が僅かに早かった。服が溶けるのが約一秒、皮膚はその半分でこの怪我だ。そして床や机などの硬い物はもっと遅い上に損傷は少ない……となれば)
蒼はへこんだり削れたりで形が変わった消火器を捨て、床に倒れていた丸テーブルを持ち上げる。それを盾のように構え、『エンダー』めがけて突進した。
動きの鈍い『エンダー』はテーブルのタックルに直撃し、そのまま押し倒された。厚さ二センチの木製テーブルを全て分解しきるにはかなりの時間を要するだろう。蒼はもがくゾンビを上からテーブルで抑え込み続ける。
「この程度じゃ圧死すらしないだろうけど……動きは封じたよ」
テーブルの上に乗りながら、床に転がっていたテーブルをもうひとつ両手で掴む。強化された筋力によってギリギリ掲げる事が出来る重量だ。それを、テーブルからはみ出た『エンダー』の顔面目掛けて思い切り振り下ろす。
速度を付けた質量でもって『エンダー』の頭は潰れ、肉片や脳髄がぐちゃぐちゃになって飛び散った。頭部を破壊した事により、床と蒼が乗るテーブルとで挟まれていた体の動きが止まる。
「まずは一体……」
異能力無しでゾンビを倒したのは初めてだ。頬に付いた返り血を拭いながら、死体を押しつぶすテーブルの上から降りる。
間髪入れずに、横合いから別の『エンダー』が飛び掛かって来た。床に転がるようにして回避し、蒼は立ち上がる。ようやく一体倒せたが、残りはまだ五体もいる。
「全く、息つく暇もないね」
少しずつ数を減らすか、それとも逃げ回るか。どちらにしろ、時間と体力との勝負だ。気合いを入れ直し、蒼は椅子の足だった鉄の棒を拾い上げる。
体が発する痛みも今は無視し、目の前の敵にだけ集中する。
眼球が飛び出した『エンダー』の眼窩と蒼の視線が交差した、その瞬間だった。
『この扉、警報のせいで閉まってんのか!』
食堂の自動ドアの向こうから聞き慣れた声が響いた。蒼が思わず視線を向けた直後に、自動車が突っ込んだかのような勢いでドアが吹き飛んだ。
そこから飛び込んで来たのは、二人の少女。一人は、今しがたドアを吹き飛ばした
そしてもう一人は、両手でプラズマガンを抱える
「蒼さんから……離れてください!」
小柄な彼女は自分の胴体ほどあるプラズマガンを両手で持ち上げ、群がる『エンダー』へ向けて銃口から迸る閃光を解き放った。
蒼へ近づこうとする『エンダー』を三体まとめて飲み込んだプラズマの光は、蒼にとってまさしく希望の光だった。
「蒼さん!!」
「わっ」
残った二体もすぐに消し飛ばし、あっという間に全ての『エンダー』を葬り去った黒音は、プラズマガンを捨てて蒼の胸に飛び込んだ。
「よかった……間に合って……」
倒れそうになった所をなんとか踏ん張った蒼は、涙を浮かべて肩を震わせる黒音を見下ろし、落ち着かせるように背中を撫でた。
「助けてくれてありがとう。君のおかげだよ」
自らを信じて勇気を振り絞った少女の想いをしっかりと受け止めながら。
体の節々が訴える痛みも忘れて、蒼は優しく語りかけた。
「とりあえずは助かったって感じか。無事で何よりだぜ」
そして、蒼と黒音から少し離れた所で、隻夢はそんな事を呟きながらひとり頷く。
『隻夢、二人の所に行かないの?』
「ゾンビもいねぇんだし、少し邪魔しないであげようぜ」
『でも蒼さん、めちゃくちゃ怪我してるけど……』
「なにッ!? うわマジじゃねぇか! 双笑、今すぐ治癒能力使え!」
そんな慌ただしい『二人』のやりとりも、外から見れば何となく分かるものだ。ある意味いつも通りの風景が戻って来たように感じ、蒼と黒音は顔を見合わせて、どちらからともなく笑みを零した。
* * *
突如扉から響いたのは、ノックとは呼べないような大きな音。外側から誰かが叩いているのだ。
その音を聞いた瞬間、俺は車椅子を扉の方へ回転させ、膝の上に置いていたサブマシンガンを構えた。
「クソ、またゾンビが来やがったか……」
「みんな、下がってて」
ボードゲームを中断した子供たちを下がらせる唯奈も隣に並ぶ。新しく生み出した金属バットを握り、注意深く扉を睨む。
「扉の前、防火隔壁降りてなかった? 自動で解除されたのかな」
「だとしたらマズいぞ。電子錠のコンソールが『エンダー』の力で破壊されたら鍵が開いちまう」
「あいつらが入って来た瞬間、お兄ちゃんは足を狙って撃って。動きが鈍った隙に頭をふっ飛ばすから」
「任せろ」
扉から少し離れた位置で臨戦態勢を取る。張り詰める緊張の中、ふと扉を叩く音が止んだ。
そして、扉がスライドする。
「みんな無事!?」
視界に入ったのはゾンビなどではなく、深紅の長髪。アカネだった。
「アカネちゃんだ!」
「シオンもいる! 外から戻って来たー!」
大部屋に入って来たアカネとシオンの姿を捉えた子供たちは、たちどころに笑顔になって二人に集まる。切り替えの早い子供たちを見て、俺と唯奈はようやく胸をなでおろした。
「びっくりした……ゾンビかと思ったよ、アカネさん」
「唯奈! 無事みたいね! 良かった!」
「濡れ鼠だけどね」
相当心配していたのか、アカネは唯奈の手を握ってブンブンと喜びをあらわにしていた。微笑ましいやりとりを横目に、俺も電動車椅子を動かしてシオンに声をかけた。
「作戦を中断して駆け付けてくれたみたいだけど、お前の方も無事だったか?」
「問題ない。施設内にうろつくゾンビも粗方片付けたぞ」
「さっすが、超能力者の頼れるリーダーだな」
シオンへ向けて拳を向けると、意図を察した彼もそっと拳を打ち合わせる。軽くフィストバンプを交わすと、シオンは相変わらずの無表情で皆を見渡した。
「ついさっき、ゾンビに劇薬をぶっかけていた研究者に聞いた。施設内にいるゾンビは全員駆除できたそうだ」
「劇薬をぶっかける研究者……多分
手元にちょうどいい武器がなくてもアブナイクスリをぶちまけて戦い続けそうだからなあの人。
「じゃあ、これで本当に解決って事でいいんだな」
「ああ。廊下に転がった死体の処理や荒れた部屋の片付けが残っているけどな」
「よーし、そうと決まれば話は早い! さっさと片付け終わらせて、ボードゲームの続きしようぜー!」
「いえーい!!」
声高に拳を突き上げると、子供たちもそれに続いて明るく騒ぎ出す。
「ホント、お兄ちゃんも子供みたいに切り替え早いね」
「いつも前向きだと言いなさい」
「はいはい」
呆れたように肩をすくめながらも、唯奈は苦笑を浮かべて車椅子のハンドルに手をかけた。
突然の非常事態は収束した。後始末を済ませれば、俺達はいつも通りの平和を取り戻せる。ゾンビに備えて地下に籠る日々をいつも通りと言う日が来るとは思ってなかったけど。
俺達の『いつも通り』は、確実に変わりつつあった。
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