エピローグ -side 甘(後)-
*
忌々しい彼女が学校に来てから六日目の土曜日。ふーくんはすぐに帰ってこなかった。学校に行ったって聞いて、電話越しに大きな音がして以来、連絡は途絶えた。
彼女も、ふーくんも、このままじゃ殺される。
それが分かっているのに、こんなに訴えてるのに、きっとふーくんは彼女を見捨てないんだ。どうしてなんだろう。
苛立つ私に、理於ちゃんが話しかけてくれた。
「……ねぇ、甘ちゃん」
「うん?」
「お兄ちゃんはね、きっとヒーローになりたいんだよ」
「え?」
「椎倉さん……だっけ。その人がどうしてか分からないけど、嫌われてるんでしょ」
「そうなの。でもね、普通じゃないよ? 本当にみんなから嫌われてるし、甘もこの目で確かめて、あれは絶対……」
「……でも、お兄ちゃんが付き合い続けてるってことは、きっと何か理由があるんじゃない? お兄ちゃん、理由がないと動けないチキンだもん」
「……それは、そうかもだけど」
理於ちゃんに言われて、納得してしまう。例えば椎倉時雨が美少女だったとしても、これだけ嫌悪されてたら、普通は逃げると思う。ふーくんなんて、特にそうだ。我関せずって感じで、見て見ぬ振りが得意なふーくんがさ。
そして気がついたら、大雨がどんどん強くなっていて。
「帰ってくるよ。約束したもん、昔」
「約束?」
「そう。せめて私と甘ちゃんくらいは守ってね、って。一人にしない、って」
「……」
「……それに。もし、椎倉さんが普通の女の子だったとしたら、さ。そうやって皆から嫌われてるのに、ずっと付き合ってくれてるふーくんのこと、好きになっちゃうんじゃないか、ってのも思うんだよね」
「え? い、いや、そんな……だって、ふーくんだし」
「お兄ちゃんだから、じゃない? 何が出来るわけじゃないけど、気持ちだけはあるから。だからお兄ちゃんだけ、その人と付き合えてるのかも。分かんないけど」
理於ちゃんの言葉に、ドキッとする。そうだよ。だから甘だって好きなんだもん。別にどこが好きとかじゃないのに、好きになっちゃったのは。
でも、だったら尚更。
「……理於ちゃんはいいの?」
「私? うーん、そりゃこのまま置いてけぼりにされたら寂しいけど。でも」
「でも?」
「私と甘ちゃん以外にも、お兄ちゃんの良いところを分かってくれる人がいるなら、それはちょっと嬉しいかもなって」
理於ちゃんのその言葉で、私はフリーズした。
ふーくんの、良いところ。
王子様みたいに、ヒーローみたいに、いいところがあるわけじゃないふーくん。でも、それを悪く言われるのって、たまらなく悔しかった。
理於ちゃんが好きだっていうのは、兄妹だもん。当たり前だよ。
ってことは、私だけ。私だけが、一方的にただのふーくんを好きになってるって。それが、ちょっとだけ不安だった。
だから、許せなかったのかもしれない。ずっとずっと、私が一番椎倉時雨に嫉妬してたのかもしれないけど。
もし話ができるなら。それで、もしふーくんのことが好きだって言うなら。
「……甘も、話してみたい。ふーくんのどこが好き、って」
「あはは、いいじゃん。甘ちゃんって可愛いのに、そういう恋話とかしなさそうだよね。ずっとモテまくりだったのに」
「別に甘は、恋愛に興味があるわけじゃないもん。ただ、甘のこと揺らしてくる人が気になるだけ」
そうだよ。ふーくんじゃなくてもよかったんだ。ただ偶然、ふーくんが私の一番近くに居ただけ、で……
そっか。ふーくんも、同じなんだね。
「甘ちゃん?」
「ふーくんが、ふーくんがあの子と付き合ったらどうしよう……」
「あ、甘ちゃん……大丈夫だよ、きっと……お兄ちゃんにそんな根性ないって」
「う、うわぁああ……」
私、どうして泣いてるんだろう。何が悔しくて、何が心配で。違う、やっぱり羨ましいんだ。子供の頃、助けてもらった理於ちゃんも。雨の中一緒に居られる椎倉時雨も。取られちゃ嫌なんだ。
*
彼女が死んだってことは、後でふーくんから聞いた。どこで、って聞いたらふーくんは少し迷ってから、裏山の倉庫で、って。その顔が真剣すぎて、どうして死んじゃったのかまで聞けなかったけど。私は一人でその場所に行ってみることにした。
