勇者パトーの結婚

松宮かさね

勇者パトーの結婚

【勇者パトー様 聖女リリエンティア様 ご結婚おめでとうございます】


 喜びに沸く町に背を向けるように宿屋のベッドに寝転がり、僕はため息をついた。


(明日の式、気が重いな。体調が悪いと断るか……)


 魔王を倒した四英雄の名は今や誰もが知っている。


 勇者パトー、聖女リリエンティア、剣士ジェマ、それから魔術師ルカーシュ……つまり僕のことだが。


 とりわけ人々からの尊敬を集めているのが勇者パトーと聖女リリエンティアだ。


 神託を受けた大司教により指名された平凡な村の青年パトーは、類稀なる剣術の才覚の持ち主だった。彼の奮う剣には魔力すら籠った。師匠である王宮騎士団長さえもみるみるうちに凌駕した。


その上、質の悪いことにとびきりの人たらしだった。


「君がルカーシュかい?」


 出会った日のことは鮮明だ。埃っぽい王立魔法研究所にこもっていた僕を訪ねてきた彼は、魅力的に輝く鳶色の瞳をしていた。


「力を貸してほしい。俺の力があれば三年以内に魔王を倒せるだろう。だがもし君が協力してくれるのなら、一年半だ」


 そう冗談っぽく言い笑顔を見せた。自信に満ちた態度を見ても不快な感じはしなかった。人を愛し人に愛される男だった。


 リリエ……。リリエンティアは……。


 月光の長い髪を持つリリエンティアは、神殿から聖女に認定された希少な癒しの術の使い手だ。


 元は貴族の令嬢だったそうだ。品のある仕草と清楚な美貌だけでも、民衆を魅了するのに十分だった。


 だが何より彼女を聖女たらしめたのはその心の清らかさ、慈悲深さだ。自らが傷つくことも厭わずに、他人のために私欲なく力を使える人だ。


 そんな二人が相思相愛であることは、誰よりも早く気づいていた。


 魔王を倒し凱旋して一年。国民から絶大な人気がある二人の結婚を誰もが祝福している。


 本当にお似合いの若々しくて美しい二人だ。


 お似合いの……。


 嫌だ。見たくない。


 二人の笑顔を、平静を保ったまま見ていられるだろうか? 泣き崩れてしまうかも。


 僕は仲間の幸せに号泣するほど熱い心を持った人間ではない。異変に気づく者もいるかもしれない。


 特にジェマあたりは鋭いから……。


 その時、扉がノックされた。


「ルカーシュ、入っていいでしょ」


 図々しい言葉と共に、波打つ癖のあるストロベリーブロンドの髪をした女性が入ってきた。女剣士、ジェマだ。


 見慣れた旅装束ではなく、貴族の令嬢のようなドレスを着ている。夕陽色のドレスに身を包んだ彼女は、口を開かなければまるで生まれながらの貴女みたいで、ちょっと見惚れたし感心してしまった。


 ジェマは細く濃い眉を上げた。


「パトーが捜してたわよ。なんで用意された客間に泊まらないの? せっかく半年ぶりの再会なのに。行きましょうよ」


 僕はのろのろと起き上がった。


「体調を崩してしまってきまりが悪くて……。式には申し訳ないが出られないと伝えてくれ」


 後ろめたくて、顔を背けながらぼそぼそと言う。


「嘘」


 ジェマはいたずらな弟を叱る姉のような顔で断言した。


「本当だよ。持病の頭痛がひどくて。もう何日もまともに眠れてないんだ」


 最後の部分だけは本当だ。


「ふふん、あたしを騙せると思うの?」


 若草色の瞳がじっと見おろしてくるのが怖くて、僕は俯いたままだ。


「……何で嘘だと思うんだ?」


「わかるのよ。あなたのことだもん」


 ジェマはにやっと笑った。そして、さらりと言った。


「好きなんでしょ?」


 心臓が破裂したかと思った。


「え……」


 まさか、ジェマは知っていたのか? あいつのことが好きだって。


 勘の鋭い奴だとは思っていたけど、絶対に知られてはならない秘密をこんな簡単に言い当てられるなんて……。


 ジェマは裕福な商家の出だ。親の決めた結婚を嫌がって家を飛び出し、持ち出した金品で剣術を学び傭兵になったらしい。


 神に選ばれた勇者や聖女と比べると一見地味な経歴に見えるが、実は一番すごい人生を送ってきたのは彼女ではないかとも思う。


「隠さなくていいの。何も悪くないわ。好きな気持ちは好きでいいじゃない」


「まっ、ばっ……ちが……。いや……ああ、もう」


 あああ、駄目だ。誤魔化そうとしても声が震えまくってる。己の不器用さに嫌気がさす。


「そんな訳には……いかないよ」


 馬鹿、これでは認めたも同然だ。


 仕方ない……。


 ゆっくり息を吸うと、僕はジェマの顔を見つめた。


「いつから知ってた? 僕が」


 あいつのことを……。


「パトーを好きだって」


 決して手の届かない太陽パトー。彼は皆のものでありリリエのものだ。煌めく瞳、冗談を言うために生まれてきたかのような陽気な口元。恐れを知らぬ獅子の心臓。そして陰気で不愛想な僕の懐にさえも飛び込んできてくれた親しみ深い魂。何もかも己にはないものだ。


 まさか男を好きになるなんてと困惑した。気持ちを打ち消そうとした。


 でも無理だった。


 だから死ぬまで胸に秘めるだけ。


 同性愛を罪とする法こそ過去のものだが、封建的なこの国では同性の交際が公のものとなったとはいえない。


 それ以前に、パトーはリリエのことしか見ていない。


「何が駄目なの? いい奴じゃん。パトー」


「いや、そういう事じゃなく……」


 不満げに言ってみたものの、気がつけば胸を締め付ける苦しさが少しだけ軽くなっていた。


 誰にも話せないと思っていた悩みを吐露し、受け止めてもらえたからだろうか?


「あなたがパトーを見てるの、ずっと前から知ってたわよ? あの二人が付き合い始める前から」


 めちゃくちゃ前じゃないか……。


 そんなにわかりやすく顔に出ていたのか。思わず頬に伸ばした指先が震えた。


「心配しないで。二人は知らないわ。あんなにあからさまな好意に気づかないなんて鈍いわよねー」


「本当に」


 ため息交じりの僕の返答にジェマは笑った。なぜだろう、ほのかに悲しそうな笑顔だ。


「でも一番鈍いのはあなたよ」


「え?」


 どういうことだろう?


 あ、そうか。もしかして……。


「ジェマもパトーのことが好きなのか?」


 僕の言葉に、彼女は明らかにムッとした様だ。


「馬鹿ねもう。さ、立って! どうせ礼服もまだでしょ。急いで探しに行くわよ」


 僕は窓の外の青空に目を向けた後、宿の階段を降りて行くジェマの背を追った。


 衣装のセンスに自信がないから、彼女に任せてしまってもいいだろうか。

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