第15話 尊敬する人は父さんです……んなワケあるかぁ!!!

(――ああ、あれからどれだけ時間が経ったんだ?)


 己の身体と心に降りかかる余りの苦痛で朦朧とする意識の中、そんな事を考えた。

 俺は、最早抵抗をする事すら諦めていたのだ。

 どうせ何をしたって無駄だと分かったからだ。



 そう。まるで、子どもの頃に見た悪夢の再現だ。

 美少女達は互いを憎み合い、争い合い、俺の腕は両方に引っ張られ、呼吸は塞がれる形になるのだ。


(……あれ、悪夢って何の事だっけ? 何だか忘れているような?)


 ふと何事か、重大な過去を思い出そうとするが上手く頭が働かない。


 俺の思考は、そこで中断される事になる。


「おー何だはじめ! えらく羨ましい事になってるな!

 両手に花、どころか両手に花に花冠ってか? ははは」


 そんな最低な囃子声をきっかけに緩んだ拘束から抜け出し、バッとそちらを見やると―—。


「と、父さん!?」


 そう、そこには駄菓子の入った白いポリ袋を片手に下げた糞親父がヘラヘラとした笑みを浮かべて突っ立っていたのでした。


 どんなタイミングやねん、刺されるぞ本当に。

 てか、俺が刺したいわ。


 ****


「いや〜、最近のパーラーは本当に渋いな。母さんから貰った小遣いが半日でう◯い棒10本に化けちゃったよ! ははは……あ、みんな食べる? コーンポタージュ味」


 さ、寒い……。

 もう蝉が鳴いている時節だというのに俺の周り(特に、京花さんと雪花ちゃん付近)の空気が酷く冷たい。

 凍り付きそうな程だ。


 水無月さんが、『誰だコイツ?』みたいな顔でポケッとしているのが救いです。はい。


「父さん、空気読んでくれよ!」


 俺が周りの殺気に吐き気を堪らえて蚊の鳴くような声でそう諌めると、

「悪いな! そういうのはお袋の腹の中に置いてきた」

 と、あっけらかんと言い放つ糞親父。


 い、痛いよ京花さん。

 俺の腕に爪立てないで!

 雪花ちゃんは、その綺麗な瞳で人を殺せそうな視線でこっちを睨まないで! 睨むなら父さんでしょう!

 水無月は、「なるほどー」とか呟かないで! 一体、その超絶曲解脳で何を理解したんだ。みんな怖いよ!


 ああ……。本当に何で今日は色々あって疲れてるっていうのにこんな目に遭わないといけないのか。

 神様はドSだ。絶対にそうだ! そんな俺の苦悩を知ってか知らずか、糞親父はポリ袋からチョコバーを取り出すと、包みを破り、バリボリと音を立てて噛み砕き飲み下す。


 そして、さもどうでも良さそうにこう切り出すのだった。


「ああ、一。今日、お前親父に会いに行ったんだって? あのクソジジイ、元気だったか?」


 ……親父。違うよ、今はそうじゃないだろうよ。

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