そこにはただの小屋みたいな家があった。でも、よく見たらお墓みたいなのがあって、私はなんとなく近寄りがたいものを感じたから、そこに近づいていく。そして手を合わせて目を閉じた。
私は後悔してる。貴方と、椎倉時雨……椎倉さんと対話しなかったことを。
ふーくんの、陶磁文也の素敵なところを語れる貴重な人だったのに、貴方が死んでしまってから気づくなんて。
ね、貴方もきっと感じたんでしょ。ふーくんといると安心するって。
ふーくんは、尊敬できない人じゃないんだよ。って、昔の私にも言いたい。
そういうふーくんが今もずっと、変わらないでいる。貴方に会ってからも、貴方と別れてからも、変わらない。そういうところが、ふーくんなんだよ。
だから、あなたのことを避けていて、ごめんなさい。
そこまで祈ってから、ゆっくり目を開ける。やっぱりここにいると、少し目眩がする。何も発することなく、彼女がいると言われていた家を立ち去る。
「……え?」
何か聞こえた。振り返って見ても、誰もいない。
「……へぇ。譲らないよ、悪いけど」
そう言って、その場を後にした。
『うらやましいな』
って、聞こえた気がする。普通なら怖くて逃げ出しちゃうのに、何故かその声が耳に残って、何度も振り向いていた。そうだよ。本当ならいくらでも言いたいことがあるんだ。ふーくんをこんな目に遭わせてって、恨み節がいくらでも。なのに、この目で見たこともない貴方の笑顔が浮かんできてしまう。
私は気づいたら、泣いていた。
*
*
お昼ご飯を食べてるふーくんを見つけた。
「ね、ふーくん」
「甘、どうした?」
「あのね、怒らないで聞いてくれる?」
「怒らないで? まあ、多分」
そう言ってふーくんはパンを齧りながら、不思議そうな顔で私をみていた。私はそっと耳打ちして、
「あのね、ふーくん。童貞捨てた?」
「ぶっ!!!」
思わず吹き出すふーくん。そのまま軽く咳き込んでしまって、
「ごめんね? そんなに驚くと思わなくて」
「い、いや……なんだよその質問」
「……別に!」
その反応は、何もしてないな。ふふと笑って上機嫌になる。ますます不思議そうな顔をしているふーくんに。
「ね、今日は一緒に帰ろうよ、ふーくん。じゃなきゃ、みんなにまだ童貞ってこと、ばらしちゃうよ?」
そうやって意地悪く脅してみた。だって、隠し切れてないよ。思い詰めてるみたいな顔。
「……分かったよ。てか、そんな脅ししなくたって帰るっての」
鈍感なふーくんには伝わらないだろうから、私から積極的にアプローチしてあげるよ。今は甘じゃ支えきれないかもしれないけどね。
「約束。それで、今日は理於ちゃんと3人でデートの代わりに、パーティーしようね」
「デート、パーティ? なんでいきなり……って、おい甘!」
また後でね、って言ってふーくんに手を振る。
顔つき、変わってたな。正直悔しい。きっと、椎倉さんの事を、本気で好きだったんじゃないかな。それとも、逆? とにかくふーくんは、ちょっぴり大人になったみたい。
けど、からかったら今まで通りの反応だったし、急に女の子をナンパ出来るような男らしさはないよね。きっとまだまだ、理於ちゃん離れも出来ないだろうけど。
私は、変わったふーくんも、変わらないふーくんが大好きだよ。
きっとあの人も、ね。
*
*
了
——————
本作をエピローグ・最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
エピローグでの二人視点を含めて、本当に完結となります。
これまで応援してくださった皆様、本当にありがとうございます!!
本作の裏話などはノートにまとめております。
また、もし少しでも心に響いた方は、コメントを残して頂けると、作者の今後の励みになりますので、一文でも構いません。どうぞよろしくお願いいたします!
eLe
誰にも愛されない彼女を殺した世界で eLe(エル) @gray_trans
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