第16話 生意気な妹分も素直な妹分もどちらも良いものですよね!

 バシュッ――カキンッ!!


 ピッチングマシンから撃ち出された硬球。それを手に持つバットで叩き返す。

 軸から少しズレた所に当たったそれは、フライ気味にヘロヘロと飛んで、辛うじて正面フェンスに当たる。


 我ながら少々情けなくなるが、それを見た外野も途端に姦しくなる。


「おおー! お義兄様ナイスショット! ホームランです!」


「え、掠っただけじゃん。しっかり当てろよ兄貴〜。

 あと雪花ちゃん、ナイスショットは違くない? ゴルフじゃないんだから」


「更に言えばフェンスに当たっただけなのでホームランではないですね。

 外野フライでアウトってところじゃないでしょうか」


 まったく野球の知識の無さそうな雪花ちゃんと、意外とルールを知っていそうな京花さん。そして、この手の事なら右に出る者のいない真奈美。



 良く晴れた遊行日和の日曜日。


 俺はこの3人と友に近所のバッティングセンターを訪れていた。


 理由は……命乞い、だっ!


 昨日、彼女達に両腕を引っ張られ、口を柔らかい何かで呼吸を塞がれ、命の危機すら感じる修羅場は父さんの乱入によってさらなる混沌を迎えた。


 極めつけは家に帰ってから……いや、止めよう。これ以上思い出すと胃の内容物全てをぶちまけてしまいそうだから……。


 兎も角!

 俺は夕食のクリームシチューが(俺と父さんの分だけ)タバスコで真っ赤に染まる光景はもう見たくないのだ。


 なので2人を遊びに連れて行ってご機嫌を取ろう、という作戦なのである。


 なお、水無月は引きこもりのため不参加。かといって御剣姉妹との3人きりだと、また俺の胃が死ぬので代打として真奈美を誘ったというわけだ。


 我ながら英断だったと思う。

 修羅場続きでギクシャクしがちな俺達3人の空気を真奈美の能天気さが上手く中和してくれているのだ。

 まあ、それでも相変わらず空気が重い事に変わりはないのだが……。


 俺は、気を取り直してバットを構え直す。

 今度こそ当ててやる! そんな強い意志と共に全力で振り抜く、が。


 カキンッ! ビュッ――ガシャッ!!


 さっきよりは勢い良く飛んだボールは、今度は真上に上がりガードフェンスを直撃したのであった。


 ****


「さて、兄貴。次は私の番だよ。

 精々、この真奈美様の華麗なプレイを見て勉強すると良い!」


 そう言った真奈美がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ打席に向かう。


「うるへー、お前なんか空振り三振がお似合いだよ」


 空振り三振どころではない俺がそう言いながらベンチに座ると、京花さんがスッとハンカチを手渡してくれる。


「お疲れ様でした、どうぞ使ってください」


「あ、ああ。ありがとう京花さん」


 俺はそれを受け取るとじんわりと額に浮かんだ汗を拭き取る。

 その拍子にふわりと甘い香りが……。


(これは……いかん、いかんぞハジメ。ソレを目覚めさせては! 気をしっかり持て!)


 いや、別に己の内に眠るリビドーを懸命に抑えていた訳じゃないよ? あくまで汗を拭いていただけ。今日は暑いからね!


 そう自分に言い聞かせ、フリーズの後に再起動を果たしたスマホの画面の様にギクシャクと動く俺の様子を雪花ちゃんは相変わらず何を考えているのか分からない笑顔で眺めていたが、やがて興味を無くしたのかバッターボックスの方へと向き直る。


 丁度そこでは

「ふはは! 兄貴には悪いが、ホームラン打って2人に良いところ見せるぜ!」

 と、真奈美がグルングルンとバットを豪快に振り回していた。


 どうやら、2人の前でカッコつけるつもりらしい。

 そんな彼女に、俺は溜息を吐きながらヤジを飛ばす。


「ばーか、そんなへなちょこスイングで打てるものか」


「ふふん! そんな余裕ぶってられるのも今のうちだ兄貴! 私のフルスイング見てビビんなよ!」 


 そう自信満々に宣言すると、真奈美は大きく振りかぶり力一杯振り抜いたのだった!!  


 ビュッ――カッキーン!!


 ボールは真っ直ぐに飛んで行き、まるで的に吸い寄せられるかのように――


 パッパラー! ホームラーン!!


「なっはっは!! どうだ、見たか兄貴!」 


 大声で笑いながらピョンピョンと跳ねて喜びを表現する真奈美に俺は愕然とする。

 ……マジかよ本当に当てやがった。しかも初球で。 


 これには周囲で遊んでいた群衆も唖然とする。 


「スゲーなホームランだぞ! しかも凄えかわいい子が!」


「ああ……おいあそこ、他の子もかわいいぞ。ちくしょー、何だあの連れの男」


「リア充許すまじ」


 ただでさえ綺麗どころが揃っていて野郎共の注目を独り占めしているのに、そんな美少女達に囲まれ親しげに声を掛けられている俺への視線は『あの野郎、コロス!』といった感じの怨嗟と殺意に満ち満ちるのも当然といえた。


 当然俺は気が気ではない。


 だが何故か、そんな周囲の反応に気を良くしたのか、更に真奈美が鼻高々に

「フッフッフ、どうだい兄貴! これが私の実力よ!」

 と、胸を張る真奈美。


 もう一度言います。

 胸を、張る、真奈美。


 当然そこには、それはそれは立派なお胸様が存在しており……。


 バッティングセンターと言うことで動きやすい格好できたのだろう。薄手のタンクトップにホットパンツという格好で強調されたそれは――。


 って、そうじゃねえ!


「っバカ! そんな所で突っ立ってたら次の球が!!」


「え、何? どうしたの兄貴……うおっ!?」


 俺が叫んだのも束の間。真奈美目掛けてボールが凄まじい速さで飛来する。


 気付いた時には咄嗟に身体でボールから真奈美を庇っていた。


「キャッ!!」


 ドガッ!!!


 凄まじい衝撃がバッターボックスに飛び込んだ俺の背中を襲った。


「あ、兄貴!?」


「お義兄様!?」


「はじめさん!?」


 3人の声がやけに遠くに聞こえる。


(……やっちまった。これはマズいぞ)


 薄れ行く意識の中で、何かとても柔らかい物の感触を頭部に感じながら、俺の意識は暗闇の底へと落ちて行ったのだった。


 ****


「兄貴! 兄貴ってば! もういい加減起きてくれよ!」


 ペシペシと頬を叩かれる感触で俺は目を覚ました。

 目を開けると、すぐそこに真奈美の顔が。そして、後頭部にはふにゅりと何やらした物が……。


「うおっ!? な、何、お前何を!?」


 慌てて飛び起きると、どうやら俺はバッティングセンターのベンチに横になっていたらしい。

 そして……ベンチで俺に膝枕をする様にして座っていた真奈美。


「あ、やっと起きたか兄貴。

 ……ったく心配したよ」


「あ……ああ、悪いな。何だか迷惑をかけちまったみたいだ」


 未だ意識がぼんやりとする中、俺がそう謝罪すると、彼女はポリポリと頭を搔きながら答えた。


「べっ……別に迷惑なんて思ってないし! 私を庇って兄貴が痛い思いをしたんだから、謝らなきゃいけないのは私の方だし。

 ゴメンな……って、恥ずかしいなコレ」


 そうして頬を赤らめた真奈美は、誤魔化す様に続ける。


「まあ?私みたいな超絶美少女が膝枕してあげたんだからそれでチャラだよな。いやむしろ感謝しなよ?」

「ああ、そうだな。ありがとう真奈美」

 俺が素直にそう言うと、真奈美は照れながら

 も『えへっ』っと笑みを零す。


 そして身体を起こしてベンチに座った俺の隣ににじりよると、グシグシと自分の頭を俺に擦り付けてきた。何だコイツは、猫か何かか?


「と、ところで兄貴の方は大丈夫なの? 頭とか背中とか痛くない?」


「ん、ああ。まぁ大丈夫だろうよ。アザくらいは出来るかもしれんが」


「そ、そっか……」


 俺がそう答えると真奈美は何処か申し訳無さそうな、それでいて少し安心したような顔を浮かべる。


「……所で京花さんと雪花ちゃんは?」

「2人なら飲み物を買いに行ってくれたよ。

 あ、ほら戻ってきた」


 そう言って真奈美が指差す先には、ペットボトルを何本か抱えた2人の姿。


 しかし……あの辺だけやけに華やかに見えるな。やはり美人にはそういった補正でも掛かっているのか? そんな益体も無いことを考えていると、不意に真奈美が俺の事を呼ぶ。


「ね、兄貴」


「ん?なんだ?」


「あのさ……ありがとね」


「いきなり何だ、気持ち悪いな」


 俺はそう言って茶化すが、真奈美の方は至って真面目な調子を崩さない。


「ううん。兄貴はやっぱり昔から優しいよ。

 私はさ、そんな兄貴が大好きだよ」


 そう言ってはにかむ真奈美の表情には、1ミリの嘘偽りも見受けられなくて……。


 だから俺も――。


「ああ、知ってるよ」


 そんな言葉を、素直に返す事ができたのだった。

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親父の嫁にと育てられた女の子が、親父が結婚して息子までいたので息子の俺の許嫁になった件~しかもその女性がウチの学校の新任教師? えっ、しかも妹付き!?~ ほらほら @HORAHORA

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